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01 私の婚約者

「どういう神経をしているのかしら」

「本当よね。わたしだったら恥ずかしくて家から出られないわ」

「あんな姿をしているくせに男性を誑かす才能だけはすごいのね」


 国王主催の舞踏会で、私がひとりになるのを見計らい、声が聞こえる距離までわざわざやってきて会話をする令嬢たち。

 彼女たちはある伯爵令嬢の取り巻きで、私が幸せであることが目障りらしい。さすがに絡まれたりはしないと思うけど、悪口を言われるのもいい気持ちはしないから、私はさっさと家に帰ろうと思う。


「ごめんライラ。ひとりで大丈夫だったかい」

「オーランド様」


 婚約者であるマヌエット伯爵家のオーランド様がお手洗いから戻ってきた。

 私と離れていたのはほんの少しだけなのに、顔を覗き込んで、すぐに声を掛けてきたことを考えると、思いのほか私の表情が暗かったのだろう。彼にいらない心配をさせてしまったようだ。


「ええ、でも私はもう帰ろうと思います。人が多すぎて疲れてしまいました」

「それなら、送っていくよ」


 そう言ってオーランド様は、私をエスコートするために左腕を軽く曲げる。少し迷ったけど、私は彼の腕にそっと手を乗せて、そのまま出入り口に向かって歩き出した。


 ちょうどその方向に悪口を言っていた令嬢たちがいて、見るつもりはなくても視線に入ってしまう。

 彼女たちはみんな、忌々しそうな表情を浮かべこちらを睨んでいた。オーランド様に優しくされている私のことが気に入らないんだと思うけど、この状況は彼女たちのせいでもあるのに……。


 帰宅するためにはエントランスに我が家の馬車を用意してもらう必要がある。係の人に声を掛ける前に、私はオーランド様にお別れの挨拶をすることにした。


「今日はありがとうございました。ここからはひとりで大丈夫ですから、オーランド様は大広間にお戻りになってください」

「ライラが帰るなら僕が残る意味はないよ。このまま僕の家の馬車で送っていくから、君の家の馬車は先に帰しておいて」

「ですが……」

「僕たちは仲がいいところを見せつけた方がいいと思うんだ」

「――そうですね。すみません」


 オーランド様に言われた通り、私はマヌエット家の馬車で送ってもらうことにした。

 だけど馬車の中で二人きりになると、オーランド様は決まって無口になってしまう。私たちはほとんど会話をしないままなので、狭い馬車の中で居たたまれなさを感じていた。


 早く我が家に到着してほしいという思いと、それでもまだオーランド様と一緒にいたいという気持ちが心の中でせめぎ合う。

 いつものことだけど、二人の間には流れる景色と時間だけがただ過ぎていくだけだ。

 何もできず手持無沙汰で困った私はこうやって窓の外を見つめていることが多い。

 きっと私が思う以上に、オーランド様の方がもっと息苦しさを感じているはず。


 初めの頃はこの状況に、オーランド様が何か怒っていて機嫌が悪いのだと思っていた。だから私とは口を利きたくないのだろうと悲しくなり、悩んでいたけど、毎回いつもこんな感じが続いているので、たぶん人の目がないところで仲のいい演技をする必要がないからだという結論にたどりついた。


 周囲に見せつけるのでなければ、私となんてわざわざ会話をする気さえ起こらないのだろう。だからこちらもそれに合わせて、私からも話しかけたりはしないようにしている。


 本当は婚約なんてしたくなかったんだと思う。だけど、オーランド様は成り行き上、私の名誉を守るためにこの婚約を受け入れてくれた。


 それにはとても感謝しているし、オーランド様に恋をしている私が嬉しくないわけがない。それでも、オーランド様側が仕方なく婚約するはめになったという事実が、私の心に大きな影を落としていた。



 実はオーランド様と婚約する直前まで、私には他に数名の婚約者候補がいた。


 恋愛結婚が多くなった昨今でも、家同士のつながりのための政略結婚がないわけではない。私はモンヴール伯爵家の長女で、家柄もそこそこ由緒正しい。

 祖母と母は公爵家から嫁いで来たこともあって、その血筋と縁続きになりたいという貴族家は多かった。

 いろいろな理由も相まって私には不相応なほど、そういった話があったらしい。


 その中に歴史の浅いデニラ伯爵家のカール様からの申し込みもあり、年齢的にも丁度いいし、家格も悪くなかったので両親は私とカール様との婚約に前向きだった。


 それでも、申し込みがカール様の他からもそれなりにあったので、家族が取捨選択して『このリストの中で、ライラが一番気に入った者を選ぶといい』そう言われていた。

 カール様への返事は私に一任されていて、そろそろちゃんと答えなければいけないと思っていた矢先に、ある事件が勃発してしまったのだ。



 それは三か月前に催された第一王女様の誕生祭の祝賀会でのこと。


 その日私は、カール様のエスコートでその祝賀会に出席していた。

 今思えば、公にそんなことをすれば、その時点で婚約を了承したと取られてもおかしくないのに考えが及ばなかった私が馬鹿だったのだ。


 私も十六歳、俗に言う年頃の年齢になっている。自分に自信はないけど、それでもみんなと同じように恋愛に憧れを抱いていた。

 だけど、カール様に対しては好きだとか、彼のことが頭から離れない、思い出しただけでどきどきする、そういう感情を持つことができなかった。


 それは他の男性の誰に対しても同様だったから、恋愛面は妥協してこの話を受けるべきか、それとも、恋心を抱ける人が現れることを期待して断るべきか、本当にわからなくなってしまっていたのだ。


 自分の気持ちに悩んでいたとはいえ、そんないつまでもはっきりしない態度でいたのがいけなかったんだろう。

 そのせいで、いろいろな人の思惑が重なって、事件の引き金になってしまったのだと思う。


 カール様は社交的な性格で友人も多い。見た目もその格好良さが噂になるほどだから、令嬢たちからとても人気があった。

 なのにこんな私にも分け隔てなく優しく接してくれる。でも、女性に対して軽いというか、私と一緒にいても、知り合いの令嬢に呼ばれたら私を置き去りにしたまま、そっちへ行ってしまうような気安い性格でもあった。


 それは別に私を蔑ろにしているというわけでもなく、本当に誰に対しても公平に接する、そういった博愛主義的な行動が彼にとっては当たり前のことのようだ。


 きっと私も誰かに声をかけて楽しめばいいと思っているんじゃないだろうか。引っ込み思案な私にそれができるわけもないんだけど……。

 単純に彼は、取り残される私の気持ちまで考えが及んでいないだけだと思う。


 むしろそこまで私のことを考えろと言うほうが酷だろう。もともとカール様が政略結婚相手として以外、私自身に興味をもつわけがないのだから、ずっと相手をしているのも退屈だろうし。


 私は、モンヴール家の娘ということで、婚約の申し込みをされただけだ。もし、モンヴール伯爵家令嬢という肩書きがなくなってしまえば、誰からも相手にされるわけがない。そのことを一番よくわかっているのは自分自身なのだから。


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