1-65 王都の夜
おチビ達は、明日は皆と一緒に粘土遊びをするので、孤児院は明日の夕方に行く事になった。
王様が紹介状を書いてくれたんで、孤児院には問題なく入れる事だろう。
最強の紹介状だよな。
それを書いた王様本人も、ダンジョンの踏破者さえ凌ぐほどの最強らしいんだけど。
あの王様と落胤の息子に聖女様、それに俺が参加してブーストをかけたら邪神なんか一発で倒せそうじゃねえ?
そんな戯言が思わず頭に浮かんでくるくらい、本日はお腹いっぱいのイベント三昧だった。
王都には『聖女様』の常宿があるので、そこへ入ったが、これまた豪勢な宿だった。
おチビどもはまだ工房にいて、なんとあの先輩が面倒を見ているらしい。
王様も含めて皆で粘土遊びに夢中なのか。
もしかしたら泊まり込みなのかね。
おチビ達には、せっかく滅多に泊れないだろう高級宿を堪能させてやろうと思っていたのに。
まあ国王親子と夜っぴいて一緒に粘土弄りなんて、あいつらにも滅多に出来ない経験なんだろうが。
なんとも珍しいというか、こっちへ来てこの方、あの先輩の意外な顔が見られまくりだ。
俺としちゃあ、びっくり仰天じゃ済まない状況だった。
あれで、俺を執拗に殺そうとしている変態の狂人じゃなかったのなら、もっと仲良しになったっていいんだがなあ。
あの先輩は、ある日突然スイッチが入っちまうから困ったもんだ。
王家代々が、ああだっていうんじゃないんだろうな。
あの王様もなんだか怪しいぜ。
ある日突然息子みたいに、暇な時間が出来た時に飽かせて、俺の命を狙ってきたりしないよな⁉
あの息子にして、あの親ありは止めてほしい。
普通は逆だよな。
そして、宿の前には噂を聞き付けて、一目聖女様のお姿を見たいという王都の民衆が詰めかけていた。
そして彼女は何故か、聖女のイメージを表すものか、神殿で女性が着るような感じのデザインのドレスに着替えていて姿を現した。
そして、これまた何故か、この俺がそれに帯同させられているのだが。
俺は極めて普通の格好なんだけど、いいのかね。
「おお、聖女様」
「我らの希望」
「おお、ありがたや」
「ああ、人生の最期に聖女様の御尊顔を拝めるとは、なんという福音か」
なんだかもう、大変老い先が短そうなお爺さんまで大感激のご様子だった。
よ、よかったね、お爺ちゃん。
そして、姐御は指を揃えて反らした両の手の平を、その頭上に腕をいっぱいに伸ばして掲げた。
静まる民衆。
これは、もしかして千人くらいいるのでは?
「皆の者、よく集まってくれた」
そんな者をいつ集めたんだよ、姐御。
彼らは勝手に集まってきているだけなのに、よく言うよ。
手慣れているもんだなあ。
パーティメンバーは、こういう事になるのがよくわかっているのだろう。
姫君の従者の役は俺に押し付けられ、男連中はもう宿で飲み始めている。
エラヴィスの奴まで、「後は頑張る男の子に任せた」とか言って、どこかへふらっと行ってしまった。
王都のお店で得意のお買い物なのかな?
「此度の遠征は、昨今巷を騒がせている北の騒動を視察し、必要とあらば我らの手で鎮める所存だ。
古の聖女バルバディアの係累たる我、その他に王家に連なる者も王の勅命を受け、遠征に参加する所存である」
それ半分こじつけじゃないの?
というか、たまたま先輩が一緒にいたのを見つけたから王様が後で命じたっぽい。
先輩は先輩で、どの道聖教国へ行く予定だったから受けたんだろう。
あるいは、先輩が自分から父親に対して言い出した可能性もあり。
何があってもついてくる気なのだろう。
俺と、そして北に待っているだろう、先輩が言うところの『危ないモノ』を狩るために。
「そして、今ここに共に行く若き勇者リクルも我らと共にある。
者共、勇者に祝福を!」
おいおい、姐御。
ちょっとやり過ぎじゃないの。
誰が勇者なんだよ。
突然に集まって来た民衆に対して、アドリブで適当に傍にいた奴を勇者にでっちあげてサービスしたのか。
だが、もっとやり過ぎた奴もいたのだ。
その時、俺のあるスキルが『勝手に起動』したのだ。
「え? あっ、おいおい」
そいつは、まるでそれが運命だとでもいうかのように、大観衆の前で俺に無断で輝いた。
俺の体は聖なる光に発光し、その場に集う信心深い人々の心を鮮やかに信仰の力で焼いた。
それを見て姐御がちょっと驚いていた。
そして目でこう言っていたのだ。
(お前、いきなり何をやっているのだ?)
(知りませんよー。
そもそも、このイベントって、あんたが勝手に始めたんじゃないかー)
そのスキル名は【祈りの力×Ⅹ】。
そういや、そんなスキルもあったなという、そういう感じで忘れられていた不遇な代物であった。
だが人々は跪き、『俺に力をくれた』のであった。
「うわっ」
俺の叫びに何かを感じたものか、姐御は俺を、いや別のある物を見ていて、そして微笑んだ。
「皆の者、これぞ聖なる神の奇跡。
勇者リクルにもっと祈りを」
また姐御も姐御で、そんな適当な事を言っていたのだが、集まっていた人々は叫び出した。
「勇者万歳」
「勇者リクル万歳」
「聖女様万歳」
そして人々は跪き、やがて聖女様じゃなくて、ついに『俺』の方を拝みだした。
「何なの、これ」
「細かい事は気にするな。
お前は本当に面白い奴だ」
そう、俺は多くの人々から『祈られただけで』スキルがバージョン8.0に上がってしまったのだ。
姐御はこれが見えるからな。
なんでだろう。
よくわからないのだが、これが大勢の人間が祈る力、信仰の力というものなのだろうか。
そして、祈る群衆の数はまたどんどん増えてきて、手に負えなくなってきた感じだし、俺の輝きもまったく止まらなかった。
ここは宿前の大通りなのだが、人が増え過ぎて交通が遮断されてしまい、騒ぎを聞きつけた王都の警備隊の衛兵達が大挙してやってきたのだが、彼らもミイラ取りになって一緒に祈り始めていた。
そして、いつ終わるとも限らない祈りの夕べの連鎖が王都のメインストリートを、閑やかに埋めていったのだった。




