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番外編 01 シスコン

「姉上、いい加減やめた方がいいのではないか? 身体を壊したら困るし、それを見せられている僕の食欲も減退しっぱなしだよ」

「まだダメよ。マイルズ様の好みには全然遠いんだもの。そんなことを言うならレオンとは食事を別にしてもらうわよ」


 僕は大袈裟にため息をついた。


 王女である姉のヴァレリアは他国に嫁ぐ可能性があったため、今までずっと恋愛は禁止されていた。それがやっと解禁されたとたん、暴食を始めたのだ。


 過食症になってしまったのではない。

 ヴァレリアは『うっ』と言いながらも自分で食べ物を口に押し込んでいる。それが好きな相手の好みに合わせるためだというから、食事のたびに僕は呆れていた。


「そこまでする必要があるとは思えないんだけど。僕はもとの姉上の方がいいよ」

「レオンが何と言おうとやめる気はないわよ。それにわたくしはこれでも楽しんでいるのだから心配はいらないわ」

「そうなんだろうけどさ、無理をするのはやめておきなよ」


 何事にも完璧を求めるヴァレリアは、体重が増えるたびに嬉しそうにしている。

 だから、強制的に止めるのもどうかと思って、僕はただ見守っているだけだ。


 たったひとりのために何をやっているんだか。と思う反面、それほどヴァレリアに好かれている相手が羨ましくもあった。


 僕はいわゆるシスコンだ。


 それを隠す気もないが、僕もヴァレリアと同様に恋愛禁止令が出ているため、特定の相手がいない。だから、夜会などのパーティーのパートナーはほぼヴァレリアなので、いつも一緒にいることが当たり前すぎて意外と周りには気づかれていないようだ。


 ヴァレリアの想い人のマイルズ殿は由緒正しいモンヴール伯爵家の嫡男でいずれ伯爵になるため、ヴァレリアの嫁ぎ先としては問題がないようだ。


 その彼には溺愛する妹がいる。

 この妹がぽっちゃりをはるかに超えているようで、ヴァレリアはマイルズ殿が唯一愛していると思われる彼女を目指しているらしい。


 こんなことになったのも王太子である兄上がマイルズ殿にヴァレリアのことを頼んだからだ。


 完璧主義のヴァレリアは知らず知らずのうちに自分を追い込んでしまうことが多い。

 ある時、ストレスのせいで食事がのどを通らなくなったことがあった。


 その時に、普段は冷気をまとっているのかと錯覚してしまうほど、冷たい表情をしているマイルズ殿がヴァレリアにだけ、とても優しく接したため、そのギャップにやられてしまったらしい。


『食事を美味しそうに食べる女性が好ましい』とかなんとか言われたことを覚えていたようで、今は太ることに専念している。

 恋する乙女のパワーはとどまることを知らない。


「でも、僕には美味しそうに食べているようには見えないんだけど」

「何か言ったかしら、レオン?」

「聞こえてるくせに」


 最近は貴族でも、子どものころから婚約者を決めることが少なくなってきている。

 そのため、ヴァレリアにとっては有り難いことにマイルズ殿にも未だに婚約者はいなかった。王家からさりげなく打診をしてみたところ、どうやら色よい返事がもらえたようだ。


 どう考えても頑張る方向が間違ってはいるが、そんなヴァレリアの努力は実りそうなので、そろそろシスコンも卒業して、ヴァレリアの幸せを祝福しなければいけない。その時はそう思っていた。


 しかし、そんな僕の悩みもそれほど続かなかった。


「わたくし、マイルズ様を諦めようと思うの」

「諦めるってどうしてだよ。今までマイルズ殿に好かれるために必死に努力してきたんだろ。せっかく婚約できそうなのに」


 ヴァレリアがこんなことを言い出した原因は、マイルズ殿に、仲の良い幼馴染の令嬢がいることが発覚したからだ。


 マイルズ殿と親交がある兄上でさえそのことを知らなかったのは、普段感情を表に出さないマイルズ殿が、その令嬢とも今まで友達以上の付き合いをしてこなかったかららしい。


 ヴァレリアとの縁談を知った、その令嬢の親友たちが騒いだせいで、ふたりの噂話が広がり、それが耳に入ったヴァレリアがマイルズ殿に確認をした。


 その時は否定されたようだけど、ヴァレリアにはマイルズ殿の心にすでにその令嬢が住み着いていることがわかってしまったらしい。


 結局、婚約の話は何もなかったことにしてほしいとヴァレリアから伝えたようだ。


 マイルズ殿を諦めることにしたヴァレリアはみるみるもとの体型に戻っていった。傷心のためだから良い痩せ方ではなかったけど、マイルズ殿以外に太ったヴァレリアの需要はなかったと思うから、それはそれでよかったと思う。



 あれから二年は過ぎただろうか。


 ある日、週に二、三度予定が入っているダンスの練習をするために、レッスン室でヴァレリアを待っていると、なぜか横幅がヴァレリアの二倍はあるかと思われる令嬢を伴ってやってきた。


 紹介されなくても彼女が誰だかは知っている。これほど近くで会ったことはなかったと思うけど、ヴァレリアはこれを目指していたのか? 無理だろ。


「ふーん。君が噂のモンヴール家の娘? たしかにぽっちゃりしてるね」


 ヴァレリアがマイルズ殿に振られたこともあって、彼女への口調がきつくなってしまった。


 そういえばヴァレリアの生誕祭の時に騒ぎがあったんだっけ。

 兄上が面白おかしくその話をしてくれたけど、妹のエスコートの相手を監視しているなんて、マイルズ殿が妹を溺愛しているという話は本当なんだと驚いていた。

 その愛する妹がこれか……。


 兄に守られて、甘やかされているから、ストレスなんてないんだろうな。体型で勝手にそう判断していたけど、どうやらマイルズ殿の妹ライラは自分に自信がないらしい。


 おどおどして下ばかり見ているその態度が、想像していた人物とはあまりにも違いすぎた。

 どうやらヴァレリアとは逆でストレスで過食になるタイプのようだ。ヴァレリアの説明ではこれから彼女のダイエットを手伝うという。

 だから、今後、僕たちのダンスレッスンの時には彼女も必ず参加させるらしい。


 確認はしていないから、本当のところはわからないけど、これは妹を痩せさせて、マイルズ殿の好みから遠ざけるという意趣返しの意味もあるのではないかと邪推してしまった。


 少し興味があったし、頑張ろうとしている者は嫌いではない。ヴァレリアのやろうとしていることに僕は協力しようと思う。


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― 新着の感想 ―
[一言] ヴァレリアとマイルズルートも見たかった気もしますねー(笑)
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