1-83 大司祭からの話
俺達は神殿の奥にある、大司祭の部屋とでもいうような、ちょっとした広間っぽい部屋へと案内された。
そこには広い空間に置かれた執務室の右手にある空間に瀟洒な感じの椅子とテーブルが置かれており、俺達は座るようにそこへ案内された。
おそらくそれは、こういう神殿から見た重要人物を座らせるための物で、ここに呼ばれた神殿関係者が座るようなものではない。
無駄に広いのも一種の神殿の権威のための物で、彼ら神殿関係者は立ったままで大司祭様のお話を聞いてから、そのまま退出するのだろう。
そのようでありながらも、この神殿には腐敗したような空気は感じられない。
この大司祭も敬謙な雰囲気を放っており、あのブライアンから実利一本の冒険者稼業を学んできた俺にとっては実に驚くべきことだ。
大司祭に冒険者マネージャーなんか据えようものなら、全世界に染み渡るほどの腐敗臭で満ち溢れてしまう事だろう。
ここは世界中から多くの金が集まる場所のはずなのだが、【邪神】という存在が物理的と言ってもいいようなほどの力を放ち、そうはさせないほどの存在感、そして恐怖をもたらしているのかもしれない。
また伝説の聖女様が堂々と実在していて、今もこうやって聖地へとやってくるのだから。
神官服を着た美しい女性がお茶を淹れてくれた。
まだ二十歳を過ぎたくらいの歳であるようだが、清楚さを前面に出した顔立ちで、いかにもここの神官らしい清楚で清廉な雰囲気を、一挙一投足に至るまでの態度振る舞いにも醸し出していた。
「事の始まりは、地下鉱山跡での発見でした。
ある冒険者のパーティが魔法の武具を発見したのです。
それは通称『宝箱』と呼ばれる、このダンジョンでたまに発生する不思議な現象です」
その話は聞いた事がある。
ブライアンのパーティは踏破者となる事を目指していた。
新人の教育に熱心だった理由の一つとして、それを成し遂げられるスキルの持ち主を発掘するためであったと聞かされた。
だからこそ期待していた俺には余計に失望したのだろう。
その後、北のダンジョンにチャレンジする事を目標としていたのだ。
そこで宝箱などを手にしたいという望みもあったようだ。
生憎な事に、それを成し遂げるのに一番有用そうな俺を、彼は早とちりで失ってしまったのだが。
そして彼自身をも。
そして皮肉な事に、あの全滅したパーティの遺児とも言える追放者たるこの俺が、その北の地にてその大地を足で踏みしめている。
しかも、ブライアンの悲願であった踏破者相当の『ダンジョン所払い扱い』でなあ。
「それは最近の作ではなく、おそらくは遺跡がまだ現役の施設であったような古代の時代の物で、今では失われてしまった技術なども含まれていました。
箱は完全な人工物である遺跡の方からではなく、鉱山跡のダンジョンから湧くのですが、遺跡とは繋がっておりますので」
「ほう、それはまた興味深い。
そいつを拝見できませんかな」
さっそくバニッシュの目が妖しく光る。
それが一番のお目当てだったのだろう。
「ええ、すぐに持ってこさせましょう。
マイア」
「はい、ただいま」
マイアと呼ばれた、俺達の世話をしてくれていた女性が素早く準備に向かった。
えらくキビキビとした動きだ。
「今のマイア様と言われたあの方は?
あの一挙一動、只者ではないようですが、あの方も神官様なのですよね」
「はは、勇者様はお気が付かれましたか。
彼女は回復や邪気を払う力の強い神官で、単独で遺跡のパトロールさえこなす者です。
あなた方の案内人として随行させようと思っております」
「へえ」
てっきり、この大司祭様の秘書か何かだと思っていたが、身のこなしが只者ではなかったので思わず訊ねてしまったのだ。
それはまるで上級冒険者のようであった。
「はは、リクル。
ここの大神殿には有用でない者などの居場所はないぞ。
この聖教国の大神殿には、いざという時には邪神と刺し違える覚悟を決めた豪の者しかおらぬ」
「それで、ドラゴンがいたにも関わらず、あんなにわらわらと現場にいやがったのか。
肝心のドラゴン相手の戦闘員である冒険者は一人もいなかったんだけど⁉」
「リクル、今ここの冒険者は尋常ではない異変が起きつつあるダンジョンを敬遠して他へ行っているか、欲に駆られてほぼ潜りっぱなしかのどっちかなのさ。
立ち去った臆病者か、欲の皮を突っ張らせているかのな」
「姐御、そんな事を言ったって冒険者なんて生き方をする者なんて、所詮は」
「わかっておる。
そう言えば、ドラゴンの遺骸の回収はどうなっておる?
この馬鹿が全部豪快に焼いてしまったので価値は屑同然に下がったかと思うが」
「は、ただ今協会の者を派遣させております。
まあ焼けたといっても、鱗などはそうそう駄目になったりはしますまい。
鱗などは少々溶けていたとしても、鍛冶場で溶かす手間が半ば省けたようなもので。
まあ細工品などには使えませんがなあ。
そちらはすべて倒された勇者様の取り分という事でよろしいですか?」
「ああ、それで構わん」
だが俺はそれに意を唱えておいた。
「馬鹿だな、姐御。
さすがにそれは駄目だろう。
これだけ街がやられているんだ。
そっちの復興に使ってくれよ。
俺は冒険者なんだ。
稼ぎはダンジョンから、きっちりといただくさ」
ドラゴンは俺が全部いただくとは言ったが、その使い道は俺が決める。
それが、あれとたった一人で戦った勇者の権利だ。
「勇者様はそれでよろしいので?
ドラゴンが二十二匹ともなれば、かなりの金額になりますが」
大司祭は少し驚いたような顔でそう言ってきた。
だからだろ。
「構わないよ、さほど金に困っている訳でもないので。
その代わりに時計があったら一つもらえないかな」
姐御が面白そうな声で割り込んできた。
「ほう、時計など何に使うつもりだ」
「決まっているだろ、姐御。
塔登りのタイムアタックに使うんだよ!
バージョン11.0に上がるまで俺はダンジョンには絶対に潜らないからな」
俺は堂々と勇者として臆病者宣言をしてやった。
ここの冒険者達の、見事に中をとってやったという訳だ。
『慎重なチャレンジャー』
たとえ臆病者の勇者と誹られようが、俺は今でもあのブライアンの教えは正しかったと信じている。
どんなに渇望していたとて、いきなりここのダンジョンに挑戦しようなどと彼は決して言わなかった。
ある程度の経験を持つ冒険者は一種の自然な防衛本能のような物を持つ。
だが成果を求めるあまり、それを無視して分不相応な危険を冒して無謀な挑戦に身を任せ、身を滅ぼした冒険者を俺は何人も見たし、ブライアンはもっと多くを見てきただろう。
彼の考えは絶対に正しかった。
今、若輩ながらも短期間で数々の修羅場を潜り抜けた俺は、その感覚を完全に身に着けている。




