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1-58 悪夢、再び

「ぎゃあああああ、なんであんたがここにーっ。

 それに、その股間の元気な物はなんだ⁉」


「なんでって決まっているじゃないか。

 君があんな事をやってしまうからだよ。


 酷いじゃないか、あのカミエを殺ってしまうなんて。

 あの男は、まだまだ食べ頃じゃないから放牧しておいたというのに。

 まさか、よりによって君に食われてしまうとはな」


「うるせーな!

 こっちが向こうに食われるところだったんだよ!」


 そして、奴は踵を浮かせ加減にして摺り足でにじり寄って来た。


「おい、先輩。

 ちょっと待て!

 そのまるで獲物を狩る猫のような足運びは一体なんだ!?」


 だが奴はその問いには答えず、恍惚とした表情で宙を見ている。

 くそ、こいつ!


「見たよ、街道の焼け野原。

 あれは君の仕業だね。


 あれは確か、英雄姫のドラゴンレインか何か。

 だが明らかに尋常ではない威力で、しかし一発だけ放たれたらしき魔法だ。

 明らかに君のスキルの仕業だな」


 くっそ、この先輩って狂気を患った変態だけど、妙に鋭いからなあ。

 いいから、その股間の凶悪そうな物は仕舞えよ。


「この僅かな間に、強くなったね。

 リクル」


 彼は俺に向かって、そう愛おしそうに言って蛇のようにチロチロと舌で上唇を舐めている。


 こいつから褒められても、ちっとも嬉しくない。

 それは一種の死神からの宣告に等しい。


 マズイ、こいつ『欲情』している。


 もちろん真面な欲情ではない。

 殺しの欲望に欲情しているのだ。


 俺を殺すためのスイッチが入ってしまったのだ。


 出会ってしまった。

 奇しくも凶に揺れる波紋に。


 その代わり、奴の周りの湯殿の水面には僅かな揺れすらも、あるいは波紋の一つも現れてはいない。


 この怪物め、殺戮の狂者たる踏破者クレジネスか。


 元来、この化け物は俺なんぞが無手で勝てるような相手ではない。


 しかも、相手は基本的に常に無手なのだ。

 それだけの強者、それが踏破者だ。


 あのスキルならば俺を一撃で仕留められるだろう。


 いやスキルの発動抜きでも、この常人の何倍もの力を持つレバレッジ能力者のこの俺を易々と屠る怪物なのだ。


 今までは単に本気で殺す気がなかっただけなのだ。

 こいつからはまったく逃げ切れる気がしない。


 なんたって、こいつは深層型ダンジョンの、深き深き、命の果てたるその真底まで辿り着いた踏破者なのだ。


 俺は絶望的なまでのその状況の中で、その場で思いつく限りでは唯一の逃げ場所へと、究極の選択をした。


「助けて~」


 そう情けない悲鳴を上げながら、『壁を』乗り越えた。


 屈強な人間七人前以上の強力な脚力に物を言わせ、湯が絡みつく湯船の中から一ッ飛びで3・5メートルはあるかと思われる高さの木板で出来た壁の頂点まで一息に到達し、そこを蹴って恥も外聞もなく女風呂に助けを求めながら飛び込んだのだ。


