1-55 聖山バルバディア聖教国
ダンジョン都市バルバディア聖教国。
そのなりたちは少々変わっている。
都市が一種の独立国家の体をなしているのだ。
俺の本拠地であるラビワンと同じく、セントマウンテン王国と同じ国内にあるというか、その所在地それ自体が国名の由来であるのだ。
主な宗教である主神ハリオスを崇める神殿も、各国の国王達も決して干渉しない、いや許されない聖域。
そこは人種種族宗教を越えた巡礼の地。
世界を救うため、その命を捧げた聖女バルバディアが祀られる場所だからだ。
多くの国々は今も自分を犠牲にして世界を救った彼女の事を忘れない。
彼女が聖なる力で封じた邪神マンタグリスタは恐ろしいものだった。
その出現に世界は終わりを覚悟した。
国境も人種も越え、同じこの大地に生きる全ての人々は祈り、そして一人の修道女のエルフは立ち上がった。
彼女が持つ不思議な力に導かれ、そして数人の騎士に守られただけで彼女は邪神の元に赴いた。
人々はその勇気に、彼女のその強さに更なる祈りをささげた。
それは信仰の力として彼女に宿り、その聖なる力で彼女は邪神と共に闇黒の世界へと消えた。
そして彼女の名の下に厳重な封印が施され、決してそれが解けぬよう五年に一度は封印を重ね掛けする儀式が行われ、多くの敬謙な人々は彼の地に集い、祈りを捧げる事となった。
そして、今ダンジョンがあるのは、かつての邪神の力の影響、あるいはそれを封じるためのもののせいであろうと言われている。
邪神の力は今も滅びてはいないのだ。
だが彼女にちなんで名前を変えた、聖域である聖バルバディア山と接触しており、その存在によりダンジョンの拡大は防がれているという。
そういう俺達冒険者にとって実入りがいいダンジョン系の話は、協会の教官やマネージャーからちゃんと聞かされている。
まあそれくらいの基礎的な話だけだけど。
それが本当なのかどうかも知らないが、金の唸るダンジョンがあるっていう話だけで俺達には十分だ。
そして代官バローダさんのありがたい講義が始まった。
「バルバディア聖教国は巡礼の地という意味から、ラビワンを所払いになった冒険者のような者でも受け入れられる」
「ああ、そういう事なんですか」
「そうです。
盗賊山賊などの者でも入場を許される。
ただし、中での犯罪行為や争いはご法度なのであるが。
その連中も弁えているからね。
あの無法者カミエとてそれは例外でもあるまい」
「はあ、なるほど。
では北の街道を荒らしながら、素知らぬ顔でそこでよろしくやれると」
「まあそういう事だね。
治安関係の人間も、あそこでは捜査権がないのが困りものだ」
「そこの治安機関は?」
「そこで揉め事を起こさない限りは知らん顔さ。
というか余計な事に構ってはおれんのだろう。
彼らにとっては聖域の守護のみが神聖な任務なのだから。
逆にそいつらを咎めようと治安機関の人間が中で何かやろうものなら出入り禁止は必定なのだよ」
「はい、犯罪養護国家認定。
バルバディア聖教国ギルティ」
「これこれ、そう滅多な事は言うものじゃない。
主神様とはまた別で、全世界で尊敬されている聖女バルバディア、その彼女が祀られた総本山なのだから。
そのような批判を人に聞かれでもしたら、ただでは済まんぞ」
「よし、では私がこやつの口を縫っておくとしようか。
こう見えて裁縫は得意な方だ」
「おや、何故だか知らないが、今日は突然貝のように口を閉じていたい気分ですね」
「わかればよろしい」
俺と姐御のコントを苦笑交じりに見守りながら代官様の講義は続く。
「だがまあ、そんな有様なので世界各国の王も頭を悩まされておってなあ。
特に我が国の場合、油断すると国内に大量の犯罪者が集まってきてしまうのでのう」
「そりゃあそうだよ。
連中にとって、そんな好待遇は他のどこにもありゃあしないさ」
こう言っちゃなんだが、俺だって犯罪者落ちしたら絶対にそこへ行くぜ。
「はは。
我々のところにだって、そういう関係からか、あのカミエのような人間がのさばってしまって南にも下ってきてしまうのだからね。
本当に困ったものだよ」
困ったものどころか、俺なんか思いっきり当の本人に殺されかけたよ。
先輩もダンジョンの管理魔物なんか放っておいて、どうせならカミエあたりに執着して狩っておけば皆から喜ばれたのになあ。
まあ、あの人にそんな事を言っても無駄な労力ってものだけど。
糠に釘という格言が人の姿を取って歩き回っているような御方だからなあ。
「でも、あいつらは南のラビワンには入れないんだから、こっちに来る必要があったのですかね。
復讐心はあったにせよ、向こうでよろしくやっていたのなら普通は来ないと思うけど」
「そこなんだよ。
最近は向こうもあれこれ騒々しいようだし、何かあったのではないかと思うのだが、情報が錯綜しているというか、なんというか」
「まあ、こっちにはほとんど直接関係ないわけですから。
カミエがうろちょろしていたくらいで」
「それもあってね、このあたりからは干渉というか調査を命じるのも躊躇われてね。
まあ王都の機関は、そのあたりの事は調べているのではないかと思うし。
セラシア姫様も向こうへ行くのなら十分にお気をつけください」
「そうか、ありがとう。
心しよう。
向こうで何かあれば文を認めよう」
「ありがとうございます。
明日ご出立ですか」
「ああ、そのつもりだ。
今日は久しぶりにここでゆっくりさせてもらおう。
ここはラビワンからも近すぎて、行きがけ帰りがけに泊まったりするだけでな」
あ、確かに言える。
ここってラビワンから馬車で一日の距離なんだから、一人なら自分の足で歩くような俺だって泊まらないわ。
今の俺なら相当速く歩けるからなあ。




