19 カール様とサーシャ樣
カール様もこのバラ園でデートをしていたらしい。
その斜め後ろには、彼の腕を掴みながら同じようにこちらを見上げているサーシャ様の姿があった。
あの事件のあと、デニラ家とテーバー家で話し合いがもたれ、二人は婚約することになったそうだ。
私もあの時オーランド様に助けてもらえなかったら、どこの誰ともわからない卑劣な男と、責任を取るという理由で婚約をするはめになっていたかもしれない。
そんなことにならなくて本当に良かったと思う。
でも、私とは違ってカール様とサーシャ様は両想いで、婚約までの経緯はどうであれ、お互い望んでいた相手に決まったんだから、喜んでいるはずだ。
それなのにサーシャ様は、いまだに私に対して憎々しげな視線を向けてくる。
少しの間だけだったとしても、カール様が私の相手をしていたことを、彼女は今でも許せないのかもしれない。
「僕の婚約者を呼び捨てにするのはやめてくれ。それに君はいろんな意味で、ライラに馴れ馴れしく声を掛けられるような立場ではないだろう」
オーランド様が私を庇うように前に立ち、断りもなく、階段を上ってこようとしたカール様に言い放った。
「俺はライラ――さんにただ謝りたいだけなんだ。自業自得だけど、今まで会わせてもらえなかったから」
私には、カール様に謝罪されるようなことが思い当たらない。
あの夜、たしかに放置はされたけど、それ以外で彼からはひどい扱いを受けた覚えは、それまでも特になかったと思う。
「ライラ、彼はこう言っているけど、どうする?」
オーランド様の陰に隠れていた私は、カール様と話をするためにオーランド様のとなりに並んだ。
そんな私の肩を抱き、オーランド様は心配そうに私を見つめている。
こういうところは本当に演技が上手だ。私も彼に合わせるため、戸惑いを頑張って押し隠した。
「カール様に謝っていただく必要はありませんわ。私は何もされていませんもの」
「いや、俺の軽はずみな行動が君を傷つけてしまった。本当にすまないと思っているんだ」
そう言いながら一歩づつ階段に足をかけ、こちらに近づいてくるカール様。
申し訳なさそうな態度の彼とは逆に、それを止めようとしているのか、後ろで腕を掴んで離さないサーシャ様の顔がどんどん険しくなっていた。
「私はまったく傷ついていませんから気にしないでください」
「だそうだ。だいたい、君のことなど何とも想っていないライラが傷つくと思ったこと自体、自惚れが過ぎるのではないのか? こんなところで僕たちの邪魔などしていないで、君にお似合いの誰かとデートの続きでもしたらいい」
「ライラ――さんは、本当に俺のことを怒ってないんだな?」
カール様は、なぜそんなふうに思っているんだろう。それとも私が気がつかなかっただけで、実はカール様もあの夜私をはめようとしていた令嬢たちとグルだったとか?
「もう行きましょうよカール様。こんな人たちの相手をする必要はありませんわ」
「うるさいな! サーシャは黙ってろよ」
カール様は自分の腕を掴んでいるサーシャ様の手を振り払って怒鳴りつけた。
「ひどい……」
カール様のあまりもの言動に、私の口から思わずこぼれてしまう。
その言葉がサーシャ様の気に障ったのか、今までカール様を見ていたサーシャ様の瞳が私をとらえる。
「上からなんなの! 何も知らないでいい気になってるけど、本当は貴女のことなんてどうでもいいのよ。カール様が下手に出ているのだってマイルズ様に睨まれたくないからだわ。王太子殿下の側近になるために、貴女なんかに媚びを売らなきゃいけないなんて、本当に嘆かわしいこと」
「やめろ、サーシャ」
「オーランド様だって、どうせ貴女の後ろ楯狙いでしょ。ありもしない幸せにしがみついてるなんて本当に哀れな人ね」
「サーシャ! なんてことを言うんだ」
「だって、すべて本当のことじゃない」
わかってる。本当にサーシャ様の言った通りだ。私には自覚があるから反論できるわけがない。
私はまた下を向いてしまう。
「なんでも口に出せばいいってもんじゃないだろう。人の気持ちを考えてから発言しろよ」
「なんでわたくしがそんなことを言われなければいけないのよ」
ここは高い場所だったから、今は床ではなく、カール様とサーシャ様のやり取りが目に入る。たぶん私が原因で言い合いを始めたんだと思うけど、どうしたらいいのかわからずにただ見つめることしかできない。
ところが、
「ひゃ!?」
一瞬何が起こったのかわからなかった。突然私は、うしろからオーランド様に抱きしめられていた。
な、何をいきなり?
「そこの二人に言っておくけど、僕はライラのことを愛してるから。それに、モンヴール家の令嬢であるとか、ないとか、僕にとってそんなことは、まったく重要ではないよ」
「オーランド様!?」
私が驚いているとオーランド様の腕に力が入る。
「たぶん、カール殿の気持ちはライラに伝わっていると思う。だから、喧嘩をするなら他でやってくれないか。僕はライラと二人きりになりたいんだよ」
「ライラ――さんは本当に許してくれるのか?」
「え、ええ。それはもちろんです。それが何に対してなのか、私にはいまだによくわかりませんけど。兄が怒っていると言うのであれば、私がなだめておきますよ」
「ありがとう、それでも本当にすまなかった。オーランド殿も、邪魔をして申し訳ない。これで俺たちは失礼する。サーシャ、ほら行くぞ」
今度はカール様がサーシャ様の腕を掴んでガゼボから離れていった。
ミニバラの垣根の向こう側へ、彼らの姿が完全に消えたというのに、オーランド様は私を抱きしめているその腕から力を抜く気配がない。
「オーランド様? もう行っちゃいましたよ?」
「ああ、そうだね」
私が話しかけると、そう言いながら私から手を放して、オーランド様は大きく息を吸った。
さっきは彼らと険悪なムードだったから、気持ちを鎮めているんだろうか。
「オーランド様、スコーンをいかがですか? うちのブルーベリーのジャムは美味しいんですよ」
「スコーン? ありがとう。いただこうかな」
私は空になっていたオーランド様のカップに再びお茶を注いだ。
甘いものを食べれば気分も変わるはず。




