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03 優しい人

「こんなところで何をしている?」


 誰か来てしまった。こんな姿、見られたらどうしよう。


「何って、こっちは恋人同士の逢瀬の最中だ。邪魔するなんて無粋なことするなよ」

「恋人? 彼女は泣いてるじゃないか。お前こそ、その手を離して立ち去れ」

「うるせえな。お前には関係ないだろ」

「嫌がっている女性に無理やり何かをしようとしているのなら、それは犯罪だ。衛兵を呼ぶからな」


 通りがかった誰かと暴漢が言い争いを始めた。会話からして、どうやら私のことを助けてくれるらしい。


「黙ってどこかに行けって言ってるだろうが」

「君は言葉ではわからないらしいね」


 その後、何かにぶい音がして、気がついたら暴漢が地面に倒れていた。


「もう大丈夫だから。一緒に大広間へ戻ろう」

「あ、ありがとうございます。でも私こんな姿では戻れません」


 横っ腹のところが破れたドレスを必死に押さえて、涙声で訴えると助けてくれた人の顔が見る見る間に赤くなった。


「何てことを!」


 そういったかと思うと、倒れていた暴漢を思いっきり蹴り上げた。私の柔肌が露出していることで赤面していたのかと思ったら、ただ怒っていたらしい。きっと正義感の強い人なのだろう。


「助けるのが遅くなってごめん。これを着て」

 そう言って、私の方をできるだけ見ないようにしながら、その男性は自分の着ていた上着を肩にかけてくれた。


「ありがとうございます。えっと、あなたは?」

「マヌエット伯爵家のオーランド」


 心配そうに私の顔を覗き込みながら名前を告げたその家名には聞き覚えがあった。二代前くらいに陞爵した新興の伯爵家だと思う。


「オーランド様ですか……うぅっ」


 安心したら再び涙が溢れだす。


「えっと、こんな時はどうしたらいいかわからないんだけど」

「ずびばせん……ちょっ……ばっでぼらえばすか」

「ああ、かまわないよ。泣き止むまで一緒にいてあげるから。また危ない奴が湧いてきたら困るしね。だけどこんな所にいるよりは明るい場所に移動した方がいいと思うからあっちに行こうか」


 オーランド様に言われて、暴漢が倒れているところから少しだけ場所を移動した。


「ああ、これ、ちょっとまずいな」


 照明の光が届く明るい場所で、私の姿を見たオーランド様がつぶやいたかと思うと、突然私が羽織っていた上着のボタンを留め始めた。

 その行動に驚いたけど、ドレスの破れ方がひどくて、上着を肩にかけているだけでは隠せていなかったらしい。


「ごめん、ちょっと引っ張るけど我慢して」


 オーランド様の上着が小さくて……いや、私の身体が大きすぎて、ボタンを留めるのも一苦労。ぎゅっと強く上着を引っ張られたせいで、私は踏ん張ることができず、そのままオーランド様の胸へと飛び込んでしまった。


「きゃっ」

「ごめん、力を入れすぎちゃったね」


 私を自分の身体で受け止めながら謝罪するオーランド様。

 抱き着いて密着していることで恥ずかしくなりながらも、その時私は胸が高鳴るのを感じていた。オーランド様の心配そうに優しく語り掛けるその声、それに爽やかな香りに私はときめきを覚える。暴漢に抱き着かれた時の嫌悪感とは対照的で、私の感情はプラスに振り切れていた。


 この気持ちってもしかしたら……。


「もう少しなんだけど。ごめんもう一度引っ張って試してもいいかな?」

「あ……そうですね……」


 冷静なオーランド様の言葉に、ひとりで興奮していた私は現実に戻された。


 残念だけど、今はそんな素敵な恋物語みたいなことを考えている余裕はない。

 その後、袖に腕をちゃんと通してから、お腹を頑張って引っ込めたりしてどうにかすべてのボタンを留めきった。サイズが合わなくてかなり苦しいけど、他にどうしようもないのだから今は我慢するしかない。


「本当にすみません……」

「僕なら全然かまわないよ。それより君にこんなひどいことをするなんて本当に許せない」


 見ず知らずの私のためにこんなに怒ってくれるなんて、もともと優しい人なんだろう。それにしても、私のピンチに気がついてくれた人がオーランド様で本当によかった。

 あのままだったらどうなっていたことか。


「どうしよう、僕は髪を結ったことがないから、その髪を直してあげられそうにないんだけど」


 オーランド様が言うように、私の髪はほどけていて右側だけが肩まで落ちていた。


「本当。ひどい状態で恥ずかしいです」


 私はまとめ髪に指を通してすべて解いてしまい、それを軽くすいて背中に流した。

 さっきよりはましになったと思うけど、髪形までこの場にそぐわない状態になってしまう。


 間違いなく、オーランド様の上着をドレスの上から身に着けている私の姿はとても目立つだろうし、その上、泣いたせいで顔もぐちゃぐちゃだ。

 どうにかして、人目を避けながら王宮を出ないといけないのに、その方法がまったく思いつかない。


 その場で悩んでいると、オーランド様の肩越しに、こちらに向かって男女の一団が歩いてくるのが目に入った。


 こんな姿、できれば誰にも見られたくないんだけど……。


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