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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

コロナウイルスにかかった男の話

作者: さつき


「残念ながら……コロナウイルスにかかっています」


 医者からそれを聞いた僕は、絶望よりも、やっぱりなという気持ちでいっぱいになった。


 僕は、都内に住む会社員で、小さい頃から喘息持ちで身体が人よりも弱かった。まだ、24歳であるが、コロナにかかるとしたら、自分のように持病がある人間だろうと気がついていた。車を持っていないため、電車通勤していたが、きっとそのときにうつってしまったのだろう。もちろん、時間をずらしたら、マスクをしたり、できる限り人のいない場所に行かないように自己防衛を必死にしたりしていたが、気がついたらコロナになっていた。

 治療法は、まだ見つかっていない病気だ。きっと、僕は、一ヶ月もしないうちに死ぬのだろう。


 すぐに病院で隔離されて、毎日3回、窓口から入院食が至急されるようになった。人と話すことも少なくなり、入院してから一度も気分が晴れることはなかった。

 会社はコロナが治ったとしても他の社員と接触させられないということですぐにクビになった。それどころか、『二度と会社に来るな』と命令された。今頃、僕のことはばい菌扱いされているだろう。

 僕には、白石 春という爽やかな顔をした男の恋人がいたが、彼には余計な心配をさせたくなくて、会社の配慮により一時的に田舎に移勤したと嘘をつくことにした。もしも、本当のことを言ったら、彼は僕に愛にこようとしてしまうだろう。そんなことをして、彼までコロナにかかってしまうことが怖かった。


 免疫力がない人間だったので、日に日に状態が悪くなっていくのが自分でもわかった。両親はいなかったため、両親よりも先に死なずに済んだのはよかった。

 テレビでは、米やトイレットペーパーの買い占めがニュースになっている。

 僕がいる病院のトイレットペーパーまで盗まれ、多くの患者が苦しんだらしい。これは、あまりにもひどいと思った。

 こういうとき、個室でよかったと思うが、そういうニュースを聞くと、悲しい気持ちになる。

 マスクについても、やりきれない気持ちになる。あのとき、マスクを買い占める人がいなければ、僕みたいな身体の弱い人はもっといいマスクをして、コロナにかからずに済んだのだろうか。転売する人がいなくてサイズのあったマスクができていたら……。

 そんなことを考えても仕方がないが、考えずにいられなかった。


 入院してから、3日後、呼吸はますます苦しくなった。

 もう長くはない。だけど、春に別れをいう勇気もない。

 どうすればいいのかわからない。

 その時、電話が鳴った。

 春からだ。彼と話せる最後のチャンスかもしれない。そう思って、電話を取った。

「もしもし……」

 かすれた声でそう電話に出た。

「もしもし。ずっと、お前から連絡が来なかったから、心配していたよ。元気だったか」

「……元気だよ」

 僕は、嘘をついた。

「お前、今、どこで働いているの?今度の週末、会いに行くよ」

「春は、コロナのせいで忙しいんでしょう。この間なんて、会社から帰れなかったって行っていたでしょう」

「でも、お前の顔を一目見て安心したいんだ」

 そんな風に言われて、音もなく涙が零れ落ちた。

「ねぇ、春。ずっと前に二人で見た京都の桜、すっごく綺麗だった」

「ああ。それがどうしたのか」

「僕は、この先、あれ以上、綺麗なものなんて見られないと思うんだ」

「……」

 そうだ。

 僕は、一人で生きていた。そして、一人で死ぬと思っていた。

 友達も、恋人も必要ないと思っていた。身体が弱くても、いじめられても、一人で生きていけると思い込んでいた。

 だけど、春に出会って、美しいものをたくさん見た。

 おいしいものだってたくさん食べた。

 誰かと笑い会える楽しさを知った。

 幸せの意味だってわかった。

 もう十分だ。

「お前、もしかして今、病気になっているのか」

 何かに気がついたのか、そう言われた。

 これが本当のことを言う最後のチャンスかもしれない。だけど、病院にかけつけた彼が感染してしまうことが怖い。春が大変な時期に迷惑をかけることが嫌だ。……僕が春に会う勇気がない。

「そうじゃないよ。ただ、春に会えてよかったなって。本当にありがとう」

「どうしたんだ?急に」

「……何でもないよ。ねぇ、春。愛している」

「俺も愛しているよ。なあ、今度の休み。やっぱり、会いに行っていいか」

「うん」

 ……僕は、もう二度と彼にあえないと思いながらも約束をした。

「じゃあ、あとでいる場所のメールを送るよ」

「頼んだ。早くお前に会いたい」

 甘くささやかれた声を聞くと、全身がしびれる気がした。

「……僕もだよ」

 涙声にならないように、気をつけて話した。


 電話が切れると、涙が流れた。

「……っぁ……」

 涙がポタポタと落ちていく。

 だけど、誰もぬぐってくれない。

 もう、手袋越しでしか誰かに触れられることもないだろう。

 マスクをしていない誰かと会話することすらできない。

 この真っ白い部屋で、一人で死んでいく。

 それでも、思い出はいっぱいあった。

 

 ああ、楽しかったな。

 だけど、もっと生きたかったな。

 ずっと、春といられたらよかったのに……。


 自分の欲深さに呆れながらも、宝石のように光り輝く思い出を頭に思い描き続けた。



      *                   *


 大学病院から連絡があり、白石 春のもとに一条 優人が死んだと知らせが届いた。

 彼は、俺に感染するのを恐れて何も言わなかったのだろう。

 すぐに病院に駆けつけたが、結局、遺体に触れることすら許されなかった。そして、遺体は、本人の強い希望により大学で研究されることになっていた。

 優人が死んだなんて理解したくなかったし、受け入れたくもなかった。

 けれど、病院側が嘘をつく理由なんてない

 優人がいたという部屋の前まで、案内されたが、中まで入れてもらうことはしてもらえなかった。しかし、消毒されたという優人の荷物を受け取ったとき、優人が確かにここにいたということを実感した。

「どうして……。何で……」

 できることなら、俺が代わりに死にたかった。

 まだ、彼は24歳だった。こんなに早く死んで欲しくなかった。

 もっと生きて欲しかった。

 ずっと、ずっと、あいつと一緒に痛かった。

 こんな風に死んで欲しくなかった。


 窓から見える風景では、相変わらず人々が不必要な外出をしている。

 ウイルスを撒き散らしているとも知らないで……。


 誰のせいか。

 誰が彼を殺したか。

 考えても理由が多すぎる。


 自分が感染していると可能性があるくせに他国に来た奴ら、マスクやトイレットペーパーを買い占め転売してもうけようとする奴ら、隠蔽しようとしていた中国政府、対応の遅れた政府、ライブ会場などに集まるバカな人間、自分さえ無事なら大丈夫と無意識にウイルスをばらまく若者……。


 全てが憎かった。


 頭にガソリンをかけて火をつけたように、怒りのあまり熱くなる。


「お前らがあいつを殺したんだ!」


「この人殺しが!お前らが……優人を殺したんだ!何でそんなに自分のことばかりしか考えられない!どうして何の罪もないあいつの命を奪うんだ……」

 

 全ての人たちは、自分は悪くないという顔で過ごしている。

 誰も優人に謝らない。

 自分のことで頭がいっぱいな奴らばかりだ。

 悔しかった。

 悔しくてたまらなかった。 

 こんな世界は、壊れてしまえと願った。


 涙はいつまでも止まろうとしなかった。


コロナウイルスの記事を読んでいるうちに、この小説が浮かびました。

読んでくださりありがとうございます。ポイント評価してくださると嬉しいです。

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