悪役令嬢が不敬ですわ!!と叫んだなら?聖女様、誰もその人が王太子とは言ってません!
王子様の顔がいいとは言ってない。
「不敬ですわ!!!」
今日も響き渡るはシュードルフ王国、王太子アルス・ローメンデルの婚約者、公爵令嬢のハーティア・ローズハートの麗しい声である。
豪奢な赤毛に新緑の瞳が猫のように釣り上がる美女が聖女、セルルに目をさらに吊り上げていた。
「セルルさん!あなた、いい加減になさいまし!私、今度の今度は我慢なりませんわ!」
「あら〜、何かしら〜??何がいけませんの〜??こわぁあい!!」
きゃっ!とわざとらしく聖女が縋り付くのは、金糸の髪に碧眼の美青年が苦笑いを浮かべていた。
「セルル様、いけませんよ」
「でも、ハーティア様が」
「セルルさん!お話を!!聞いてらっしゃいますか!?」
ムキーー!と怒り出すハーティアを挑発するように笑うと、セルルはギュッとしがみ付いた。
「うふふ、ハーティア様が嫉妬なさってるから、不敬なんておっしゃってるだけでしょう?女の嫉妬は嫌ですわ〜」
「嫉妬はしてませんわ」
「強がりですかぁ?私が王子様とイチャイチャしてるから〜!」
「貴女がその学園の王子様とやらとイチャイチャしてるのはどうでも良いのです!!私は王太子殿下への不敬について!!!!今日こそ一言、言わせていただきますわ!!!!」
ビシッとかなりお行儀悪くハーティアはセルルを指差して、自身の隣に立っていた男子生徒の腕を掴んだ。
「さぁ、このアルス様に謝って下さい!突き飛ばして、ごめんなさいと!!さっき、めちゃくちゃ中庭を転がりましたのよ!」
「…アルス様?」
聖女はぐいっと突き出された男子生徒の顔を見たが、あまりのモブ顔に目の焦点すら合わなくなってきた。
いや、それよりも、公爵令嬢はなんと言った?
この男子生徒。
あまりにモブ過ぎな顔を持つ男子生徒。
背景と一体化していて、野次馬していた生徒からすら、今、気が付いたようなモブ顔男子が。
薄ら塩顔とか言う話ではないこのモブが。
アルス王太子殿下だと公爵令嬢は言うのか!?!?
「………アルス王太子殿下ですよね?」
「学園の王子様と呼ばれてるけど、この国の未来の王ではないよ」
腕にしがみ付いていた美青年に確認したが、違うよーとあっさりと言われた。
いや、あっさりと言うな。
聖女も口をあんぐりと開けて、ぽかんとしている。
「な、なんで教えて下さらなかったんですか!?」
「いや、平民クラスですから、私。平民は王にはなれませんよ。聖女様の冗談は面白いですね」
違う、そうじゃない。
思わず、野次馬をしていた男爵令嬢は心の中で、突っ込んでしまった。
絶対に聖女が言いたい事じゃないよ、学園の王子様。
まぁ、そんな事は目に入っていないハーティアはぷんぷんと怒りながら、本当に不敬過ぎますわ!!!と唇を尖らせた。
「王太子殿下を突き飛ばしたのに、なぜ、謝りませんの!?いい加減にしてくださいまし!!!!!!!!いくら、平民出身とは言え、自国の未来の王に対して、いえ、いけませんわね!!人にぶつかったら、謝る!!それが大事ですわ!!!!」
「ハーティアは優しいなぁ」
「アルス様の方がお優しいですわ!でも、流石に103回目の突進は許せませんわ!」
「あはは、僕、影が薄いからね〜」
影が薄いとかじゃねーよ!!!と後方野次馬をしていた伯爵子息が内心激しく叫んだのは仕方ない話である。
聖女は未だ、理解が追い付いていない為、完全に心が二歳児になっていた。
聖女は、可愛い弟の学費を餌に王子に近付く密命が、力を強めたい教会から下されていたのだが、まったくもって他人に媚をうっていただけの人になっている。
教会も何故か関係ない学園の王子様をリアル王子様だと思い込んでいたらしい。
顔か、顔なのか、やはり。
「確かに僕よりも農家の次男坊のスルト君の方が王子様ぽいもんね。ごめんね、今回も巻き込んじゃって。この前、毒殺されかけたらしいし、何か贈っとくね」
