1-67 王都のディナー
宿の夕食は、とにかく凄いの一言だった。
ここって、普通の人が泊まれるような宿じゃないからな。
特に王宮ゾーンへは行かない、通りすがりの訪問貴族や特別な身分の人が止まる特別の宿らしい。
ただでいいなら、俺なんかもう十泊くらいしていってもいいくらいだ。
大浴場があり、個室にも豪華浴槽付きで、部屋は大きくて続きの間になっているのだ。
俺はもう一っ風呂浴びてきたところだ。
また後で行こうっと。
せっかく豪華な部屋の内風呂も、俺以外は入らない人ばかりだし。
オードブルは地鶏のパテやフォワグラ、キャビアに海産物のマリネか。
バニッシュは酒をお伴にオードブルから飛ばしている。
また海産物系が凄い。
こんな内陸部の王都で、これは本当に凄い事なのだ。
おそらくは金に飽かせてキャラバンに海辺で買い集めさせた物を、魔導具による保存箱に入れて持ち帰らせたのだろう。
しかも凄腕の冒険者に守らせて。
きっと目の玉が飛び出るような値段のはずだ。
そういう割のよさそうな仕事もいいよな。
今の俺になら、そっち方面の需要があるかも。
街道の悪魔、あの切り裂きカイエを倒した実績は、雇う側からすれば魅力的に映るのではないだろうか。
サラダも俺が見た事がないような野菜ばかりだ。
シャキシャキとした歯ごたえが溜まらず、食べる端から身体中の血液が綺麗になるような感じで。
何より、文句なしに美味い。
シャキっとした新鮮な葉野菜に、爽やかな後味と同時に甘みのある香野菜、ジューシーな果実のような赤い小さな丸型の野菜の取り合わせ。
それらを引き立てる、さっぱりしたノンオイルドレッシング。
野菜よりも肉を好む俺も、思わずお替りしたくなるような物だ。
スープも味自体は濃厚だが、これもまたあっさりとしている。
出汁もさっぱり系を使い、なおかつ味には相当拘っている感じだ。
多くの野菜を溶かし込んであり、味は複雑で芳醇だ。
この地方の農家出身で碌な育ちをしていない俺にさえも、それらをはっきりとわからせてくれる技術はシェフの研鑽と日々の精進の賜物だ。
こういう丁寧な仕事をする人は尊敬できる。
見習い時代は、さぞかし殴られてきたのに違いない。
それで腐ったりせずに求道に邁進した結果の味だろう。
うん、美味い。
農民出身の俺にはわかる。
この王都周辺の土は最高なのだ。
またいつか畑を見てみたいなあ。
「このスープって美味い土の味がする」
それを聞いてバニッシュが好々爺然として笑った。
「ほっほっほ。
農村出身の者なら、そう思うのかものう」
「そういうバニッシュはどこの生まれ?」
「ああ、わしはドワーフの国、ハンマースパークの鍛冶街で、槌の音をBGMに生まれ、槌の音を子守唄に育った。
そして槌を握り、今も冒険者として槌を握り、また鍛冶場の槌で自ら打った斧を振るっておる」
「あ、はい。
なんとなくわかりました」
ハンマースパークかあ。
金属ハンマーで金床の上で何か金属を叩くと飛ぶ火花の事だな。
どんな国なのか、大体想像がつく。
そこもちょっと見てみたいな。
「バニッシュ、里帰りの予定は?」
「はっはっは、ドワーフの国を見てみたくなったか。
まあいつになるかわからんが、その時は誘ってやろう」
そしてエラヴィスが、やってきたメインディッシュの上等なビーフステーキに取り掛かりながら言った。
これも滅多にいないような凄い牛のようだ。
俺が今まで食べてきたような物はこれに比べると豚の皮を焼いたようなもんだろう。
あれだって十分に安くて美味しいんだけど。
「あの国は面白いわよ。
凄い工芸品がたくさん作られているし。
採掘、精錬、加工、装飾、付与。
そして魔法武器の作成。
ありとあらゆる金属加工がなされ、武器の名産地でもあるけれど、部外者はあまり歓迎されないの。
導師と一緒なら大丈夫だけど」
「導師?」
「バニッシュ導師の事よ。
今あの国ではエル、神の意を表す称号を持つ鍛冶師は十人もいないけど、バニッシュはエルバニッシュの名を持つ筆頭エルブラックスミスなの。
それって本当に凄い栄誉な事なんだから」
それを聞いて俺はちょっと困惑した。
もちろん、冷めないうちに肉に取り掛かるのは忘れないけれど。
「そんな凄いお方が、一体何故冒険者を?」
「坊主、世界は広い。
鍛冶場に閉じこもっていては見えない事もあると思っていたのでな。
たまたま、そんな折にセラシアが来て誘ってくれたのじゃ。
エラヴィスの魔法剣を打ち終えたので共に行く事にしたのよ。
今はさしずめ聖女様のブラックスミスというところよ、わははは」
そうか、そうなのかもしれないな。
俺なんか、生まれて初めて村から出て二百キロ歩いて出稼ぎに来て、それからなし崩しにダンジョンに引き籠っていたままだし。
よく考えたらバニッシュとそう変わらないんじゃないだろうか。
「そうだ、小僧。
とりあえず、お前の槍に付与を重ねておこう。
お前自身もある程度、強い攻撃力があった方がよいじゃろう。
フレイム系はどうじゃ。
炎を纏わせる付与じゃから大概の魔物を怯ませる効果もあるぞい」
「そんな事が出来るの⁉」
フレイム系には少し憧れる。
俺が外れと目されるスキルを発現させ排撃された時、それまで日陰者だったシグナが引いたスキルだからな。
あの時、一体どれだけシグナの事が眩しく見えたものか。
それまでの一年間は、向こうが俺の事をそう思っていたのかもしれないのだが。
「ああ、元から打つとなるとすぐには出来ぬが、既に魔法武具としてあるものになら可能だ。
セラシアの魔法も借りれば良い物ができるであろうよ。
明日は一日どうしようかと思っておったところじゃ。
出かける前に槍を預けていくがよい」
「うわあ、バニッシュ。
ありがとう~」
それから姐御の方へ向いて訊いてみた。
「あの、肉のお代わり、いいっすか」
いっぱい食べろと言われていたので遠慮なく切り出した。
居候、三皿までは堂々と皿を出し。
彼女は笑顔で、傍に立つ給仕に『全員分』のステーキのお替りを注文してくれた。
うちは女性陣もなかなか食べるのだ。
でも姐御って、エルフで聖女様なのに、お肉をバクバク食べるんだなあ。
肉食系エルフだ。
まあ冒険者なんだから、それも当然というものか。




