2-1 打ち合わせはお代わりの合間に
「ふ、さっきはこの俺とした事が、つい熱くなってしまったな」
そんな事を言いながら、先輩は神殿前にて立ったまま涼しい顔をしていた。
俺はふてくされた表情で、大神殿にある塔へ向かう裏門の石段に座り込み、夕暮れの爽やかな聖都を吹き渡る風に髪をそよがせていた。
「何を抜け抜けと、そんなすっきりしたような顔で言ってやがるんだよ。
よくも、あそこまでボコボコにしてくれたな。
バージョン6.0で手に入れた【すべてのダメージ半分】が今回のバージョン11.0のスキル【全能力×10】で十倍になっているのに、アレなんだもの」
「リクル。
それは、お前の修行が足りないせいだ」
あっさり言いきりやがった、この先輩。
だが、この先輩が何気に発した言葉もある意味では非常に正しかったのだ。
「うるせえよ。
しかも、基本機能の自動重ね掛けがかかる、バージョン9.0の【すべてのダメージ十分の一】もあるんだぞ。
都合、二千二百倍のダメージ軽減力があってアレなのかよ!」
道理で、素手で魔物を粉砕出来るわけだ。
ラビワン・ダンジョンの底にいる最後の番人まで、素手で叩きのめしてきたものに違いない。
くそ、いつか必ずやり返してやる。
「お前は、どうもスキルに頼り過ぎるきらいがあるな。
悪い癖だ」
「くそ、ダメージ軽減系のスキルで無茶苦茶に軽減されているというのに、あの状態だなんて、どれだけ容赦がないんだ。
それに加えて素のスキルでレバレッジされているんだぞ。
普通の人間なら死んでいるからな。
あんたのせいで、回復スキルっぽいものがどんどん湧いてきているぞ」
結局、混雑していて特殊な条件下での走りとなる塔のコースでは先輩に勝ったものの、障害物のない平地では神殿のゴールまでもたずに先輩に捕まってしまったのだ。
どれだけ凄いんだよ、踏破者って奴は。
くそ、まだ駄目だった。
いつか絶対にこの先輩に勝つぜ。
とりあえず、安全そうな鬼ごっこで。
そこから頭に血が上った先輩に捕まって、遠慮の一つもなくフルボッコにされてしまった。
夕方の時間で祈りの塔から大神殿に向かう人も多く、周囲の人から注視されまくりで、仮にも街を救った勇者たる者にとって決まりが悪い事この上なかった。
まあ回復力が凄まじいので、この夕暮れの時間にはもうすっかり綺麗に治っていたのだが。
それから、俺達は糠に釘に近い感じの問答を繰り返しながら夕餉の場に急いでいた。
あれだけ激しく鍛練すれば、腹だって減るわ。
あの見上げるような塔を、全力で百回も登ったんだからな。
そして今の夕食の時間に至っても、まだ俺達二人は問答を続けていたのだった。
「お前、本当に回復力が凄いな。
俺も、お前の六倍ブーストを受けた経験はあるが、あれの倍以上の力なのか。
その上、あれこれスキルでブーストされているのか。
想像もつかん」
「うるせえよ。
いくら回復するからって痛いのには変わりないんだぞ。
回復力の場合は六倍と十一倍は倍じゃなくって全然違うものだ。
遥かに、もっと凄いんだからね。
今回最後にあんたの頭を踏んだ時に、更に回復力は別で、体の丈夫さも十倍になったはずなんだぞ」
「お蔭で、お前の今の素の固さがわかって満足だ。
リムル、随分と美味しくなってきたじゃないか。
まあ所詮は、まだ三割くらい熟した程度なのだが。
そうか、更に丈夫になったか。
じゃあ次回はもっとボコボコにしてみよう」
「くそー、回復力増強の基本能力スキルでの重ね掛けスキルが欲しい。
先輩から一発もらう端から治癒していくような凄い奴が~」
「早くそのスキルを手に入れるんだ、リクル。
そうしたら遠慮なく俺が君をボコれるだろう」
「あれでまだ遠慮があったっていうのかよ、この化け物が~」
だが、姐御がジロっと睨んだ。
「お前ら、煩いぞ。
もう飯時だ、少し静かにしろ」
「へーい」
「だってリクルを徹底的にボコボコに出来たから、つい嬉しくてな」
この人非人がー。
だが、俺はもうその馬鹿には関わらないようにして夕食に夢中になっていた。
だって明日から久しぶりにダンジョンへ潜り、しかも今ここのダンジョンはお宝てんこ盛りモードなんだぜ。
たくさん食って精力をつけておかないとなー。
「若い子は元気があっていいですねー」
今日は打ち合わせを兼ねて、一緒に夕食を食べているマイアが楽し気に見ていた。
「若い子って、先輩は」
「まだ十八歳だが、それがどうした」
「嘘!」
見た目はそう見えんのだが。
とっくに二十代半ばくらいなのかと思ってた。
もしかしたらこの人、まだ能力がかなり伸びていくんじゃないの⁉
ヤベエ。
せっかく、良い加減で追いつきだしたと思っていたのに。
ただでさえ、この人と俺じゃ元々の経験値があまりにも違い過ぎるからな。
「本当じゃよ。
まあ、あのイカれた強さの王の息子なのだからな。
その若さで今の地位にあるのも頷けるというものだわい」
「ああ、奇しくも彼の先祖は、私と共に邪神の封印を行なったメンバーだったのだしな。
何代前の奴だったのかまでは忘れてしまったが」
「マ、マジで?」
相変わらず、素で時代ボケしている姐御にスパっといい笑顔で頷かれてしまったので、俺は大人しく今届いたばかりの二枚目のステーキに取り掛かった。
ステーキのお代わりを待つ間、先輩と押し問答していただけなのだ。
この狂人が、おそらく当時の勇者を務めただろう王子様だか現役の王様だかの子孫なのか。
もう世も末だな。




