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1-38 旅行く早春

 商隊の出発は常に夜明けからと相場が決まっている。

 朝焼けの光が夜を徐々に明け染めていく中、厳かに車輪は回り出した。


 馬達が少し小寒い早春の空気をかきわけて、北方の街までの少し長い旅路へと、その蹄鉄の最初の一歩を打ち鳴らした。


 うちのキャラバンが、ここから出発の一番馬車だ。

 何にしても一番乗りというのは、いつも気持ちがいいもんだ。


「どう、リクル。

 初めての、馬車で行く旅のご感想は」


 エラヴィスも楽しそうに、御者台から新米旅行者に声をかけてくれる。


「思ったより揺れるし、乗り心地もゴツゴツしますねえ。

 今のところ、薬を飲んでおいたので車酔いは大丈夫ですが、それなりに疲れそうです」


「まあ、そういうものは直に慣れる」


「そのうち早めに休憩に入るさ。

 最初は馬も人間も体が旅に慣れていないから、そうするのだ。


 それより景色はどうだ。

 車窓から見ると、いつもの景色も別の物に映るぞ」


 俺はセラシアから言われた通りに窓の外を眺めていたが、そこに映る物は削って定形にした石を敷き詰めた見事な街道に、両側はなだらかな荒野だ。


 それが流れていく様は、歩いていたら見られない風景だろう。

 なんというか、こういう物をパノラマとでもいうのだろうか。


 夜を支配する闇の眷属の名残りであるものか、早朝の些か強めの風がその景色を愛しく撫でるように吹き渡る。


 時に岩などがごろごろとしていて、街道が通る前はどうなっていたのだろうと過去の風景へと想像の翼に乗せて心を巡らせる。


 街を離れるとこんなものだったかなと、ダンジョンに潜り詰めで街から一歩も出ないで終わった一年間を振り返る。


 うーむ、ほぼブライアンに殴られていた思い出しかない。

 この荒野の荒涼とした光景よりも不毛な記憶だ。


 でも心は旅路の先行きへの冀望(きぼう)に浮いていた。


 あのスキルを発現させた時にはどうしようかと思ったもんだが、今は真誠に穏やかな気持ちだ。


 この気持ちでいられる事が、頑張った事への何よりの褒美だろう。

 それにしても俺のスキル、特に派生スキルにはいつもドキドキさせられるよ。


 街道はカーブを描き、果樹園が広がっていた。


 かなり広大に広がっているが、今の季節には裸の枝を晒しており、新来の往者である俺の目にも寂しい光景だった。


 セラシアは窓際に俺を乗せてくれていたので、その少し寂寥感のある風景の解説をしてくれる。


「そこの果樹園はバファルの実の有名な産地だ。

 うちの街にもよく入荷しているぞ。


 ここは酸味のある種類がメインだが、甘い物も多い。

 まだまだ季節じゃないから蕾すらないな」


「へえ、こんな近くにバファルの産地があったんですね」


「料理や菓子にもよく使われているしな。

 他のものにもあれこれと使わている。


 収穫の一部は魔道具で保管され、季節以外でも食べられる。

 そういう物は大都市から買い付けに来る場合もあるな」


 最初の御者を務めるエラヴィスからアナウンスが来た。


「この果樹園の端当たりに作られた休憩所で、最初の休憩ね。

 馬も休ませないといけないから。


 人間の方が馬よりも持久力があるくらいなのよ。

 力じゃ敵わないけどね。


 どうしてもという時は魔法で回復させないといけないけど、それは馬に無理を強いるから魔法はあまり使いたくないわ」


 そういう事もあってエラヴィスが御者を務めているものらしい。

 また彼女はパーティでは一番年少のメンバーなのだ。


 それでも俺より少し年上なだけらしいのにも関わらず、この非常にランクが高いだろうパーティに、上級冒険者の正規メンバーとして在籍しているのだから、彼女は実にたいしたものなのだ。


「なるほど、そういやそんなにスピードを出してませんね」


「はは、無理をかければ車軸も折れるし、そもそも乗っている人間が堪ったものじゃないさ」


 やがて、旬の季節に来ればさぞかし華やかなのであろう果樹園を抜けた場所に、キャラバン専用で広めに設定された馬車の休憩所があった。


 他の馬車はまだいなかった。

 うちのキャラバンが一番乗りだったみたいだ。


 皆てきぱきと馬車から馬を外し、労りの言葉をかけながら世話をしている。


 他の人間は自分達のお茶の支度をしている。

 中にはお茶請けの茶菓子を携帯式の魔導コンロで焼く準備をしている人もいた。


 ここは水場とトイレが設置されていた。


「少し早めに街を出ると、こんな感じでがたがたせずに停められるからね。


 最初の行程はまだ体が慣れていないから、この方が楽なのでベテランのキャラバンは皆こうするのさ。

 当然、護衛の冒険者もな」


 俺はその初めて目にする施設に心を寄せていた。

 この街道は本当に立派な道だった。


 このラビワンから、俺達の目的地である北の街まで続く道が、この国一番の街道なのだと聞いた事がある。


 楽しい旅になりそうな予感に、俺は次第に身も心も包まれていった。


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