追いかける令嬢を追う王子
令嬢は親友である王子の護衛だ。
@短編その81
どうしてこうなった。
僅かの間ボーーッとしたが、すぐに立ち直るのがサウザンのいいトコロだ。
サウザン・ビットール公爵・・令嬢は、エクシオ王子殿下のフリをしてベッドに寝ている。
もちろん影武者ではない。成り行きでこうなってしまったのだ。
それは令嬢があまりにも男前過ぎたせいだろう・・・
令嬢は王子の護衛として、彼にくっついて外遊に同行していたのだ。
約2ヶ月の外遊、7カ国行脚という過密なスケジュールだ。
そのスケジュールの調整も任されている。そう、令嬢はとても優秀だった。
「おい、エクシオ。しっかりしろ。お前は国の代表だろうが」
「だって、みんな君を注目して僕を見る人はいないよ、サウ」
「馬鹿言え。お前が微笑めば女性陣はうっとりするではないか。大丈夫、私がついている」
「うん、頼むよ、サウ」
弱っちい肝っ玉の王子殿下に、発破をかけるのは令嬢の役目だ。
母親同士が親友で、赤ん坊の頃からの付き合いの王子はいつも令嬢に守られていた。
剣の腕も、体術も、魔法も、全ては王子を守るために習得した。
大親友の王子のためなら、命も惜しくはなかった。
サウザンが7歳の時、屋敷が放火され、両親や家人達が死んでしまった。
令嬢も炎に巻かれ、もうダメだと思った時、この弱っちい王子が令嬢を助けるために水を被り、助けに来てくれたのだ。
そして一人ぼっちになった令嬢を、自分の側近として傍に置いてくれた。
寂しくて辛い時、彼まで一緒になって、いや彼の方が号泣して抱きしめてくれた。
優しくて、弱っちいくせに、やっぱり男の子で、親友。
剣や体術も一緒に練習をしたし、魔法も一緒に習った。勉強も勿論だ。
まるで双子か兄弟の様に過ごした。
でも令嬢も彼も18歳。
王子もそろそろ結婚話が囁かれていて・・
この外遊も、お相手の姫達と顔合わせをするためだった。
「ああ、気が重いよ、サウ」
「なにいってるんだい。婚約者を選ばなければいけない年頃だからね。私もどんな子か見てチェックしてあげるから」
「サウのお眼鏡に適う子なんかいないよ」
「まず美人で、頭も良くて、品があって、話が上手で、お妃となってエクシオを支えられる娘。任せてくれ、バッチリ値踏するから」
「ひええ、怖いなぁ」
「だって。エクシオは次期王なんだからな。そして、彼女らは君のお妃候補なんだから」
「・・・うん。ありがとう」
彼がニコッと微笑んだので、令嬢もお返しにニッコリと微笑んだ。
・・・令嬢は、旅に出る前に宰相に言われた。
君は公爵家の人間だが、もう人脈も資産も何もない名前だけの存在だと。
だから殿下のお相手には出来ないのだと。
・・・そんな事、望んではいない。
ただただ、彼の傍に仕えていたい。傍にいたいだけだ。
でも、それも外遊が終わるまで。こんな私でも女扱いされるとはね。
もう一緒にはいられないそうだ。騎士団に入るのもよし、諸外国の大使になるのもよし。
どんな職業でも、推薦状を書いてくれると言っていた。
だからこの旅で、エクシオの事をしっかりと瞼に焼き付けておこう。
大親友で、いつも一緒にいた彼を、いつでも思い出せる様に。
飛行船は国境をゆっくりと越えて行く・・・
窓から外を眺めていた王子が、はしゃいで親友を呼ぶ。
「サウ!セブライ国だ!」
「本当だ。城が見えるね」
さすが大国、大きな王城だと、二人は並んで窓の外を見つめた。
セブライ国が最後の外遊先だ。
