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21 なぜこんなことに

「どうかしたライラ?」

「あの、サーシャ様がカール様を……あっ」


 私が今しがた見たことを、オーランド様に説明するより前に、サーシャ様がこちらに気がついたため私と目が合ってしまった。


「わたくしたちのことをつけていたの? なんて嫌らしい方たちなのかしら」

「それは誤解です。私たちはたまたまここを通りかかっただけで、お二人がいらっしゃることは知りませんでした」


 尾行していたなんて勘違いされるのは困るので、すぐに私は否定したけど、なぜかそんなことは気にもとめず、カール様が私たちの横を通り過ぎた。


「やってられない。いい加減、我慢も限界だ。俺は帰るから、サーシャはライラたちに送ってもらえ」

「え!?」 


 とんでもないことを言い出したカール様にサーシャ様は唖然としている。もちろん私たちだってとても驚いてる。


「突然、何を言ってるんだ」


 オーランド様の問いを無視して、カール様は早足で歩き始めた。サーシャ様を置いていくと言うのは本当のようだ。


「おい、ちょっと待てよ。自分の婚約者を僕たちに押し付けていくな」


 オーランド様もカール様の後を追って走り出す。


「ライラはここで待っていて」


 たぶん彼を連れ戻しに行ったのだろう。

 でもそのため、私はその場にサーシャ様と二人きりになってしまった。


「いい気味だと思っているのでしょう」

「いいえ、そんなことは」

「何よ、いい子ぶって。貴女なんか大っ嫌い」


 泣きそうな顔をしていたのに、目にきっと力を入れたサーシャ様は冷たくそう言い放つ。そして、私の胸元に目をやった。その視線の先にはオーランド様からもらったバラのブローチが。


「そのブローチ、さっきまでつけていなかったわよね」


 そう言うとサーシャ様が手を伸ばしてきて、いきなりブローチをストールからむしり取った。


「何をするんですか!?」

「モンヴール家の娘ってだけで、こんなもので、ご機嫌取りまでしなきゃいけないのかしら。家柄を外せば貴女なんてただのデブなのに。かわいそうね、彼は」


「それを返してください」

「嫌よ」

「大事なものなんです。お願いですから返して」

「だったら――そうね。わたくしもこんな安物が欲しいわけではないから、返してあげてもいいわ」

「本当ですか」


 サーシャ様は顎を上げ、私を見下した表情をしてから、いきなりブローチをミニバラでできた垣根の向こう側に投げ入れた。


 サーシャ様は躊躇もせず、力いっぱい放り投げたらしい。思いのほかブローチが遠くに飛んだために、ここからでは落ちた場所がわからなかった。

 こちら側とあちら側が、私の背よりもずっと高い垣根で隔たれているため、ブローチがある向こう側に行くには、遊歩道を大きく迂回しなければならない。


「探しに行かないと」


 私に怒ったり悲しんだりしている余裕はなかった。

 あまりにも動揺していたため、その時はオーランド様の帰りを待つということに考えが及ばなかったのだ。バラのブローチを求めて、私はその場から走り出していた。


「あそこの裏側だとしたら、ここで合っていると思うんだけど」


 ちょうど案内図の掲示板があったので、それでだいたい目星をつけてここまでやって来た。


 しかし、いくら探してもブローチは見つからない。


「どうして。どこにいってしまったの?」


 それでも私は、人目もはばからず、地面に四つん這いになりながら、バラの枝を引っ張ってどけてみたりしながらブローチを探し続けた。


 サーシャ様に投げ捨てられてから、私がこちら側に回ってくるまでに誰かに拾われてしまったのだろうか。だとしたら、いくら探しても見つかるはずがない。どうしよう。


「ライラー! どこだ?」


 私が悩んでいると、垣根の向こうから私を探しているオーランド様の声が聞こえた。


 なくしてしまったなんてオーランド様に言えない。だけど、このままではオーランド様に心配をかけてしまう。


「オーランド様。私はここにいます。ミニバラの垣根のこっち側です」

「なぜ、そんなところに? 話は後で聞くから、ライラはそこから動かないで。僕がそっちに行くから待っていて」

「はい。すみません」


 オーランド様がやって来るまでの間も、私はブローチを探し続けた。


「やっぱりどこにもない……」


 自分の頭を両手で掴みながら嘆いて上を向いたとき。


「あれ、もしかしたら」


 ピンクのバラの中に、一瞬だけオレンジ色が目にはいった気がする。垣根の上の方をつま先立ちして確認すると、一番てっぺんに、間違いなくオレンジ色の物体がある。

 私は下ばかり探していた。まさかあんなところにあるとは。


「よかった」


 私は急いでそれに手を伸ばした。だけど、高すぎてどうしても手が届かない。


「オーランド様が来る前に取らなくちゃ」


 自分の腕にバラの棘が刺さることも顧みず、身体ごと前に乗り出して少しでもブローチに近づこうと躍起になっていた。

 そのため、私はオーランド様がそばまでやって来ていたことに気がつかなかった。


「何をやっているんだ、ライラ。危ないじゃないか」

「オーランド様!? うわっ」


 私はつま先立ちのまま振り返ったせいで、バラの株の上に転んでしまう。


「痛――ぁ」

「ライラ! 大丈夫か!?」


 すぐにオーランド様が助けてくれたけど、素肌が出ている部分は棘や枝でひっかけてしまい、とてもひどい状態になっていた。


「いったい何があったんだ。とにかく早く手当てをしよう。バラ園の管理室か馬車まで行くよ」

「待ってください」


 私の手を取って歩き始めようとしたオーランド様を、私はその場から動かずに引き止める。


「あそこに、いただいたブローチがあるんです」

「ブローチ? なんであんなところに」


 垣根の上の方を見て、ブローチに気がついたオーランド様が、訝し気にしたあと、それに手を伸ばした。


「ちょっと遠いな」


 その場所はオーランド様でも届かないらしい。


「ごめんライラ。僕が君のことを持ち上げるから、取ってもらってもいいかな?」

「私を?」


 そんなことは無理だと主張する前に、オーランド様が私の腰のあたりに手をまわして、私の身体を軽々と抱き上げた。


「え!?」


 それは無理をしている感じはなく、本当に軽々とだった。

 いや、今は驚いている場合じゃない。ブローチを取って早くおろしてもらわなければ。


「手が届きました。もう大丈夫です」


 よかった。大事なブローチはやっと私のもとに戻ってきた。


「オーランド様? もうブローチは取れましたよ」


 私はブローチを握っている手を見せた。


「オーランド様? あのー」


「あ、ごめん。すぐにおろすよ」


 オーランド様は私をゆっくりと地面におろした。

 その手が離れたので、私は首に巻いていたストールを広げて、肩から羽織る。そうしてから、オーランド様に貰ったバラのブローチで前を留めた。


「これなら、腕の傷もあまり目立ちませんよね」

「そうだったね。手当てをするのにここからならたぶん管理室の方が近いな。すぐに行こう」


 私は再びオーランド様に手を取られ、その場から歩き始めた。


 あまりにもドタバタしていたせいで、オーランド様としっかり手をつないでいることに、その時の私は、まったく気がつかないままだった。


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