1-12 欲果ての運否天賦
よしておけばよかったのだが、ついつい俺は灌木がよく茂って視難い場所にあるそこを、隙間から覗き込んでしまった。
ダンジョンの中は壁が燐光を放ち、ほの明るい。
もちろん、遠くを見る事は叶わないのだろうが、ダンジョン暮らしの長い冒険者は暗闇でも割と目がよく見えるものらしい。
そして俺は通常の視力以外にも、そういう力までもがレバレッジの恩恵を受けているようだった。
そこでは新人冒険者らしい、些かへっぴり腰のパーティがオークと戦闘をこなしていた。
というか何かこう思いっきり押されていたようだ。
「ちっ、だらしがねえなあ。
パーティで戦っているんだから、ちゃんと連携しろよな。
いくら新人だからって二~三人で連係してかかれば一体ずつ倒せる相手なのによ」
そして俺は考えた。
あざとい計算である。
こういう時に救援した者は、協会でもきちんと記録をとってくれていて、何かあったような時にはいろいろと優遇してくれるのだ。
俺はちょっと皮算用しながら、そっと灌木を迂回して様子を伺いに行った。
だが、そこで見た物は!
「うお、何だこりゃあ。
オークの……海だ」
なんといったものか、襲ってくる方は静かにそいつらを取り囲もうとしていた。
唸り声や気勢すらない。
まるで猫科の猛獣が忍び足で獲物を追い詰めようとしているような圧力がある。
「うげ、まるで今から冒険者の屠殺ショーが始まるかのような有様じゃねえか。
桑原桑原」
ヤバイと感じ、さっさと逃げようと思った途端、うっかりとそいつらに見つかってしまった。
少し伸びすぎて太くなった灌木の小さな林を背にして、彼らはオークの大群に取り囲まれかかっていた。
「ああ、そこの人。
助けて、お願いです」
「殺されちゃう、もう駄目。
助っ人をお願い」
「ば、馬鹿野郎。
人を巻き込むなよ。
この身の程知らずどもがあ」
見れば一人は怪我をしているのか蹲り、もう一人の倒れている奴の傍にいた。
二人とも血塗れだったが、倒れている方の奴は重症そうで、もしかすると既に死んでいるかもしれない。
後はあまり屈強ではない感じの少年と、標準的な体格の少女が一人。
あまり強そうではない組合せな上に、武器も槍などの長物はなく剣のみだ。
割と体格のいい二人は、先んじて戦闘して既にリタイヤさせられたものらしい。
「ちっ、こいつらオークとやるのに無料提供してもらえる棍棒一つ持っていないのか。
そういう時は敵から奪うんだよ。
格好なんかつけているんじゃねえ。
あっという間に武器が駄目になるぞ」
だが彼らは非力な少年と少女なのだから、それも無理はないかもしれない。
重い棍棒は扱えそうもない。
相手のオークは、おそらく百体は下らない大群だった。
俺の顔から血の気が引く音が聞こえた気がした。
人間の数倍の力を振るうオークは一体でも新人にとっては脅威なのだ。
この俺でさえ、レバレッジされた今の力で頑張ったとしても、一度に相手どれるのは五体がいいところだ。
あのパワーで一発食らったら終わりだからな。
今の俺なら一撃食らったくらいで死にはしないだろうが、ダメージを食ったら、そこからボコボコにされて終わるだろう。
相手の武装も俺とほぼ変わらないが、パワーの分だけあっちの方に分がある。
「ぐがっ」
言っている端から、こっそりと灌木の反対側から後ろに回り込んだ奴から棍棒の攻撃を食らっちまった。
連中にかまけていたら、後方への注意が散漫になっていた。
背嚢のお蔭でダメージは少ないのが救いだ。
俺は即座に反撃して、そいつを大棍棒で殴り倒すと、他にも回り込んできていたオークを交わすような格好で連中の元に転がり込んだ。
負傷していたせいで、大棍棒をオークに叩きつけたインパクトで、少し負傷していた俺は自分にもダメージが来ていた。
これが棍棒の難点でもある。
さすがにスライムを叩き殺して回るような訳にはいかない。
しばらく蹲り、回復に専念する。
そして2.2倍の回復力は素晴らしい恩恵だった。
さほど間を置かずに、俺は頭を振りながらも立ち上がる事が可能だった。
くそ、協会で優遇してもらおうなどという、あざとい計算が仇になった~。
これだから落ち目になると冒険者は駄目だ。
負け犬思考が、自らを窮地に立たせるのだ。
「大丈夫ですか?」
「うるせえっ」
くそ、今の隙にどんどんオークに回り込まれて完全に囲まれてしまい、俺も逃げられなくなった。
俺がやってきた方面に回り込んだそいつらは、既に二十体以上になっており、どう頑張っても走り抜けての突破は不可能だった。
絶体絶命とはまさにこの事。
仕方がない、ここは腹を括るとするか。
俺は奥の手を出す前に、なるべくレバレッジを上げておくため、その手近にいたオークを、大棍棒を一旦捨てて剣で素早く切り伏せ、襲われていた二人と合流した。
やられたら、きっちりとやり返しておかないとな。
それを見た他のオークは一旦下がる。
今の俺には以前には考えられないくらいに、大柄なオークさえも鮮やかに斬れた。
これなら剣で戦うにしても武器はしばらく持ちそうだ。
俺は武装を拾い上げた大棍棒に持ち替え、剣は最後の戦いに備えて温存した。
都合二体を倒して、スキルはバージョン2.3へ上昇していた。
更にもう四体追加で倒してバージョン2.4になったが、もはや限界だった。
これで、あと十体くらいならまだ頑張ってみてもいいのだが、さすがに無尽蔵に湧いて出てきていたのではな。
こいつら、次々と仲間を呼んでいやがるのだ。
さっきよりも数が増えているじゃないか。
俺はそういう趨勢を見るための魔物の数え方も叩き込まれている。
やってられねえ。
まるで、この階層丸ごと相手に戦っているような物だった。
そういや聞いた事がある。
へたを打った奴がいて、手間取っている間に応援の魔物を呼ばれて、さらにそいつがまた応援の応援を呼ぶのだ。
そして冒険者側が全滅する。
魔物によって、そういう事の有無はあるのだが、ブライアンのところでは手早く倒してしまうので、俺の見習い期間にそういう現象は見た事がなかった。
今回は見事にその効果を見せつけられてしまったわけなのだが。
「じゃあ、仕方がない。
ここいらで奥の手といくかあ。
【運命のサイコロ】レバレッジ2.4。
もう運否天賦なんてものは糞くらえだあ!
スキルよ、頼むからいい方に転がってくれよ」




