1-46 疾風のカミエ
その本丸の前衛を務める俺の目の前に、いきなり転移でもしてきたかのように見えるほど瞬時に、そいつは現れた。
目で追えないほどのありえない速度であった。
ヤバイ、速度系スキル持ちか何かなのか。
さては、それで難を逃れたのだな。
瞬間に見定めた敵の容姿は、頭は丸刈りにしていて顔には袈裟懸けに付けられた大きな傷があり、鋭い眼光で、まるで俺の事を単なる進路上の障害物か何かのように睨め付けている。
俺がダンジョンで雑魚魔物を見下ろすのと同じ眼だった。
「来る!」
俺は致命的な攻撃の到来を直感して、無理に対峙せず間髪を入れずに、大きく横手に飛びのいて避けた。
いくら大将の露払いだとはいえ、無様にやられるだけが前衛の仕事ではない。
時には敢えてスルーして難を逃れ、腕を持った大将と挟み撃ちにするのだ。
背後からの上手い事必勝の型にはまった挟撃は、実力差を越えて利くケースも少なくない。
そういう計算だったのであるが、その刹那の瞬間の直感的な判断が俺の命を救った。
そして攻撃を避けたにも関わらず、その謎の攻撃は防御のために両手で持って体の前に掲げていたオールミスリル製の槍の柄を見事に断ち割って、新調したばかりの魔鋼材製の胸当てを真っ二つにし、さらに俺の胸さえも割っていた。
「ぐあああああ」
斬られた傷口から血を噴き上げながら叫んだ俺の絶叫が、まだ熱風の余韻が覚めない辺りの大気を揺るがした。
「リクル!」
くそ、やられた。
今の一撃は斬撃系スキルの攻撃だった。
こいつが保有しているのは速度スキルなどではなかった。
俺は倒れ伏しながらも、その最中に気力で取り出したポーションを倒れる前にクイックモーションで飲み干した。
幸いな事に心臓までやられたわけではない。
あんな体勢からだったのに狙いは結構正確だったが、きっちりと避けた分だけは傷が浅かった。
これはブライアンに叩き込まれた技だ。
一旦倒れてしまうと、その衝撃で更にダメージを追加され回復する気力すら瞬間萎える。
倒れた衝撃で頭が揺れると意識を手放してしまったり、思考が飛んだりするし。
そうなると回復作業も困難だというので、実践授業の形でオークにボコボコにされながら身に着けた技なのだ。
だから、あのパーティの出身者は、クイックにポーションを取り出せる位置に必ず一本上級ポーションを括ってあるので、見ればすぐわかる。
トレードマークの黒装束をしている事も多いし。
俺がそういう見知らぬ人に出会ってペコリとお辞儀をすると、向こうもニヤリと笑って片手を上げて挨拶してくれたりもする。
こっちも真っ黒な格好で同じ事をしているから、歳から見て厳しく拳骨教育で鍛練されている最中の後輩だとすぐにわかるのだ。
またもやブライアンの教えが俺を救った。
そのまま倒れ伏すも、俺は【二十一倍】の超回復力と上級回復ポーションのおかげで、みるみるうちに回復していき、胸の傷は一瞬で塞がった。
ダメージ減少力が、ダメージ半減で二×レバレッジ七×ルーレット三倍の出目で四十二倍になっていたのも幸いした。
「カミエ~、貴様あ!」
セラシアの叫びが激しく耳朶を打つ。
俺はもう一本自分にポーションをクイックに追加してから起き上がり、セラシアに襲い掛かっていたそいつの後頭部に向かって【ミスリルの槍】で、新たに入手した【攻撃力補正×2】のスキルと相まって【四十二倍】の攻撃力をもって切りかかった。
そいつの剣戟を両手で持った杖で十文字に受けているセラシア。
何故あの見かけは古そうな木製の杖は、二つ名持ちの上級冒険者による渾身の一撃を食らっても真っ二つにされていないのか。
その上級冒険者の速度と膂力にエルフの細腰は、あっさりと耐えて敵を止めてくれていた。
そいつは振り向きもしないで、その一見無防備そうな体勢から、反対の手でもう一本のミスリル剣を俺に向かって突き出してきたが、今度は俺がそれをフルパワーで両断してやった。
奴は驚き、横目で俺を見て側方へ飛び、更に下がった。




