1-19 遺されしモノ
「こんにちはー」
俺は店の一角に置かれた机に待機していた、眼鏡をした気の良さそうなおじさんに声をかけた。
店には今彼一人だ。
なんというか、質屋のおじさんとか時計屋のおじさんといった感じの朴訥な見かけの人だった。
時計なんて高級品は、普通は貴族くらいしか持っていないけどな。
ブライアンは仕事用に持っていたっけ。
新人教育でも、あれこれと計られていて、課された制限タイムから一秒でもタイムオーバーすると殴られた。
「お、君は確かレバレッジ1.0君!」
「うわー、ここでも言われたー」
生憎な事に今はもうバージョン3.6なんですけどね!
くー、チクショー。
「あはは、悪い、悪い。
いや、あれはインパクトがあったんでねえ。
私はライアンだ」
「いやあ、この俺に一番インパクトがありましたよ。
俺、リクルっす。
ところで、六階層までソロで降りるので、あそこの魔物相手のいい槍が欲しいのです。
何か掘り出し物がないですかねえ」
「ふむ、たとえば?」
「たとえばミスリル、中古でもいいのですが。
まあここでそのようないい物を所望するのは無理だとは思いますが」
俺は周りを見渡したが、この格安ショップにそのような逸品はやはりなさそうだ。
それに、あれは整備代も破格になるしなあ。
まあ言ってみただけなので、潔く諦めよう。
「ミスリルねえ。
そいつの相場は知っているかい」
「はあ、一般的には一番安いもので金貨二十枚くらいから。
まあ、あれは全部ミスリルなんじゃなくて鋼の上から薄く被せてあるだけですけどね。
穂先が丸々ミスリル製ならば中古で金貨五十枚、新品で金貨百枚、つまり白金貨一枚ってところでしょうか」
俺は自分で金額を言っていて気が遠くなりそうだった。
だが、いつか必ず持つ。
持たないと大枚稼げる階層までソロで潜れないではないか。
村に凱旋するまでの成功を手にするためにはミスリル入手は必定なのだった。
「はは、さすがはブライアンのところにいた子だけの事はある。
よく勉強しているね。
じゃあ、おじさんも『勉強』しちゃおうかな。
今、中古だけれどミスリルの槍の、うちじゃあ滅多に出ない物があってね。
よかったら見てみるかい」
「ほ、本当?」
格安のミスリルメッキ槍の格安ど中古とかがあったら嬉しいな。
できたら金貨五枚以内の予算で買える奴が。
「ああ、ちょっと待っておいで」
そして奥の方から持ってきてくれた、先を白い布で隠していたそいつはまた、とんでもない代物だった。
こんな物が何故、この店なんかにあるのだ!
「おじさん……これって」
「わかるかい。
そう、これは買えば金貨二百枚はくだらないような代物さ。
だがここにある。
君なら、これに幾らの値をつける」
「あうう」
そう言われたら素直に首を項垂れるしかない。
少し持たせてもらって検分してみたが、俺の見立てでは、こいつは本来ならばそうそう金でポンっと買えるような代物ではない。
柄にいたるまでオールミスリル製で軽くて丈夫な品だ。
かなりの腕の鍛冶師、おそらくは名のあるドワーフの打った業物だ。
崩し字で俺には読めないが、格式の高そうな銘が打たれているのがわかる。
その施された細工の細かい装飾と言い、オークションに出品したなら、かなりのプレミアムがつくのは間違いない。
何が金貨二百枚はくだらないだよ。
よく言うぜ。
そんなチンケなレベルじゃないな、こいつは。
「おじさん、人が悪いな。
穂先がミスリルなだけでも、こいつならば正札で言ったら、どんなに最低でもこの中古で金貨四百枚から五百枚といったところでしょう。
柄までミスリルなんだから、この中古でも金貨一千枚、白金貨十枚はいきます」
俺は辟易したという感じに一旦言葉を区切ると、うんうんと腕組みしながら頷いているおじさんをジト目で睨んだ。
「新品価格は最低でも金貨二千枚。
どうしても欲しい人が値を軽く吊り上げただけで、オークションでは金貨三千枚越えまで、あっさりいくはずです」
それから俺は、その槍を絶対に落とさないように、そおっと手渡しでおじさんに返却すると躊躇いがちにこう続けた。
「もしも、そいつに魔法の付与でも付いていた日には、その倍以上いくかも。
少し前まで上級冒険者チームにいた俺の見立てでは、これほどのミスリル武器だと、その可能性が非常に高いでしょう」
だが、俺は頭を振ってからそれをすぐに訂正した。
「いや、これは間違いなく凄い魔法の付与付きの武器です。
手で持っただけでわかります。
魔法武器は幾つも持たせてもらった事がありますから。
これの本気の正札は、白金貨五十枚から、プレミアム付きで八十枚といったところでしょうか。
金貨五千枚から八千枚が相場です」
それを聞いて何故か笑っているおじさんを見て、俺はふてくされた声で続けた。
「酷いっすよ、こんな物を俺達新人冒険者向けの店に置くなんて。
絶対に買える訳なんかないじゃないですか」
「いやそうとも限らんぞ。
お前さん、今この槍にいくら出せる」
「金貨五枚に銀貨五十枚しか持ってないです。
でも、いつかはそれくらいの武器を持ってみせますから!
今日のところは分相応の武器をください」
すると、おじさんは俺にその立派なミスリル・ランスを俺に手渡そうとした。
「だから、そんな物は買えませんって!」
何を考えているんだよ、このおじさんは。
だが、おじさんは構わずに俺に向かって差し出した槍を手にしたまま静かに語り出した。
「この槍はね、先日亡くなった、さる高名な冒険者が無償で残した物なんだ。
彼はこの冒険者協会で育った人で、新人の育成にも大変に熱心な方だった」
「へえ?」
俺は彼が何を言いたいのかよく理解できなかったので、少し眉を顰めながら聞いていた。
「そして言い遺したのだ。
もし、この槍の真の値打ちを言い当てる新人冒険者がいたならば、その時の手持ちで売ってあげてほしいと。
今まで二十人の新人がこれを欲しがったが、彼らは一様に武器の値打ちを異様に低く見積もった。
その気持ちはわかるのだけれどね」
そして彼は、それを改めて俺に差し出した。
「さあ、この槍のお代は金貨五枚だよ」
俺は震える手で財布の袋を取り出し、その中身を机の上にすべて空けた。
指が震えてしまって上手く動かせなかったからだ。
銀貨が机の上のあちこちに転がってしまったが、おじさんはそれを拾い集めてくれ、そして袋に詰めてくれた。
「さあ銀貨は宿代と御飯代に取っておきな。
その槍に相応しい、いい冒険者になっておくれ。
いい武器を持っても無理はせずに、命は大事にな」
「あ、ありがとうございます」
そして俺は、見習い明けの新人ながら、とてつもない武器の主となったのだった。




