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異界配達人  作者: 早川
1/1

貴方は"ユウシャ"に選ばれました!

ゆるゆると更新していきます!

どうぞよろしくお願いします!

 ――最初は何が起きたか理解できなかった。


 俺こと各務裕也かがみゆうやは母子家庭に生まれた。母親に女手一つで育てられ、大学にまで通わせてもらったが、結局やりたいことも見つからず何となく地元の郵便局に就職した。


 そして今日もいつも通り郵便局員としてバイクで郵便配達の仕事をこなす。

信号待ちの間に頭の中でこれからの配達経路を組み立てつつ、ぼーっとただ前を見つめるようないつもと変わらない、そんな日常のはずだった。




 そこに死角からトラックが突っ込んできた。




 気づいた時には既に遅くそのまま為す術なく跳ねられ、地面に身体が叩きつけられ、激しい痛みに意識を失っていた。次に目を覚ました時には変わり果てた姿で横たわる自分の身体を俯瞰で眺めていた。


 手足はあらぬ方向に曲がり、ヘルメットには大きなひびが入り頭部からはかなりの量の血液が流れ出ている。信号待ちをしていたサラリーマンが必死に声を掛けてくれているが俺の身体はピクリとも動かない。トラックのドライバーは茫然自失ぼうぜんじしつとしている。


 あまりにも現実離れしすぎていて他人事ひとごとのように「あー、この傷じゃ助からないなー。死ぬんだろうなー」なんてことを考えていると緊急車両が数台到着し、野次馬も集まり始め事故現場は騒然となりはじめる。


 そうして現場を見下ろしている俺の存在を見つけられる人などおらず、「このあと俺どうなるんだろう」と考えていた矢先、急に真上から光が降り注ぎ始めた。


「……? なんだこ……れ?」


 呟き終わる前に身体が浮き上がり、その光の中へ吸い込まれていく。あまりの眩しさに俺は思わず目を閉じた――。


§


 浮遊感が収まり足裏に確かな地面の感触を感じた為、俺は恐る恐る目を開ける。


 ――そこは何もない真っ白な空間だった。


 ここは一体どこなんだとか、俺は一体どうなったんだとか、そういった疑問が思い浮かぶ余地もなく俺の意識は一人の女性に全て持っていかれた。


 真っ白な空間の中、目の前には白銀はくぎんの長い髪に、陶器のような白い肌、どこか優しげな、それでいて全てを見透かすような金色こんじきの目、空間とは対称的に真っ黒な聖衣を身に着けたとても美しい女性が立っている。


 あまりの美しさに『俺は思わず息を呑んだ』などと、どこかの小説で読んだようなありきたりな感想しか出てこなかった。






「ぱんぱかぱーん!おめでとうございます!貴方は見事“ユウシャ”に選ばれましたぁ!」





 だからだろうか、イメージからかけ離れた口調でそう告げられ、俺は目を丸くした。 




§ § §




 言ってる意味がよくわからず、開いた口が塞がらない。


「……?あれぇ、私の言葉通じてますぅ?もしかして使う言語間違えたぁ……?そしたらえっとぉ、どぅーゆーあんだーすたんじゃぱにぃーず?」


「大丈夫!通じてる!日本語わかります!」


 咄嗟に大声を出して答える。それに対して不機嫌になるわけでもなくいっそうの笑顔でこちらへ語り掛けてきた。


「あ、よかったぁ!私間違えちゃったのかと思いましたよぉ!」


 ニコニコと満面の笑みで俺のことをじっと見てくる。……これは、俺が話すのを待っているんだろうか。


 一度深呼吸して気分を落ち着ける。


「あー……えっと……言ってる言葉は理解できるんだけど、そもそも今の状況が理解できてなくて……」


 うん、俺は頑張った。初対面の美女を前にここまで聞ければ及第点だ!と自分を慰める。


「あっ、そうでした!自己紹介がまだでしたね、私の名前はイリス。”エスピナ”と呼ばれる世界で信仰されている”イスリル教”の女神です。今回、貴方にはお願い事があってこちらに召喚させて頂きましたぁ」


 そういって女性は優雅に、まるで物語の中の貴族のように会釈をする。


 そんな自称女神を前に俺の頭は混迷を極めていた。エスピナ?女神?そんなのファンタジーの世界だぞ。いやまて、ここまで結局流してきたけど俺ってあの後どうなったんだ?

 もういっそのこと開き直って目の前の自称女神に俺は尋ねる。


「……その、俺って結局どうなったんですか?」


 それに対して世間話でもするような()()()()で女神とやらは答えてくれた。


「やだなぁ、あの怪我で助かるわけないじゃないですかぁ」


 その口調のせいか、彼女が何を言っているのか一瞬理解できなかった。


 助かるわけがない?それはつまり死んだってことだよな?それをそんな軽々しく言われて「はいそうですか」と納得しろと?俺にはまだやりたいことが、やらなきゃいけないことが残っていたしのに。それなのに母さん一人残して……逝けっていうのか。


 やりきれない怒りをどこにぶつけていいかもわからず、頭を搔きむしり唇を強く噛む。確かな痛みをそこに感じた。


 そうして頭のどこかで「あぁ、夢じゃないのか」と納得してしまう自分がいた。あの事故は紛れもなく現実で起きた出来事で、怪我で助かるなんて余程の奇跡が起きない限り無理だろう。