この国のお姫様は、とても可愛らしく頭も良く、上品だが快活だと聞いていて、王子のお相手候補ナンバー1とも言われている。姿絵と釣書を見たが、確かにナンバー1だ。
彼の妃候補として、またとないお相手だろう。
「サウ、どうしたの?」
「もうすぐ旅が終わるなーって」
やだなぁ、私ったら変な気配だしちゃったかな。心配させたみたいだ。
サウザンは、自分では『とっておき』と思う笑顔で彼に笑って見せた。
だが王子には泣き出しそうな顔に見えた。
「サウ。僕らは・・・これからも一緒だよ」
「ふふふ。私から乳離れ、いや友離れが出来ないですかな?」
「サウ」
「私は出来ますよ。ただ、少し寂しいだけです。でも、いつでも会えますから」
そしてもう一度笑って見せた。
「エクシオと私は、親友ですから。心から大事な親友です」
「・・・うん。そうだね、サウ」
飛行船はセブライ国の騎士団練習場に着地して、王族の出迎えを受ける。
その中にはナンバー1のお姫様もいた。
背は155センチほどで、綺麗なブロンドの可愛らしいお姫様だった。
比べるなど、笑ってしまう。自分ときたら、まるっきり男だからだ。
身長は171センチ、必ず男と見間違えられる。髪も平凡な茶色で、可愛いとも美しいとも思われない。
ああ、この方で決まりだ。
エクシオと姫君なら、素晴らしい番となるだろう。
心からお祝いをしよう。
・・もう私の役目は、終わった。
国に戻ったら、海外の大使の仕事を引き受けよう。
エクシオから、うんと離れて暮らすのだ。
彼がお姫様と並んでいるのを見るのは・・・辛い。
自分でも、ここまで意気地なしとは思わなかった。
いつか気持ちが落ち着くまでは、国には戻るまい。
そう令嬢は決心したのだった。
真夜中、こんこんとドアがノックされる。この叩き方は、エクシオだ。
「どうしたんだい?エクシオ、もう夜中だぞ。早く休ん、で
言葉が続かなかった。急に彼が抱き寄せたからだ。
「サウ。どうしたんだ、今日は。どうしてそんなに悲しそうな顔をしているんだ?」
彼と長らく一緒に過ごしてきたから、彼女の気持ちなど分かってしまう様だ。
「ちょっと長旅だったから・・疲れたんだよ。私が疲れているなら、エクシオもだ。早く寝ろ」
「サウ。僕には分かるよ。この外遊が始まってから、サウの様子が変だって」
抱きしめられて、初めて気が付いた。
エクシオは弱っちいけど、身長は令嬢よりも10センチは高いのだと。
やっぱり男の子だなぁ、しみじみと思った。
「何か言われたんだろう?・・宰相だな?自分が結婚するわけでないのに、口出しし過ぎだ」
「そりゃ次期王のお相手ともなれば、そうなるだろ?」
むむ・・近い。近いぞ、エクシオ・・・
腕の力が強い。解けないぞ、こら。顔が近い、こ、・・
「僕はサウがいい。サウじゃないと嫌だ」
やっと離れた唇からこんな言葉が耳元で漏れて、もう居た堪れなくなって・・
「王子が我儘言うんじゃない!!私は・・君の護衛で親友だ!」
「僕が求めているのは、サウ、君だよ!わかってるのに何で」
「僕は、いつか王になる、次期王なんだよ!!」
なんとか王子の腕から逃れ、サウザンは言い放った。
ああ、嫌な声が出た・・まるで女みたいな。落ち着け・・
王子が手を伸ばすが、後ろに飛んで下がり、逃れる。
「サウ!どうして」
「エクシオ。私は、王子を、未来の王を、国を・・・守るのが役目だよ」
「僕は?僕の気持ちは?」
「エクシオ・・王子殿下。もうお休みください」
そしてサウザンは心の中で葛藤をする。
