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1-1 一年間の労苦の果てに

「なんだ、そりゃあ」


 俺は、ラビワン冒険者協会の主催する、公開スキル刻印会の会場である中央広場にて、少しくすんだ感じの金髪を振り乱し、エメラルドグリーンの瞳を戦慄かせて一人素っ頓狂にそう叫んでいた。


 まだ早春と呼ぶのも早いような季節の早朝の肌寒い空気も、少し激情に駆られた俺の心を冷ますには温すぎるようだった。


 だって、いくらなんでもそりゃあないだろう。


 この一年間、死に物狂いで下働きをしながら、今所属している冒険者パーティのために尽くしてきたというのに。


 だが早朝にも関わらず物見高く集まってきていた、会場にいた周りでスキル刻印会の様子を眺めていた連中は言った。


 いや哂った。

 この無様な俺の事を。

 あからさまに嗤ったのだ。


「こいつは酷い。

 酷過ぎる。

 いや、近年稀に見る、見事なまでのスキルの外れっぷりだな」


 く、あんたの物言いの方がよっぽど惨酷だよ。

 だが厳酷な批評は、俺の切ない胸懐など歯牙にもかけずに、雲霞の如くに尽きなかった。


「こいつは傑作だな。

 おいブライアンよ。

 こんな使えないような餓鬼を一年も抱え込んでいたっていうのか。

 お前ともあろう者が、また随分と焼きが回ったもんだな」


「はっはっは、いや笑わせてくれるもんだ。

 こいつ、冒険者になるよりも酒場のコメディアンにでもなった方がよかったんじゃないのか。

 もう今更転職は無理だろうがな」


 くそー、どいつもこいつも腹が立つぜ。

 なんでも好きに言われ放題だ。


 そしてパーティのリーダー、即ち俺達のチームのマネージャーであるブライアンは、ボサボサに伸ばした癖ッ毛の茶髪の額髪を垂らした顔で、怒りに燃え上がる翆の眼で俺を射殺しそうな貌で睨んでいた。


 これは……マズイ、なんてもんじゃない。

 あまりにも、マズ過ぎる展開だ。


 やめろ、やめてくれ。

 お願いだから、もう勘弁してくれ。


 そして、パーティメイトの同じ新人だった女性冒険者見習いのシグナまでもが、些かブスっとした声振りで言ったもんだ。


「あんたねー……よりにもよってまあ。

 なんでまた、そこまで外れているのよ。

 あんたには失望したわ」


「ぐっ!」


 だが、俺に文句は言えない。

 こいつは期待に応えるような素晴らしいスキルを授かったのだ。


 いや、それはまさに期待以上の驚異的なスキルだった。


 彼女の些か誇らしげに胸を張った、女性にしては比較的長身の体躯から見下ろされる視線が、俯いたままの俺には刺すように痛かった。


 無様を晒した、本来ならば彼女よりも格上だったはずの俺への苛立ちや、一年間苦楽を共にした同じ見習い冒険者たる俺への、近親者からの叱責にも似たような複雑な物を綯い交ぜた、若干翳りのある視線に俺は思わず更に深く俯いた。


【フレイムマスター】


 彼女が授かったスキルは、火炎系魔法は大概使いこなすという、ありえないほど強力なスキルなのだ。


 激しい彼女の気性が内面から吹き上げたような、内なる劫火を思わせるようなスキルだった。

 まるで彼女のトレードマークの赤毛のように、魂までも燃え上がらせるようなスキルだ。


 今の季節の肌寒さも、名前だけで一発で吹き飛ばすような轟然とした真正のスキルだった。

 それを知った会場もまた、洪大に湧き上がったものだ。


 こいつはブライアンにとってはこれ幸い以外の何物でもなかっただろう。


 彼女は協会による能力数値、最終新人レーティングにおける第六位でしかなかったのに。


 パーティ加入時の暫定新人レーティングは十位以下でしかなかったのだから、彼女だってこの一年で随分と精進した方なのだ。


 その一方で、数百人もの協会の新規成人枠で正規募集に応じた新人冒険者の中にて、最終新人レーティングで栄光の一位に上り詰めた、この俺が授かったスキルときた日には。


【レバレッジたったの1.0】


 何だよ、それは。

 まったく意味がわからねえよ。

 たったのって何、たったのって。


 おまけに一倍じゃあなくて、【1.0】って一体何のつもりだ。

 普通なら素直に【レバレッジ一倍】だろうに。


「お前さん、一体またなんで商人見習いでもないくせに、そんなけったいなスキルを授かってしまったんだね?」


 その珍妙な顔付きで首を捻る商人のおっさんの抱いた、至極もっともな問いに対して、俺とて答えようもない。


 その答えこそ、今の俺が何よりも希求している物なのだから。


 だが、彼は無慈悲に俺のエメラルドグリーンの瞳を覗き込んでから、その先を続けた。


「レバレッジというのは、協会に一定の保証金を入れる事により、自己資金を上回る二倍三倍の取引を行なえる仕組みの事だ。


 まあそいつは諸刃の剣とも言える代物なのだが、仕組みがあるというだけでありがたいものなのだ。

 だが、それが一倍なんじゃどうしようもないだろう」


「わかってらい、そんな事くらい。

 伊達にパーティで下積みしていた訳じゃないんだからな」


 俺は虚しいと思いつつも、その商人を恨みがましく睥睨してみせるのが精々だった。


 冒険者は、なんというか収入が安定しない職業だ。

 その収益を時には利殖などして増やす必要もある。


 そのためにレバレッジをかけた取引を行う事さえあるのだ。

 新人の俺とて、お使いでその手続きなど何度もやらされたのだから。


 ブライアンは優秀なマネージャーで、冒険者の業務外の取引なんかでも年利で常に二十パーセント以上の利回りを叩き出していた。


 お陰様で支給してくれる消耗品扱いの服や防具などは上級冒険者パーティに相応しい良い物だったし、新人でも貴重なポーションさえ何本も持たせてくれていた。


 そしてパーティ・マネージャーのブライアンが、まるで地獄の釜の底から聞こえてくるような、今の彼の心情を表すかのように血も凍るような冷淡かつ澆薄(ぎょうはく)声風(こわぶり)でこう宣告してきた。


 この俺が今この世でもっとも恐れていた、そいつを。


「リクル、もう明日からうちのパーティの仕事はしなくてもいい。

 お前は首だ。

 防具その他、今の手持ちの装備や消耗品はくれてやる」


「うっ」


 そして、反論も出来ずに背嚢を背負ったままショックのあまり呆然と立ち尽くす俺一人をその場に残し、俺の仕事仲間五人はそれっきり見向きもせずに、さっさと行ってしまった。


 新しい冒険者をスカウトするために、ここダンジョン都市ラビワンの冒険者協会の事務所へ向かうのだろう。


 彼ブライアンは決して後ろなど振り向かない。


 もう俺は彼にとって既にこの世にさえ存在しない、割り切って捨て去った過去の会稽の恥に他ならない。


 一分前だろうが十年前だろうが何も変わらない、ただの置き去った記憶の断片のようなものだ。

 そして、彼は今その汚点の記憶さえも忘れ去りたいと思っているのだろう。


 他の見物していた街の連中も、嘲笑哄笑だけをその場に残して散り散りに去っていった。

 一体、どうしてこんな事になってしまったものか。


 そして、俺は寒空の中一人その場に立ち尽くして項垂れてしまった。


 それからポツリと小声で呟いた。


「俺はこれからどうしようか」


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