 ……母さん悲しむだろうなぁ。恩返しもろくにせずに死んでしまって……俺はとんでもない親不孝者だ……。


 ――母さん、ごめん。


 自分が死んだという事実を突きつけられて呆然としていると、先ほどまでとは打って変わって静謐な雰囲気を纏った女神がこちらへ語り掛けてくる。その様子に目の前の女性が女神なのだということを否が応でも受け入れさせられる。


「各務裕也さん、貴方は死んだのです。ここは死後の世界、死んだ魂の次に行くべきところを指し示す場所です」


 全くの別人のような物言いに戸惑いながらも俺は訊く。


「そ、そしたらあなたが……女神様が俺の次に行くべき道というのを指し示してくれるんですか?」


「いえ、もう指し示されてるんです。だから貴方はここに――私の前にいる」


 言葉の意味がわからず思わず首を傾げてしまう。そんな俺を他所に、女神様は楽しそうに手を合わせながら同じ言葉を繰り返した。


「最初に言いましたがぁ、貴方は”ユウシャ”に選ばれたんですぅ!」

 

 ……そういえば最初にそんなこと言われてたな。あまりにも現実離れしすぎた話にすっかり忘れていた。いや、現状も十分現実離れしているのだが。

 けれど……勇者?それってもしかしなくても剣と魔法を駆使して魔王と戦うあの”勇者”のことだよな……?俺も現代日本でゲームなどを遊んで育った世代だ、勇者というものには少なくない憧れを抱いたこともある。


 そんな俺に、勇者としての素質がある……?


 そう言われたわけでもないのに自分の手のひらを見つめ、震える。もしかして魔法とかも使えちゃったりするのではないか、と。


「えーっとぉ、何をお考えなのか何となくわかっちゃいますけどぉ、貴方の想像している”ユウシャ”とは違いますよぉ?」


「えっ、ち、違うんですか?」


「違いますよぉ!”ユウシャ”っていうのはぁ」


 そういって女神イリスは何もない宙に指を踊らせ何かを描く。なぞられた軌跡は光となってそこに




 ”郵者ユウシャ




 という二文字を浮き上がらせた。




「貴方の生きていた世界の文字で書くとこうなりますねぇ!」


「……は?」


 浮かんだ二文字を見て目を見開く。どうやら俺の想像していた”()()()()”とは全くの別物らしい。期待していただけにその落胆も大きい。


「あぁ!格好悪いとか思っているでしょう!そんなことないんですよぉ!貴方の肩にはエスピナに住まう人々の命運が掛かってるんですからぁ!」


 随分とスケールの大きな話だ。そんな大きな命運がこの二文字に託されているとは到底思えなかったが、思わず言葉に熱が入ってしまう。


「ひ、人々の命運?ってことはやっぱり勇者みたいに魔王とかと戦ったりするんですか……!?」


「あ、いえ、戦ったりとかは基本ないはずです」


「えっ、じゃあ人々の命運っていうのは一体……」


 興奮して訊いただけに真顔で返されて少し恥ずかしくなる。……自分にも魔法が使えるようになるのかと少し期待したのに。


 そんな俺の落胆を知ってか知らずか、女神は”郵者”の役目を教えてくれる。 


「貴方には一通の”手紙”を届けていただきたいのです」


「手紙の……配達?え、俺はわざわざそれだけのために呼ばれたんですか?」


 手紙を届けるなんてそれだけのこと、わざわざ異世界から人を召喚してまでしなきゃいけないことだとは到底思えなかった。


「ここで説明している時間はないのでぇ、詳しいことは転移先にいる人間に尋ねてください~。


ただ――これは貴方にしかできないことです。貴方の言う”それだけ”のことが出来ないからこうして貴方を喚んでいるのです。どうかお願いします、エスピナをお救いください、”郵者”様……」


 それはまるで祈りのようで――。


 女神様のそんな姿を前に、俺は何も言えなくなった。




 どれだけの間そうしている女神様を見ていたかわからないが、そう長い時間は経っていないと思う。正直俺は戸惑っていた。果たしてその使命とやらを遂行することができるのか。俺なんかに世界の人々の命運が掛かっているなんていくらなんでも重すぎる。


「お、俺じゃなくてもよかったんじゃないですか?どうして俺なんですか?」


「先程も言いましたが貴方だから……いいえ、貴方にしか成せないことです」


 有無を言わせないその物言いに気圧される。俺にしか……できないこと。それならやるしかないんじゃないのか?そもそもここで断ったら俺はどうなる?何にせよ断る選択肢は用意されてないんじゃないか?……ここでうだうだ悩んでいても仕方がない、か。


そう決めると意を決したように口を開く。


「わ、わかり、ました。俺に何ができるかはわからないけど、俺にやれることを……やります」


その返答に満足言ったのか、女神様は満面の笑みで一つ頷く。


「貴方ならそう言ってくださると信じていました!


……私達の世界の都合で安らかに眠るはずだった貴方をここまで連れてきてしまい申し訳ありません。


けれど……それでも、私達は、私は、貴方に縋ることしかできなかった――


次に私と直接会うのは貴方が死ぬときですね。なので、それまではしばしのお別れです。


<郵者>各務裕也よ、汝の進む道は困難が立ちはだかり、立ち止まることも多くあるでしょう。ですが、進む先には必ず希望があります。


それを忘れず、汝の選んだ道を進みなさい。


汝の旅路に祝福があらんことを」


女神様の祝福を受けながら俺は再び光へ吸い込まれていった。

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