1-23 狂気の男
「くそ、しまった。油断した。
ここにも追い剥ぎがいたのかよ」
俺は緊張しつつも、次の展開に備えて身構えていた。
今までの連中は俺をボコって「生意気な新人に先輩から『新人教育』を施してやろう」などと嘯く程度のくだらないチンピラみたいな奴らだった。
だが、こいつは違う。
俺を躊躇なく殺して槍を奪っていくつもりなのだろう。
背中を伝う幾筋もの冷や汗が止まらない。
そいつは特に攻撃などしてこずに、俺の悪態に対して楽しそうにこんな事を言いやがった。
「追い剥ぎ?
それは何の話なんだい。
俺は面白そうな奴がいたから、ちょっと覗きに来たまでだよ。
なあ、『レバレッジたったの1.0』君とやら。
何故、噂の外れスキル野郎が、多数の中級冒険者相手にそこまで戦えるのかなあ。
見習いを卒業したばかりの新人のくせに。
いやあ、実に興味があるなあ」
何か、半ば喜びに満ちたような、舌なめずりするような気配が背後からした。
「ぐはっ、まさかの、そっちの需要⁉
なあ先輩さあ、頼むからまた後にしてくんねえか。
今、絶賛中級冒険者十六パーティから追われている最中なんでさ」
だが、そいつは返答せずに無言でまるで悪魔のように嗤った。
振り向かずとも、そのように感じた。
そいつと同じ空間にいるだけで全ての感覚が鋭敏に研ぎ澄まされていくようだった。
それは俺の心を絶望で塗り潰していく。
少なくとも、たとえ力を数倍にしてくれるスキルの恩恵にあずかろうが、この新人がそうそう勝てるような相手ではない。
いや、絶対に無理だと理解するだけの分別が俺にはあった。
世界中の絶望を俺がたった一人で背負ったような気分に陥って、この少し冷ややかな迷宮の中で、良くない汗がだらだらと止めどもなく流れ出て止まらない。
こいつは心底ヤバイ奴なのだと、本能が体中を駆け巡って伝えてくれる。
そして、そいつはおもむろに闇の底から響くような声で語りかけてきた。
「安心しろ、俺は中級ではなく上級冒険者だ。
それにそんなチャチな槍などに興味はない」
「安心できるかっ!」
やべえ、どうやら他の連中とは違って槍目当てにパーティで俺を狩っているのではなく、たまたま目を付けていた俺と遭遇したので、ちょっかいをかけてきただけの事らしい。
こいつ、振り向き加減にちらっと横目で見ただけでも、目に少し狂喜が宿っている感じで、違和感のある奇妙な笑みを張り付けていやがるし。
もしもこいつが協会で話に聞いていたような、ヤバイ感じのバトルジャンキーだとマズイ。
俺はそいつを値踏みするかのように、集中しながら相手を刺激しないように上手に、戦闘に邪魔な背嚢を背中から落とした。
邪魔は入らない。
いやそいつにとって邪魔をする必要など特に何もないのだから。
少し頭を巡らせてみると、それを見ながら舌なめずりしつつ、目に浮かべた狂気を加速していくそいつがいた。
「なあ、あんたの名前は」
「クレジネス。
冒険者の間では、それで通っているよ」
やめろよ、先輩。
その舌なめずりはよ。
とんでもなく感じ悪いぜー。
そもそも、あんたの存在自体がな。
「あは、実に先輩にぴったりなお名前ですなあ」
くっそ、自分で『狂気』を名乗るのかよ。
講習でもパーティでも、この手の奴は要注意と言われていたのさ。
まさかここで、このタイミングで出くわすなんて、まったくついてないな。
俺は会話で時間を稼ぎながら相手を牽制しつつ、バージョン4.0の能力をチェックしていた。
【レバレッジやっとのことで4.0】
ここで基本機能として、【レバレッジ並行展開×2】が手に入った。
今までは指定した特殊能力を一つしかブーストできなかったのだが、二つの特殊能力を同時並行でレバレッジをかけられる。
たとえば、【運命のサイコロ】と他のスキルと組み合わせなどだ。
その場合は、出目をはずしたら究極にヤバイのだが。
【マグナム・ルーレット】は、その枠のスキル制限数の対象外となるスキルだ。
派生スキルとして、しつこく特殊能力を狙ってみた。
出現したものは、【一瞬だけスキルのコピー】。
こいつも使用スキル数対象枠外のスキルなのか。
くそ、まだ枠に余裕があるじゃないか。
妙なスキルの出方をしやがるな。
あの厄介でリスクの高いサイコロしか使える物がないじゃないか。
だが、この状況に合わせて、このスキルが出た可能性が高い。
このスキルは、他人が発動したスキルをコピーして十分間のみ使えるようにするものだ。
安全装置であるクールタイムは、その対象スキルによって左右される。
もちろん、それにもレバレッジがかかるのだ。
まあ悪くない。
こいつは上級冒険者、きっと凄いスキルを持っているのに違いない。
そいつをコピーしてブーストをかければ、俺にも少しは勝機が見える。
こいつと俺じゃ地力があまりにも違い過ぎるけどな。
まるで、ダンジョンの最奥を守ると言う大魔王みたいな魔物と、初心者用で入門編の下っ端魔物であるスライムほどの力量差があるぜ。
いよいよとなったらあれを、運命のサイコロを使うまでだ。
あれはブーストとも組み合わせられるみたいだしな~。
ちくしょう、やってやらあ。
上等だあ。




