ミズハとアカノ
ガールズラブといっても女性同士の恋愛ではなく友愛ですのであしからず......
「ミズハちゃん!もう走れないかも」手錠に引っ張られるようにして必死に走る少女。
「あともうちょっとだから頑張って!」少女を導くように、引っ張るように走る少女。
夕陽に照らされる中、裸足のふたりは真っ白な施設を抜け出し、街の下り坂を走っていた。目指すはこのシーツータウン(C2 Town)の外側。
「おう、そんな急いでどこ行こうって……ああ行っちまったよ」気風のいい肉屋の店主が声をかける暇もなく、ふたりは風のように駆けていく。
肉屋があるこの街の下部には、街を横切るように続く市場がにぎわい、近くには酒の飲める店が押し合うように集まっている。
「はぁ、はぁ……ミズハちゃん」桃色髪の少女は、クタクタになっていた。足の裏にジンジンと響く痛みが気になる。
「ほら、大門見えてきたよ。あそこ抜けたら一旦休もう」水色の髪の少女、ミズハが、もうひと踏ん張りだと元気づけるように、彼女の方を見て大きな笑顔で話しかける。
喧騒の市場を抜けると、円形の大広場に出た。そこには、いくつかの椅子と金管楽器が半円状に置かれていた。毎夕五時ごろになると、街の入り口近くで音楽隊が演奏をするのだが、その準備の最中であったらしい。
「あ、音楽隊の人だ。演奏、最後に聴きたかったね」ミズハは手錠に繋がれたもうひとりの少女に、小走りしながら囁くようにして言う。
「うん」彼女は、眉を曇らせて返事をした。
うっすらとでき始めた人混みを縫うように進むと、ようやく大門へとたどり着いた。しかし、大門は馬車やパレード中の楽隊など、幅をとる通行客用なので、こちらは普段は使わずに隣の扉で出入りする。少女たちもその扉へと歩く。
「アカノちゃんはちょっとそこで待ってて。昨日置いてきた『がまちゃん』取ってくるね」
「うん。分かった」
ミズハが左耳につけていたイヤリングに垂らす、ミニチュアキーをパチっと外す。磁石でイヤリング側とカギ側とがくっつくものだ。そのカギを手錠へ近づけると、手錠の光が消えてミズハの輪がカシャンと外れた。
「……」アカノがきつく目をつむる。
ミズハとアカノが、施設を抜け出そうと考えたのは、一昨日のことだ。そして昨日、ミズハは逃避行に備えて大門近くに積みあげられた、木箱の中へとリュックを隠し置いた。
「あった、がまちゃん」がま口でネイビーのリュック。右下に、小さく黄色のネクタイのロゴが入っている。リュックの中には一日分の食料とアカノの薬、ふたりの着替えが一組ずつ、手錠を充電するためのワイヤレス発電機などなど色々入っている。
パンパンに太ったリュックを右肩にかけ、アカノの元へと戻る。
「おまたせ。じゃあ、行こっか」ミズハが再び手錠に左手を通した。
「うん。行こう」
「この街ともお別れだね」ミズハがなんだか切ない、といった感じでつぶやく。
「ちょっとだけ寂しいね」
ここには、なんだかんだ十二年もいたので愛着があった。
「施設がなかったら戻ってこれるんだけどなぁ」ミズハが大門を見上げながら、そんな想像を口にする。
「なくなったらまたここで生活する?」
「ふふっ。うん、なくなってたらね」
ふたりは手錠をかけた方で手を繋ぎ、扉の向こう側へと歩き出す。
数時間後のこと。
ミズハちゃん、ミズハちゃん!アカノは心の中で何度もミズハの名前を呼んで、泣きながら水中を泳いでいた。
ミズハの命が尽きるまで残り五分だ。