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1-78 勇者の時間

 俺は「ど畜生~」と叫びながら槍を頭上に掲げる『ハイポート』の態勢で丘を駆け下りた。


 この非常時に、突撃姿勢まで指定して拘るのはどうかと思うのだが。

 これ、マジで本物の鍛練だわ。


 あのドラゴンが実は聖女の仕込みだったなんて言うんじゃないだろうな。


 くそ、遠いな。


 ここいらは雄大な景色が広がっているのと、バルバディア聖教国も国と名うつだけあって相当巨大なので、遠目には近いと感じる現場が実際に走ると滅茶苦茶に遠いわ。


 だがレバレッジ10.0を極めた俺の足は半端じゃなかった。


 俺は、もしも最大戦速のトップスピードのままで長時間走り続けられるというのなら、四時間で四百キロ先のラビワンからここまでやってこれるほどの素晴らしい速度で駆け下りていった。


 もちろん、頭上に槍を掲げたハイポートの厳しい姿勢で。


 その間、聖都の外壁への到達まで僅か四十秒ほど。


 そのまま都市の周りを覆っている城壁を蹴って垂直に駆け上がり、そのままの速度に更に加速をつけながら城壁を踏み切って飛び越え、バルバディア聖教国への挨拶に代えた。


 その勢いのまま、手近に見える怪物の上半身目掛けて跳んでいった。


 俺はまず地上付近にいる、街の人に向かって蹂躙のブレスを吐こうとしていたドラゴンに襲い掛かっていった。


 もちろんブーストはかけずに。

 だって一頭くらいは『素の』能力で倒さないと納得してくれそうもない。


 誰がって?

 あいつら全員がだよ!


 ど畜生~。


 これが本日何回目の「ど畜生~」なのかさえ忘れたぜ。


 もはや、この俺は『ど根性勇者』を越えた、『ど畜生勇者』と成り果てていた。


 毎回、馬車から降りた休憩時間が、俺の鍛錬の時間なんだものな。


 要らん事に、バニッシュが馬車の天井に『鍛練用吊り具』を付けてくれたので、走行中も膝を曲げて足を持ち上げたまま馬車内懸垂とかやらされるんだぞ。


 しかも、休憩時間が来るまでずっと。


 そして休憩時間は、他の正式な鍛練の始まりを意味するのだ。


 マジでありえねえ~。


 ええい、この糞ドラゴンがあ~。

 往生せいやあ。


 そいつは、その目の前で抱き合って震えていた無力な母子に向けてブレスを吐くのは止めにし、もはや意味をなさないような汚らしい罵声を上げながら突っ込んできた俺の方を見た。


 そのドラゴンは、ざっと見た加減では二十メートル前後の大きさか。


 これがドラゴンの標準サイズなのか小ぶりな奴なのか、近くで見るのは初めてなのでよくわからないな。


 というかドラゴンすら見たのは初めてだ。


 ブライアンのパーティではそこまではやっていない。


 母親に抱かれている子供はニコル達と同じくらいの子か。


 そして、そいつは俺という敵を視界に認め、すっと目を細めた。

 こいつ、三白眼が感じ悪いな。


 こいつらって瞼があるんだ。

 地下迷宮に羽根を生やしたドラゴン系魔物はいないので、よく知らなかったんだが。


 そいつは空中でのホバーリングは止めにして地面に降り立つと、ゆっくりと俺に向けてブレスを吐く体勢を整えた。


「この間抜けが!」


 こいつは空を飛べるのだから、大空から一方的に俺を焼き払えばいいものを。


 もっとも、それをやらせないように大声で挑発しながら走り込んでやったのだが。


 ドラゴンは知性が高いため、この手のヘイトコントロールが非常に有効な魔物なのだ。


 魔物への罵声の浴びせ方なら、ブライアン達から盛大に学んだんだぜ。

 もっとも、それは最近では主に俺が浴びせられていたんだけどな。


 俺は全力で瞬間のみ倍速に加速した。


 このままの速度で走り続けられるのなら、王都から一時間でここまでやってこられるほどの猛速で突っ込み、一気に間合いを縮めた。


 そいつがブレスをグビビビっと喉元にせりあがらせた瞬間に、横手に大きく瞬間的にステップを切って直角に飛び、そして間髪入れずに飛び上がり奴の首に斬りかかった。


 エルバニッシュの銘が輝くミスリル槍に、一流の魔法剣士直伝の力を乗せた魔法槍へ、鍛練に鍛練を重ねた十人前の力×攻撃力二倍の魔力を乗せて。


 一気に食い込む感触、だがさすがに硬くて首は斬り落とせない。


 しかし、そのまま滑らせるように比較的柔らかい裏の部位に穂先を走らせて、魔法剣の要領で喉元まで一気に切り裂いた。


 おまけに槍の能力とコンボで食らわしてやった必殺の魔法槍の技『バーニング・ストライク』。


 そいつのもたらした爆発のような衝撃に奴の首は千切れかけ、そして竹がへし折れたかの如くに大きく開いた傷口から溢れ出す、そいつ自身の強力なブレス。


 もう、ぶっぱなしている最中なので、最早そいつ自身にもそいつは止められない。


 首がどこかへ行っちまいそうで、それどころではなさそうだしな。

 あれでまだ生きていやがるのが、よく理解できない生物であった。


 俺は勢いでそのまま転がりながら、その噴き出してきた地獄の災禍を避けた。


 そして、そいつは自身の込めた魔力による大火焔で自らを焼き、火達磨になってのたうった。


 俺は巻き添えを食らわせないように、母子を両の手に抱え上げて、猛速でそこから駆け抜けた。


 頑丈な石の建物の壁の向こうに彼らを置いてから言っておく。


「俺は勇者リクル。

 今ここへ聖女セラシアのパーティが来ている。

 もう大丈夫だから、安全なところに隠れているんだ」


 そして俺は振り返ったが、あいつら全員、俺の戦いぶりを丘の上からのんびりと観察しているようだ。


 あの、ど畜生どもが。


 だが、母子は目を潤ませながら頭を下げると走り去っていった。


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