「ははは、王太子殿下、ありがとうございます。昔、おやつにむしゃむしゃしていたヤバいキノコで耐性があったので、毒殺くらいは大した事じゃありませんよ」
「ん?この20年ほど豊作だったはずだが…どうして、ヤバいキノコを?」
「いや、お腹すいちゃって、ついつい」
「お腹が空いてしまうなら、仕方ないな!わははは」
「あははは」
笑い合うな、農家プリンスとモブ顔プリンス。
特に農家プリンスの顔に似合わないワイルドっぷりに一部女子の夢が破壊された。
「もう!それよりもセルルさん!!謝りなさい!!猪みたいに突進した事を!!!」
「い、猪は余計ですよ!!と言うか、一瞬、目を離したすきに王太子殿下が目の前から消えて!?」
「目の前に居ますわよ!ちょっと!!あなた、目を開けてますの!?立ったまま、眠ると危ないですわよ!?」
ハーティアはそう言うが、周りにいる人間の目から見るとなんとなくぼんやりと言われたら、居るように見えるくらい背景に同化していた。
そう、シュードルフ王国の王族は何故か、極端に影が薄く、背景に同化してしまう一族なのである。
本当に、何故かすぐに背景に同化するし、声を出してよっぽど、変な動きをしない限りは目に付かないのだ。
ちなみにこのモブっぷりは戦時中にも遺憾なく発揮され、戦場の真ん中で誰にも戦いを挑まれずに敵国の王の首を徒歩で持ち帰ったと言う逸話がある。
一応、影薄過ぎて、威厳が足りないからと、婚姻相手はゴージャス系存在感マシマシな相手を選んでいるのだが、全く効果がない。
今の王妃様もなかなかゴージャス美人なのだ。
そのゴージャス美人の血を引いても、今代の王太子も見事なモブっぷりを披露していた。
まぁ、何故か、初対面の時から、公爵令嬢だけは一発で見つけ出してしまうので、彼女が未来の王妃なのは確定事項だ。
代々の王妃はゴージャス美人かつ王を見失わないのが前提条件なのである。
「ハーティア、もう、いいじゃないか。彼女を不敬だと言い出したら、他の貴族も大体、不敬罪になってしまうし」
「じゃあ、不敬とは言いませんから、謝って下さいまし!」
さぁさぁさぁさぁとずいずいと迫る公爵令嬢に根を上げたのは聖女だった。
もう、半分以上訳が分かっていなかったが、確かにぶつかったら、謝るべきだろう。
ぶつかったのすら、気が付かないレベルのモブっぷりでもだ。
しっかりと頭を下げ、聖女は謝罪した。
「アルス王太子殿下!申し訳ありませんでした!」
「セルルさん、そちらにはアルス様はおりませんわ!」
「あー!!もう!ハーティア様が合わせて下さい!私、見えないんですよ!!」
「聖なるパワーが足りませんのよ!仕方ないですわねぇ…!」
キュイっと聖女の体の位置を合わせるハーティアにアルスは苦笑いを浮かべる。
「すいませんでした!!」
「あぁ、構わないよ」
「ふふん、ちゃんと気を付けなさい!次からは、私が居たら、そこにアルス様が居ると心得て、猪から子兎に速度を落とす事をおすすめしますわ!」
「だから、猪は余計です!!」
満足気に寄り添う婚約者以外は誰も自分と目が合わないと知っているアルスは何も気にしてはいないのだが、彼女がいいならそれでいい。
「と言うか、なんでハーティア様は分かるんですか!?不敬ついでに教えて下さい!」
「本当に不敬ですわね…まぁ、猪の戯言くらい許すのも貴族の勤めですし?教えて差し上げますわ!」
ハーティアはアルスと腕を組むとちょっぴり尊大に胸を張り、乙女の如く甘やかに笑った。
「一目惚れしてから、目が離せないだけですわ」
当たり前でしょと言わんばかりの彼女の赤い頬と同じように王太子の頬が赤く染まっていたのをきっと、誰も知らない。
寝る前に思い付いた短編です。
王子様の顔がモブで、別に文武両道じゃなく、モテモテじゃない話も見たいなと思ったので、書いてみました。
まだまだ、不慣れながらの投稿ですので、これから、勉強していきます。