 俺は湯面でしこたま腹を打って、岩風呂仕立ての露天風呂からは派手な水飛沫が上がり、宿の入浴中の女性客からけたたましい悲鳴が上がった。


 そして俺は大声で叫んだ。


「姐御~、セラシアさん、助けて~」


 だが彼女は悠然と申された。


「なんだ、リクル。

 私と一緒に入りたかったのか。

 それなら最初から言え。


 風呂は大人しく入る物だぞ、まったく風情のない事だ。

 そしてクレジネス、貴様もな」


 振り向くと、眉を八の字に寄せた珍しい表情の先輩がいた。


 まだ股間を〇〇させたまま。


 俺は、この場における最大の安全地帯、即ち岩風呂にもたれかかっていた英雄姫の背中の後ろに、まるで母の庇護を求める幼子のように強引に割り込んだ。


 他の女性客も目を見開いて、身じろぎもせずにその光景を見ていた。


 第二の闖入者は更に変態度を増し、その立派過ぎる股間の〇までが天を突かんばかりの興奮度だったので。


 そして冒険者さんっぽい感じの女性が両腕で胸を隠して湯船に沈みながら、恐ろし気に呟いた。


「ク、クレジネス」


 だが、その変態冒険者は腰に手を当てて、無意味に胸を張った。


「ふふ、安心するといいよ、お嬢さん方。

 俺は女に興味はないし、弱い物を食おうとは思わない。


 さあリクル、僕と踊ろう。

 赤ん坊のような真似をしていないで、お母さんの背中から降りておいで。

君は強者だ、そこは君に相応しくない場所だ」


 まるで姫をエスコートしようとする王子のように優雅に手を差し出しているが、そいつこそはまさしく地獄の王子そのものだ。


 ビジュアル的には王子の股間も地獄のようだったが。


「やだ、セラシアママ~。

 変態が虐めるー」


「馬鹿者。

 誰がママか、まったく。


 クレジネス、ここは引くがいい。

 ここで我々と戦い、街に被害を与えたなら、さしもの貴様もラビワンから追い出されるぞ」


 それにはさすがに先輩も渋い顔をしている。


 どうせまた管理魔物みたいな奴を捜しているのか、強そうな奴をウエイティングサークルに据えるためにラビワン・ダンジョンを徘徊しているのに決まっている。


 あそこを追い出されたら、それができなくなるからな。


「わかったよ。

 その代わり条件がある。

 俺も北方へ連れていくなら、ここは引こう。


 まあ本音で言えば、リクルはまだ食わない予定だったんだ。

 こいつは、まだまだ強くなる。


 今はまだ簡単に殺せてしまいそうだからな。

 あまりに勿体なさ過ぎるじゃないか」


 こ、この野郎。本当はわかっているんじゃないか。


 だが姐御は、あっさりと頷いた。

 え、本気?


「リクル、そやつの股間を見るがい」

「あ、収まってる」


「そいつは狂気に囚われておるくせに妙に計算高くてな。

 ちゃんと損得勘定のできる奴だ。


 一旦醒めたなら、もうお前に手出しはせんよ。

 それよりもクレジネス、何故北方へ行きたがる」


 だが先輩は「くっくっく」と笑い出し、両手を広げてまた股間を育て始めた。


「そんな物は決まっているじゃないか。

 いるんだろう、北に。

 何か危ないモノが。


 そうでなければ、あんたがそうホイホイとあそこへ行くはずがない。

 何の考えも無しに、あんな邪神の封印された土地へ。


 だって、あんたはあの【エルフの聖女バルバディア】の係累なんだからな」


「貴様、このらく……いや」


「えええーっ」


 それが彼女を人が英雄姫と呼ぶ話と関係あるのだろうか。


「この忌々しいバトルジャンキーめ。

 まあよかろう。


 何分にも、今リクルに手を出すというのでなければ、遺跡探索では肉壁として思う存分に使ってやろう」


「望むところさ。

 そっちこそ俺の獲物に手を出したら承知しないぞ」


 彼の股間は再び〇〇し更に角度を増し、奴は仰け反って頭の上で両手をセクシーに組んで体をくねらせ、それを狂気の笑顔で誇示していた。


 そして、女風呂の更衣室の方から声がする。


 俺は慌てて振り返った。


「女将さん、変態です。

 女風呂に二人の変態が」


「やべえ、先輩。ズラか……」


 前を向いたら、もうとっくにいねえよ、あの変態。

 あの野郎~。


 そして俺も姐御に深くお辞儀をして一瞬にして飛んだ。

 まあ先輩と違って両手で前を隠す礼儀くらいは忘れないのだが。


 それにしても、姐御がまた御大層な生まれのようだし、あの野郎も、まさかその封印されているという邪神とやらに欲情しているんじゃないんだろうなあ。


 また(えら)く股間が張り切っていたし。

 人を巻き込むのは止めにしてほしいのだが、あの人は絶対に俺の力を当てにしているはずだ。


 この前も思いっきり使い倒されたし。

 しかも、姐御は姐御でまた、先輩などちょうどいい戦力の補充としか思っていないようだった。


 まったく、なんて人達なのだろう。


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