番外編 03 ぎこちない二人
僕たちが休憩中の二人に近づくと、ライラは席から腰を浮かせてどこかに行こうとしていた。
こちらに気がついて座りなおしてから目をそらしたところを見ると、たぶん食べ物でも取りに行こうとしていたんだろう。
そんなライラに、野菜ばかりを盛り合わせた皿を僕は差し出した。
先を見越したヴァレリアに言われて用意してきたんだけど、夜会で用意されている食事は軽食ながら、その家の料理長が腕によりをかけたものだ。他国から取り寄せた食材や、流行り始めた菓子、そういった珍しいものを食べられる機会でもある。
こういう時くらいはダイエットを中断してもいいのではないのか。そう思ったからライラにケーキの置いてある場所を教えてやった。しかし、そのあとヴァレリアに怒られたのは言うまでもない。
「それを食べてから。もう一度ダンスを踊ってこい。さっき見てたけど、また、だめだめになってたぞおまえ」
少し休んだあとなら、緊張もほぐれて今度はうまく踊れるかもしれない。
ライラの性格上、一度失敗すると次に挑戦するのにハードルが高くなるようで、絶対自分からは動かないだろう。
見たところオーランド殿も進んでダンスに誘うとは思えない。僕は二人を応援する気持ちを込めて、あえてきつい口調で命令した。
ライラがもじもじしていると、オーランド殿が見かねて手を差し伸べた。しかし、それをライラが止める。
なんでも、ライラに足を踏まれて怪我をしたそうだ。練習中に僕もよく踏まれたから痛さはわかる。わかるが、歩けなくなるって相当なことだぞ。
たぶんライラが勘違いしているだけだろう。でも、オーランド殿の心配をしているライラは彼が踊ることを許しそうにない。
「だったら、ライラ行くぞ」
そう言って今度は僕がライラを誘う。
せっかく、あれだけ練習したのに、あんな無様ななりでは、周りで見ていた者たちから、ダンスもまともに踊れない令嬢だと落ちこぼれの烙印を押されてしまうだろう。
ヴァレリアをそこに残していくのもどうかと思ったけど、オーランド殿はあのマイルズ殿が認めているライラの婚約者なのだから、一人にしておくよりは安心できる。
それに本当に足を痛めているのであれば、優しいヴァレリアのことだから、きっと手を貸すだろう。
オーランド殿が恐縮しないように『好きに使っていい』と一声かけてから、僕はライラとダンスホールへ移動した。
ライラを連れ出したときに見たオーランド殿の表情は、彼の切ない感情が隠しきれていなかった。きっと、ほかの男にライラを任せるのがつらいのだろう。
だったらライラの手を離さなければいいのに。
婚約者でありながら二人ともが恥ずかしがっているのか遠慮がちで、見ているこちらがイライラする。
あのタイプが嫉妬したら、どうなるのだろう。
「試してみるか」
ライラは心を許した者といる時だけは、いつもしている自信のなさそうな顔から表情が変わって、とても生き生きとするし会話も弾む。
それが残念なことにオーランド殿だけは『好き』が邪魔をしてぎこちなくなっているようだ。
僕はわざと感情を出させるような話をライラに振って、楽しそうなライラをオーランド殿に見せつけた。
嫉妬からでもいい、オーランド殿が自分の気持ちに素直になれば、もっと二人の距離が近づいてライラも喜ぶだろう。
だから、ついでに『オーランド殿は足の怪我で歩けなくなっているだろうから、ライラが支えるように』とアドバイスもしておいた。もちろん、思い込みの激しいライラが誤解して暴走することを予測してだ。
ここまでお膳立てしたのだから、さすがにもう大丈夫だろう。
「それよりヴァレリアを迎えにいかなければ」
オーランド殿と二人きりにしておいたヴァレリアは、用意されていた控室に引っ込んでいた。
「姉上、待たせたな」
「レオン――わたくしには、オーランドさんがわからないわ」
「何か言われたか、されたのか?」
信用して二人きりにしたのが間違いだったのか。ヴァレリアを傷つけたのなら、ライラの婚約者だろうが僕は許しはしない。
「あの方、話をしてみたらとてもしっかりしているのよ。マヌエット家の一員だと思わせるだけの風格もあったわ。それがライラを前にするとなぜあんな風になってしまうのかしら」
「なんだ。僕は姉上が口説かれたか、酷いことでも言われたのかと思ったよ」
「そんなことをするわけがないわよ。オーランドさんの目にはライラしか映ってないのだから」
「だったらよかったよ」
「でも自分に自信がないのか態度がはっきりしないのよね。だからレオンと踊っているライラを見ながら『出会った順番なんて関係ないわ。もたもたしていたら誰かに取られてしまうわよ』って忠告したのだけれど、それが逆効果だったみたいで、余計に落ち込んでしまったの。そんな姿を見られるのは、きっと嫌だろうと思って私はこちらへ下がってきたのよ」
「そうだったのか。それなら僕が焼いたお節介で、今ごろはライラに翻弄されているんだろうな」
「レオンは何をしてきたの?」
「オーランド殿は足が痛くても我慢をするだろうから、ライラがしっかり支えてやれって言ってきた」
「そう。なんだかその光景が目に浮かぶようだわ」
ヴァレリアとそんな話をしていたころ、やはりあの二人はあたふたしていたらしい。
ライラのことを気にかけていたペトラ夫人が、二人のことを見守っていたようで、あとからヴァレリア経由で教えてもらった。
どうみても両思いなのに、その二人だけが言葉足らずで、いつまでもまごまごしている。
ヴァレリアに言わせると、あれは初々しいんだそうだ。
周りがあまりお膳立てをするのもどうかと思うので、とりあえず僕たちは、観察だけにとどめようということになった。




