1-60 ろくでなし領主
もう何を言おうが、糠に釘のような反応しか帰ってこない先輩の相手をしているとキリがないので、俺は今持っている肉を手早く片付けて、また肉のお代わりにありついた。
両手に超高級骨付き肉を持って齧り放題だった。
酒池肉林とはまさにこの事だ。
こんな口福は人生で初めてなんじゃないのか。
いや、幸せー。
その一方、先輩は似合わないくらい上品な手付きで、ここの美味しい柔らか渦巻き白パンを千切っていた。
彼の皿には丁寧に取り分けた薄切り肉の冷製とウインナーが葉野菜と一緒に美しく並べられている。
王宮の配膳係か、あんたは。
そうしていると、とても狂気を宿した冒険者には見えない。
まったく、おかしなもんだ。
「先輩ってさあ、なんかそうしていると、まるで冒険者じゃなくて貴族みたいだな」
「彼は貴族だぞ」
「え?」
俺は思わず発言主の姐御を見た。
「本当?」
俺は本人の方に向かって問うて確かめた。
「ああ、俺は伯爵だ。
名はクリス・セタ・アルドリア伯爵という」
「名前、クレジネスじゃないんだ……」
「普通、親はそんな名前を付けないと思うがな。
それは俺自身が付けた最高の名前なのさー」
「あんた、やっぱり駄目な人だ。
こんな人がうちの国の貴族だなんて世も末だな」
「ははは、それは仕方がない。
彼はたまには狼藉もするが、無闇に一般市民に危害を加えるような凶悪犯罪者ではないし、王国に莫大な貢献をした者なのだから。
様々な偉業を達成し、ダンジョン奥底などからの収集品は世間を大いに潤し、王家にも様々な献上品をもたらした。
それは当然の叙爵というものさ」
「嘘……」
「残念ながら本当じゃ」
「ああ、誠に遺憾な事にな」
「でも女に興味がないから独身なのよね」
あ、なんか一人だけ違う事を言っている人がいる。
「ねえ、エラヴィス。
万が一、もし彼からプロポーズでもされたとしたら受ける?」
「うーん、それはかなりの難問ねえ。
あまりにも難し過ぎてこの場では答えられないわ」
「うわあ。
即、断らないんだね……」
「だって、貴族よ。
伯爵よ?
彼、立派な大きい領地だってちゃんと持っているんだから」
「嘘!」
俺は思わず先輩の方を見て目を見開いた。
「ああ、でもまだ一度も領地には行った事がないな。
一応、代官として赴任する奴が挨拶してきたので会った事はあるが」
俺はケツの穴近辺から、今食ったばかりの肉が逆流してきそうなほどの猛烈に嫌な予感がして訊いてみた。
「それで、何て言ってあげたの?」
「不正をしたら殺す、赤字にしても殺すと本気モードで脅しておいたら、まだ一度も赤字にはなっていないし、それどころか何故か毎年大幅黒字かな」
や、やっぱり~!
何故もへったくれもあるかー!
「先輩、あんたという人は……」
「なんだ?」
「もういいよ」
あーあ、こいつの領地の領民達って凄く税を搾り取られていそう。
よかった、俺の故郷の村はこいつが領主なんじゃなくって。
そして俺達は、その先の行程においても各地で盗賊の類を都合三回ほど退治したが、先輩は馬車の上で暢気に寝転がっているだけだった。
そして三回目の襲撃を受けた時に、彼は欠伸をしながら言った。
「今日は、やけにもたついていたな。
たかが雑魚の盗賊風情相手に一体どうしたんだい」
「うるせえな。
なんか知らんが盗賊どもが人質を取っていたんだよ」
「人質? 誰がそんなものに?」
彼は寝転がったまま首を捻っているようだ。
馬車の中からは見えないけど。
まあ確かに俺達から見て人質になりそうな人間はいないからな。
「どこかの子供だよ。
親は殺されてしまったらしい。
次の街で孤児院にでも預けるしかない」
「なんで、そんな関係のない子供のために?
別に盗賊なんて人質ごと倒せばいいだろうに」
「もう、あんたは本当に。
確かに性格は貴族向けとも言えるな。
でも上級冒険者には、そういう場合にも極力救護義務があるんじゃないのかよ。
あんたも少しは働けよ」
「そんな物、貴族になった者にはないよ。
よく冒険者協会の規定を読んでごらん」
「え、本当?」
俺は律儀に持ち歩いていた協会のハンドブックを引っ張り出して読み返してみたら、確かにそういう規定は存在した。
「う、本当だ。
だが、あんたには貴族としての責務……なんて持っているはずもないか」
「わかっていたら最初から聞かないように」




