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10 ダンスのレッスン

 連れて行かれたレッスン室にはダンスの教師だと思われる一組の男女とヴァレリア様のお相手の方がひとり。


「それでは始めましょうか。ライラは弟のことはご存知かしら」

「王族席にいらっしゃった殿下に、家族と一緒にご挨拶をしたことはございますがお話は一度も」

「そう。でしたら、これが弟のレオン。ライラの一つ下でしたわね」


 なんとそこにいたのは第二王子だった。二人目の王族だ。昨日から私の出会いはあまりにも濃すぎる。


「レオン王子殿下。モンヴール伯爵家の長女ライラと申します。以後お見知りおきを」

「ふーん。君が噂のモンヴール家の娘? たしかにぽっちゃりしてるね」


 レオン様にもこんな風に言われるなんて、あの日の噂はいったいどこまで広がっているんだろう。そして私はなんて言われてるの?

 知りたいけど怖くて聞けない。


「レオン、言葉には気をつけなさい」

「ここにいるってことは、もしかして、僕の今日の相手は君? ちゃんと踊れるの?」

「踊ることはできますが、兄としか踊ったことがないのでちゃんとかどうかはわかりません……」

「とりあえず一度わたくしとレオンが踊ってみせますからライラはそこで見学をしていらっしゃって」


 宮廷楽師が音楽を奏で、私の目の前で踊る二人。それはそれは優雅で美しい。練習する必要なんてないんじゃないの。と思うほどだ。


 このあとに私も踊らなければいけないのだと思うとかなり恥ずかしい。レオン様の足を踏んだらどうしよう。

 せめて相手が兄だったらまだよかったのに。まだその辺にいるかもしれないから、今から探してこようか。


 悩んでいるうちに一曲終わってしまった。ふたりは当たり前のように息切れひとつしていない。


「さすがは殿下方ですわ。基本のステップは完璧ですわね。次は少し難しいものを取り入れましょうか」

「それは今度お願いしますわ。これから先生方にはライラを見ていただきたいの」

「そちらのお嬢様?」

「私たちは構いませんが」


 先生たちの視線が私に向いたかと思うと、頭からつま先までじっくりと見つめられた。そんなにねっとり見なくても、どんくさそうなのは一目瞭然だろうに。


「ライラはわたくしが無理矢理連れてきてしまったの。ですから優しくお願いしますね」

「かしこまりました」

「では、こちらへ」


 男性の教師に呼ばれ、部屋の中央へ。そこで私はレオン様と向き合った。

 年下だけど私より頭ひとつ分背が高い。ダンスするにはちょうどいい身長差だと思うけど……。


「王子殿下、よろしくお願いします」

「レオンでいい」

「はいレオン様」


 楽師の音楽に合わせ踊り始めたのはいいけど、緊張のあまりステップが遅れてしまった。

 レオン様の足を踏んでしまわないかと、そればかりが気になって今度は足元ばかり見てしまう。


 それに対して教師がすぐに反応し、パンパンパンと手を叩いた。


「はい、止めて。全然ダメ。まったくダメ。本当に見た目通りなのねあなた。殿下方のようになりたければ、人より練習と努力が必要よ」

「先生」

「いいんですヴァレリア様。ダメダメなのは自分でも十分わかっていますから」


 なんで私、ヴァレリア様についてきちゃったんだろう。断って兄と一緒に帰ればよかった。

 こういう時私は、人の顔が見られなくて癖で床に視線がいってしまう。


「ライラが姉上とここに来たってことはさ、これから練習するつもりなんだろ? なんだってできないままにしたらそこで終わりだ。僕たちだって始めはひどいもんだったよ」

「わたくしも何度レオンに足を踏まれたかわかりませんもの」

「そうなんですか? あんなに素敵なのに」


「お二人はとても熱心に練習されていましたからね。あなたもここで諦めてしまったら、これからもずっと下を向いたままになりますわよ。さあ、もう一度。ステップばかりに気をとらわれず、今度はきちんと曲を耳で聞きながら踊りなさい」

「僕の足なんて踏んでも構わないから、まずはちゃんと前を見て踊れよ」

「あ、ありがとうございます。レオン様。先生」


 あまりにもひどすぎて呆れられてしまうかもって思っていたのに、みんなはこんな私に付き合ってくれるようだ。


 たぶん、今まで私は、こんなふうに差し伸べられた優しい手すら、取るのが怖くてずっと避けて、逃げて生きてきたんだと思う。


 これは私が変わるチャンスかもしれない。


 頑張ればこんな私でも、レオン様が言うように、ちゃんと前を向くことができるだろうか。


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