1-27 管理魔物
だが、突然床が爆発したかのように割れて膨れ上がった。
「また虫糞⁉
今度は床バージョンなのか⁉」
「いや、こいつは違う。
ほお、こいつは面白い」
「お願い、俺は面白くないから放してー」
「こいつはダンジョンの管理魔物の一種だ。
俺がずっと追っていたのだが、姿を現さなくて困っていた。
だが、ついに見つけたぞ」
「奇跡、起きましたね!」
だからもう放してくれてもいいですよねー。
ああ、やっぱり駄目ですか。
「お前、名は?」
「今頃それを聞きますかー。
というか、今まで俺の名前すら知らなかったんですね。
あんなに執着していたっぽいのにー。
リクルです。
ただのリクルっすから」
くっそ、【レバレッジたったの1.0】として記憶されていたのか。
いや泣けちゃうね。
「お前、どれだけやれる?」
「えー、どれだけと申されましても。
ちょっと変わったスキルを持っているだけで、見習い期間が終わったばかりのバリバリ新人冒険者ですけど」
「そうか。
まあ頑張って生き延びろ。
この状況は、俺だけでも生き残るのは厳しいくらいだがな」
「ちょっと先輩、見捨てるのは無しの方向で。
上級冒険者には救援義務があるんですよね⁉
というか、先輩があまりにも無茶をするから俺がスキルを使う事になって、その結果こいつが来ちゃったんじゃないのですか」
自分でも言っていて虚しい。
救護救援どころか、この人自身が俺を殺そうとしていた当の本人なのだから。
「そうか、ではお前に礼を言っておくとしよう。
そして、お前の持っている槍を俺に寄越せ」
「へい」
嫌も応もない。
俺は手を放していただいた、その直後に背中からそれを外して彼に差し出した。
なんたって、この人って丸腰なんだもの。
敢えて自分からそうしているにも拘わらず、この人は俺に武器を要求した。
それだけそいつがヤバイ相手だって事なのだ。
槍はベテランの先輩にお任せして、俺もミスリルの剣を二本手に取った。
左手に持ったショートソードは盾代わりにするつもりで。
あの糞ったれの中級冒険者共に今は感謝している。
お蔭で俺は今、自分を守るための強力な武器を手に出来たのだ。
派手に砕けた地面から這い出してきた、そいつは全長三メートルあまりといったところか。
ダンジョンの強者にしては小ぶりなサイズだが俺は誤魔化されないぞ。
パッと見には、少々変わった感じの大型の蜥蜴野郎にしか見えないが、こいつは超危険な魔物なのに違いない。
俺もブライアンについて回り、それなりに強い魔物は見させてもらった。
その感覚からすると、こいつはとびきりヤバイ。
先輩も半端じゃないが、こいつも掛け値なしだ。
そいつの姿を見ているだけで恐怖心が湧き上がってきている。
体が無意識の内に感じ取ったレベル差に震えているのだ。
そもそも、ダンジョンの床なんて破壊できるものではないはずなのに、こいつはそこを破壊して這い出てきたのだ。
実はさっき先輩とドタバタしていただけで、なんとバージョン4.5まで上がったのだが、こいつはその姿を見ただけで4.6に上がってしまった。
出会ってお姿を拝見しただけで経験値が稼げる魔物、ダンジョンの管理魔物って一体何だ!
そんな物の話は聞いた事がないぞ。
だが先輩は明らかにそいつの存在を知っていた。
これはダンジョンの全てを制覇した踏破者クラスの冒険者しか知らないような怪物なのだ。
まあ確かに、この先少々の魔物と出会ってもビビらない根性は一瞬にしてついたのだが。
それも、途轍も無い希代の強者である先輩と一緒でなかったら、俺なんか気絶してしまってそのまま終わりだったかもしれない。
だが俺はミスリル剣二本を構えてみせたのだ。
こういう剣の使い方もブライアンから仕込まれている。
なんという一年だったことか。
当時はブライアンを通り越して世界を呪ったもんなのだが、今は世界のすべてを愛していると宣言してもいいくらいの気持ちだ。
今から生き残れるのかどうかは、すべて俺の立ち回り次第だ。
そこの頭のイカれた先輩なんかを絶対に信じちゃいけない。
俺の命なんか、いやもう俺の存在そのものを気にかけてもいないのだ。
あの先輩が全身を狂気と殺気で、ダンジョン内の大気までも燃え上がらせているような気配が濃厚に如実に漂っている。
それが、まるで目で見えている物質であるかのように俺の脳を侵食していく。
まるで先輩の戦闘のために発するオーラが世界を殺戮の旋律に塗り替えんとしているかの様相であった。
ひいい、さっきまではあれでも思いっきり三味線を弾いていやがったのかあ。
こりゃあ中級どもが命からがら逃げ出すわけだ。
なんというのか、その先輩と対峙している怪物の一番の特徴は、その異様な体色だ。
斑に混ざり合った嫌な感じの色で汚く塗りたくられているような、まるで不吉を色彩で表したかの如くの表皮。
ここのダンジョンに生息する魔物でも、なんというか色や形にはそれなりの法則性があって、中には優美とさえ言えるような物もいるのだが、こいつからは外観だけで既に禍々しい感じしか受けない。
まるで触っただけで人が絶命するような毒を持った生き物の警告色のような、あれの不吉版というか。
いやマジでヤバイ毒くらい持っていそうだ。
一言で言うと死神色とでもいったら適切なのかもしれない。
あるいは、相手の精神を汚染するためだけの配色というか。
それが自然に纏われているような、ありえない存在。
そして、その眼。
ここまでグレたような目の魔物には、パーティで多少は探索した下層においても、ついぞお目にかかった事がない。
今まさにそこで舌なめずりをしながら、互いの命を削れる相手に出会えて狂喜と狂気に目を輝かせている変態の目だって、もっとマシであるかのように見える。
その奇妙な威圧感は先輩の物とはまた完全に異質なものだ。
先輩は相手に興味を持っている間は絶対に殺さない。
将来性を見込んで見逃す事も大いに有り得る。
だが、そいつは違う。
問答無用の蹂躙を行う死神、しかも並みの魔物とは違う『特命魔物』のようなものなのだ。
たぶん原因は先輩がダンジョンから恨まれているせい。
そうであるにも拘わらず、日頃は出て来なくて、先輩の方から探しているらしい。
まったく訳がわからない関係なのだが、この脳味噌の完全に腐れた先輩が、命の危機がもたらす高揚に全身が燃え上がるほど手強い奴なのだ。
本来なら俺が関わる案件じゃないのだけれど、こいつは俺のスキルが呼び出したのだ。
俺の代わりに先輩と戦ってくれる強き代用品を。
これまた本末転倒といっていい話なのであった。
だが、これをやったのが自分なので、乾いた笑いしか出てこないのだが。




