30 通じあった心
私はオーランド様に好きだと言われた。
そして求婚もされた。
これはそうであってほしいという、私の願望が見せた白昼夢ではないだろうか。
そんなことを思いながら、私は自分の右側をちらっと見る。
王宮からの帰り道、マヌエット家の馬車にオーランド様と一緒に乗っているのだから、私の幻想ではなく、やはり現実に起こったことで間違いないようだ。
この状態は、兄に置き去りにされたので仕方がなかったともいえるんだけど。
「ねえ、ライラ」
「はい、なんですかオーランド様」
「これからは、僕の態度で心配になったら何でも聞いて。ライラが誤解して、また婚約破棄したいなんて言い出されたら立ち直れなくなるよ」
「わかりました。ごめんなさい」
どうやら私は、勘違いしていたことが多かったようなので、この機会に不思議に思っていることは聞いておいた方がいいだろう。
「では、なぜ私がレオン様を好きだなんて思ったんですか」
そんなこと言ったことも、思ったこともないけど。
「レオン王子殿下と一緒にいる時のライラはいつも楽しそうだったから。君が嬉しそうにしているのを見るたびに、僕はいつも胸が痛かったよ」
そんな風に見られて、そんな風に思われていたなんて。
「あと、オーランド様が私と二人きりだと、無口になるのはなぜですか。手が触れ合うのを躊躇していたのは? 私はてっきり嫌われているのかと思っていました」
「ああー、それでか。言わないとダメだよね」
だって、そのせいで私が暴走して婚約破棄騒動まで起こしてしまったんだから、理由は絶対に知っておきたい。
「ライラを抱きしめたくなる衝動を抑えていたんだよ。それにこんなこと言うと気持ち悪がられるかもしれないけど、ライラに膝枕をしてほしかったんだ。ライラに嫌われると思っていたから、ずっと我慢をしていた」
「さわるのが嫌だったのではなく、私にふれたかった?」
「そう、ずっと遠くで見つめていて、届かないと思っていた君と婚約できたんだ。嬉しすぎて、タガが外れたらどうしようかといつも思っていたよ」
「それ、さっきも言っていましたけど、ずっとっていつからですか」
「もう十二年くらい前だよ。僕はライラの言葉で救われたんだ」
「ごめんなさい、覚えてないんですけど、そんなことがあったんですか?」
オーランド様は誰かと勘違いしてるんじゃないだろうか。
「子どもの頃だけど、僕の家が偽伯爵家と馬鹿にされていた時に、君が『マヌエット家? 伯爵家になったのは誰よりも頑張った証なんですって。それってとってもすごいことなのよ』って庇ってくれて、すごく嬉しかったんだ。そのあと、マイルズ様もたしなめてくれて、直接悪口を言われることが少なくなった」
私が誰かに向かってそんなことを言ったのだとしたら、トラウマになったあの出来事が起きる前なんだろう。
「それからはいつも気がつかれないようにこっそり見つめていたよ。ライラが令嬢たちに何かを言われている時は、何度も飛び出していきそうになったけど、僕が文句を言ったら、今度はそれをネタにライラが虐められることがわかっていたから、何もしてあげることが出来なかった。令嬢たちのいじめは周囲には仲良さそうにみせておいて、陰で執拗にやるからね。本当にごめん」
「いいえ、たしかに兄以外の男性が間に入って文句を言ってくれた時は、あとでもっと酷いことを言われましたから、それはわかります」
「だけど、何かあった時は君を守れるように、護身術だけはずっと習っていたんだ。身体は体質で背ばっかり高くてひょろひょろしてるけど、これでも意外と筋肉はついているんだよ」
だから、暴漢のことを簡単に退治できたんだ。あと、バラ園で私を軽々と持ち上げたのも。
「それに偽伯爵家と後ろ指をさされても、胸を張っていられるように仕事も勉学も頑張った。すべて、君のとなりに並べる男になりたかったからだ。とは言っても家柄だけはどうにもならなかったから、結婚は始めから諦めていたんだけどね」
「もしかしたら、あの夜、私を助けてくれたのも偶然じゃなかったんですか?」
「えっとー、そうだって言ったら気持ち悪いかな」
「いいえ、おかげで私は救われたんですもの。オーランド様にずっと守られていたなんて嬉しすぎて涙が出そうです」
「そう言ってもらえると嬉しいよ」
笑顔のオーランド様がまぶしい。私も何かオーランド様によろこんでもらえるようなお返しがしたい。
「ひざ……しま……か?」
「なんて言ったの? ライラ?」
「膝枕しませんかって言いました」
きゃー。
自分で言っておきながら恥ずかしすぎる。私は顔を両手で隠した。身体も緊張でガチガチになってる。
「いいの?」
「はい、お願いします」
私はオーランド様が横に倒れやすいように目いっぱい窓側に移動する。
「お願いするのはこっちだよ」
笑いながらオーランド様がこてんと私の太ももに頭を乗せた。と思ったらすぐに飛び起きた。
「ごめん、無理。やっぱり無理」
「え!?」
「無理っていうのは、膝枕が無理なんじゃなくて、僕の理性が無理ってことだから。本当にごめん。やっぱり結婚するまで我慢する」
「ええ!?」
オーランド様は私とは反対側の窓の方を向いてしまった。
今までなら、嫌われたんだって勘違いして悲しくなっていたけど、もうそんなことは思わない。
私がオーランド様の方を見ると、窓ガラスに映ったオーランド様の目と自分の目が合った。
「オーランド様?」
「ごめん、いつも直接見られなくて、こうやってガラスに反射したライラのことを見てたんだ」
「もしかしなくても、本当にオーランド様って私のことが好きなんですか?」
「今日はずっとそう言ってるよね。それでも足りなければ、いくらでも好きだと言い続けるから」
「私、太っていたのに」
「なんで? それがライラなのに。食べることが大好きなライラが、なんで無理をしてまでダイエットなんかするのかなって、僕は不思議に思っていたんだ。あ、でも今のライラもとても素敵だよ」
「太っていてもよかったんですか……」
だったらオーランド様が言うように、おやつを抜く必要は全然なかったのでは?
「とにかく、どんなライラでも僕は大好きだ。ライラこそ結婚相手が僕なんかで本当にいいの?」
「はい。私にはオーランド様しか考えられません」
地味でなんの取り柄もない、こんな私を救ってくれた優しいあなたが、私を妻にと望んでくれるのなら、私は世界で一番幸せです。




