04 嫌われていた理由
「ほら、見ての通りよ、カール様。わたくしが言った通りでしたでしょ」
「ライラ……?」
やってきたのは、まさかカール様?
「サーシャ様のおっしゃる通りですわ。ライラさんは、暗がりでわたしでは口にできないようなことをそちらの男性としていらっしゃったもの」
「偶然その場に通りかかってしまった私たちの方が驚いて逃げ出したくらいですわよ」
「ライラ様って、舞踏会でお姿が見えなくなることが多いと思っていたのですけど、いつもこんなところで御髪が乱れるようなことをなさっていたのね」
最悪なことに、この酷い姿をカール様に見られてしまった。エスコート相手の私がこんなことになってるなんて、思いもしなかっただろう。彼には迷惑をかけてしまうかもしれない。
だけど、サーシャ様たちの言葉であの暴漢とグルだということに気がついた。これは偶然ではなく、初めからこうやって私を嵌めるつもりだったんだ。
しかも、私のことを騒ぎ立てるつもりらしく、他にもたくさん人を連れてきていて、私とは関係なさそうなやじ馬もかなり多く集まっている。
「彼女はそんなことしてないよ」
「「「え!?」」」
カール様たちに背を向けていたオーランド様が振り向いた瞬間、令嬢たちが驚いて声を上げた。
それはそうだろう。彼女たちが知っている暴漢が、いつの間にかオーランド様と入れ代わっていたのだから。
「誰かがひとりぼっちにしたから、悲しんでいたところを慰めていただけだし。そっちの令嬢たちも、そんな嘘の証言をしても、調べればわかることだからな。彼女がここにいたのだって、君たちが引っ張ってきたからだろう」
オーランド様が彼女たちにとって都合のいいことを言うわけがない。
何も反論できない令嬢たち。
それでどちらが嘘を言っているのか、わかりそうなものだけど、周りに集まった人たちは、オーランド様の味方につくわけでもなく、このやり取りを、ただ面白そうに見ているだけだ。
「こんなところで何をやってるんだライラ!?」
「お兄様!」
探していた時は見つからなかったのに。それとも大広間にまで話が広がってしまっているのだろうか。
「その姿はどうした? 何があったんだ?」
「何も……」
「すみません。彼女が泣いていたから。今みたいに、いわれのない中傷をされて彼女の名誉が傷つくことに考えが及ばず、つい声を掛けてしまいました。ですが、神に誓って人に言えないようなことは一切しておりません」
私の方からは、抱き着きついてしまったけど、あれは事故だからしかたない。
「オーランド様はドレスが破れて困っていた私を助けてくれただけです」
「ドレスが破れた? だからそんな恰好を?」
「あの――サイズが合っていなかったみたいで、深呼吸をしたら縫い目が破れてしまったの……驚きすぎてあたふたしていたら、髪もほどけちゃって。こんな状態になってしまったら、誰だって泣かずにいられないと思うわ……」
兄は困惑なのか呆れなのか、とても微妙な顔をした。それは兄だけではなく周りで聞いていた子息令嬢も同じ反応だ。
「ライラ、これ以上こんなところにいては騒ぎが大きくなるだけだ。話は後で聞く。とにかく家に帰るぞ」
兄は私の肩を抱いて何故か大広間とは逆の方向へと歩き出した。
おかげで家に帰ることができる。結局、大騒ぎにはなってしまったけど。
「ちょっとお待ちになって。それはその二人が口裏を合わせているだけのことでしょ。カール様にこんな裏切りをしておいて、ライラ様は謝罪もせずに黙って帰るつもりですか?」
お兄様が私を連れ出そうとすると、まだ、自分たちの立てた筋書きを進めるつもりなのか、サーシャ様が文句を言い始めた。
「いいんだ、やめろサーシャ」
「だって、ひどすぎるじゃありませんか」
止めに入ったカール様に対して、引こうとしないサーシャ様。
無視すればいいのに、その声にお兄様が振り返った。
「ひどいだと? 裏切りとも言ったか?」
低い声といい、苛立ちを隠しもしない表情といい、兄の全身から怒りが漏れている。
私がはめられたことはまだ伝えていないのに、何かを察しているらしい。
「実際に暗がりで、人の目を盗んで口には出せないようなことをしていた者がよく言えたものだな。これ以上ライラを侮辱するなら、こっちも受けて立つつもりだ」
見物していたやじ馬たちがざわめく。
「現場を見た者は私だけではないからな。嘘だと思うなら王太子殿下に聞いてみるといい。先ほどご令嬢たちが口にしていた件も、うちのライラではなく、そっちの二人のことを見間違えただけだと思うが?」
「そんな……」
「いやっ」
兄の反撃に、カール様は唖然として、サーシャ様は真っ赤になった顔を両手で覆い隠した。
私を暴漢に襲わせておいて、自分はカール様と恥ずかしくなるような何かをしていたらしい。私に対する嫌がらせだけでそこまではしないだろうから、サーシャ様はカール様のことが好きだったんだろう。
なるほど、これで私に対してひどく当たっていたことに納得がいった。
「ほら行くぞライラ。オーランド殿も話が聞きたいので同行願いたいのだが」
「ええ、僕はかまいませんよ。その前にお伝えしたいことがあります。ちょっと耳を貸してもらえませんか」
「ああ。ライラのことか?」
オーランド様から何かを聞いた兄はすぐにそこに駆け付けてきていた衛兵を呼んで耳打ちをする。
それから、大広間には戻らず、別の扉から中に入れてもらう。
私は兄に連れられて、カール様とサーシャ様を、彼らの話で盛り上がっている人混みに残したまま、その足ですぐに王宮を後にしたのだった。