頑張れ、私。頑張れ。
ここは踏ん張りどころだ。笑え。
負けるな、表情筋、震えを止めろ。そして、笑うんだ。
何でもない事だと、笑え。悲痛な表情の彼に、何か言った?って顔をしろ。
今は昂っているだけだ、冷静になれば、彼には分かる。
大国セブライの姫との婚姻は、我が国にとても有益なんだから。
負けるな、私の涙腺。
もう暫く、我慢するだけだ。
エクシオが行ってしまったら、好きなだけ零せばいいから。
「お休み、エクシオ、殿下」
声は震えなかった。いつもの声だった。
さあ、ドアを閉めるんだ。笑って、彼を追い出すんだ。心の中からも。
「サウザン・・・」
ぱたん。彼の目の前で、ドアを閉じた。
暫くして、ようやく足音が遠ざかる。
ああ、行ったか。行ってしまったか。
「ふぅ・・ぐ・・っ・・エク・・・うゔっ・・」
声が漏れた。
なんとか堪えたかったのに。声に出したら、もう止まらなかった。
涙がこぼれ、口の隙間から盛れる嗚咽。
床に蹲って、体が戦慄いて、拳を固く握りしめて・・令嬢はただ耐えた。
翌日、彼の寝所に行くと・・なんと消えてしまっていたのだ。
そういうわけで、令嬢が彼のフリをしているのだ。行方不明と知られたら、非常にまずい。
大慌てで、王子の行方を護衛達が探している。
「まったくもう・・・突飛な事をして・・・馬鹿野郎」
彼の髪色のカツラを被り、服も着て、ベッドに潜る。
心配げなセブライの使用人に、
「申し訳ない、長旅で少し熱が出て・・休めば落ち着くと思うので」
弱々しげな声で言うと了解してくれた。
昼過ぎには見つけてくれと祈ったが・・・ティータイムまでに間に合わなかった。
今も行方不明だ。
・・・・・仕方がない。
サウザンは着替え、城を抜けて彼の捜索に加わった。
繁華街を進むと・・不意に思い出した。
セブライ国近くに差し掛かった時だったか・・・
この国の今一番人気、ドラゴンの卵で作ったプリンの話。
でもドラゴンの卵が手に入った時しか作らないと言う事だった。
『サウはプリンが好きだもんね』
「あのばか・・!!」
きっとドラゴンの卵を取りに行った。
私のご機嫌を取るために。
絶対そうだ。
サウザンは城に戻り、この国一番のドラゴンハンターである王子の護衛に、頭を下げて頼み込んだ。
ドラゴンピークと言われるドラゴン生息地に到着すると、見るも無残な格好の王子が大きな卵を抱えてこちらに歩いてくるところだった。服には血が滲み、切り刻まれてボロボロになっていた。
「あ、サウにはやっぱりバレたか」
「馬鹿!!何で黙って行った!!」
彼に抱きついたので、卵が落ちそうになるが何とか後ろにいた護衛に投げた。
抱きついた令嬢を抱きしめようとした王子は、令嬢に首を締められた。
投げられた卵を、護衛はうまくキャッチしてくれた。
卵を店に渡すと、店主が言うには出来上がりは明日だそうだ。
外国の王子と令嬢は1個づつ、そしてこの国の王子の護衛は、便乗して100個ほど予約をした。
王子の逃避行は、ドラゴンプリンが食べたかったのでドラゴンの卵を取りに行っていた・・と言う事になった。
その日の晩餐は、歓迎式も兼ねていて、ダンスを踊ったり、ブッフェ式の食事に舌鼓を打って楽しんだり・・
真の目的である、王子とお姫様の顔見せも行われた。
普通にお見合いであるが、向こうのお姫様もどうやら乗り気ではない様子。
ああ、これはダメな感じだな・・・
サウザンはちょっと・・ほっとした。で、はっとなった。
いや!国の為にはなっていないぞ!!
「サウ」
また真夜中に、王子が令嬢の部屋を訪れた。
昨日は追い返したが・・・今夜は彼を引き入れた。
「プリンが楽しみだね。朝には出来上がりだっけ」
「予約しておいたからな」
「ドラゴンの卵で作るんだって。凄いな、セブライ国は」
「ほんとだね。我が国も、そういう銘菓が欲しいものだね」
いつもみたいに喋っていたが、そのうち黙って・・・
「サウ」
王子が両腕を広げ、微笑んだ。
「おいで」
その仕草に、令嬢はどきんと胸が高まったが、何とか落ち着いた声を出す。
「犬猫じゃないぞ」
「・・・・お、い、で」
「・・・」
「ほら」
「もーーーう・・・はい」
彼の首にしがみつき・・・チョークスリーパー。いつもなら『ギブ!ギブ!』と降参するはずが・・
あれ?立ててる腕が、こてんと折られ、首に巻きついた腕をゆるっと剥がした・・・
「照れ屋だな。そうじゃないだろ?」
令嬢を横抱きにして座らせて、彼の顔が近付いて・・・
「やっぱり犬猫扱いじゃないか!愛玩動物じゃないんだぞ!」
「大人しくしててね」
次の日令嬢が目を覚ますと、テーブルにはドラゴンプリンがあった。
ラッキードラゴンプリンというのが正式名称で、何がラッキーかというと、陶器製のカップの内側に、いろいろな模様が描かれていて、それで占いが出来るのだ。
王子が食べ終わったカップの底を見ると、『ハート』だと見せてくれた。
令嬢も食べ終わり、底を見ると同じく『ハート』だった。
「男女で食べて、どっちも『ハート』だと両思い、なんだとか。ほほーう?」
王子はニコッと笑った。
そうはいうけど令嬢は素直には喜べません。
王子の結婚は、国益も考えての婚姻なのだから・・・
そして翌日、王族たちに見送られ、セブライ国を飛行船は飛び立ち、一路本国を目指す。
「君との婚姻、僕が絶対に認めさせるからね、サウ」
「なんか頼もしいこと言ってるぞ?」
「そりゃあ、僕だっていざという時は本気を出すもんだよ」
「ふうん?」
そういえばドラゴンの卵、持って帰ってたな・・・待て待て、ドラゴンだぞ?
ドラゴンピークに、一人で行って帰って来たぞ?
なに?もしかして・・・能ある鷹は爪を隠す、とな?強いとな?
「むかつくーーー!!いつもは本気で剣を振ってなかったのかーー!!」
「うん。体術も、魔法もね」
「なんだとーーー!!ムカーーーッ!!許さん!!死ね!!」
「ごめんごめん」
彼女の攻撃をするっとスルー、そしてひょいっとな。令嬢は軽々と抱き上げられます。
「はあ?!力も強くなってるーー!!いつのまにーー!!」
「そりゃ僕、182センチだよ?サウよりも体格が良いんだから力もあるよ」
「私の存在意義ーーーー!!」
王子を守るために頑張ってきたサウザン、守らなくても全然大丈夫だった王子に・・・・激おこ。
その後・・・国に戻ったら、令嬢は本当に外国の大使になって国を出て行ってしまいました。
王子が帰国後忙しい隙を付いて、去って行ったのです。
ここでようやく王子、二人の危機を感じたのでした。
いつも一緒にいたから、つい安心していたので・・まさかこうなるとは!!
「サウーーー!!待ってぇーーーー!!・・はっ!!」
追いかけようとして・・・王子は踏み留まりました。
そうです。
彼女との婚姻を、許可してもらわなければなりません!!
一番の難敵、宰相を説得するために!!
さて、令嬢ですが・・・
怒っています。今だに怒っています。
王子が追っかけて来てくれると思っていたからです。
来ない・・・もう知らん!!ばかーーー!!
そして・・・
半年がかりで説得し、ようやく認めてもらえた王子、令嬢を追いかけようとしましたが彼女が今どこにいるか全くわかりません。部下に調査させたところ、エルウィ公国にいるとか。
「よし!!追いかけるぞ!!」
王子、令嬢を捕獲、いや迎えに行きました。
ですが彼が出て行ってすぐに、令嬢帰国。
王子は途中の国で、『令嬢ちょうど国に帰っている』と聞いてUターンするもすれ違い、令嬢は王子を追っかけて行った後だった。
・・・そうです。もうお分かりでしょう。この迷走、今だに続いているのです・・・
ふたりはこのように、すれ違いを一年に渡って繰り広げるのでした・・・・
『誰か止めて差し上げて!!』
ふたりの迷走を知るものは、みんな心中絶叫していた。
あれほど二人の婚姻を反対していた宰相までも声を漏らすレベルだ。
王子と令嬢、どちらかが国に止まって待つという考えになるまで、続く予感・・・
思いつくまま、ほぼ1日1話ペースで書いてたけど、そろそろペース落ちるかな。
9月は『令嬢』がお題。
タイトル右のワシの名をクリックすると、どばーと話が出る。
マジ6時間潰せる。根性と暇があるときに、是非