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第8話 準備

 仕事を始めてから数日経ち、入力スピードも向上してきた。魔操器(まそうき)はこの世界の様々な場所に浸透しているので、魔操紙(まそうし)の印刷と魔操板(まそうばん)へのインストールは、常に予約が一杯の状態だ。


 それは街の一角にある小さな魔操紙工房も例外ではなく、善司とスノフも休み無く働いている。スノフは工房の奥に住んでいて、ここで仕事をする事は生活の一部でもあり人生の楽しみでもあるので、毎日この場所で作業をしている。


 善司の方は前日に申請すればいつ休みを取っても良く、連休も可能だし1日おきの出勤でも問題ないと言われている。あまりの高待遇ぶりに、日本に居た頃の自分を思い浮かべて少し涙が出そうになった。



「この工房で扱ってる魔操紙の種類って、どれ位あるんだ?」


「ワシの所だと100種類無いな」


「その割に見本になる魔操紙が多いと思うんだが」


「今は使わんようになった物や、新しい見本に置き換わった物も置いてるからな」


「あっちの棚にあるのがそうだろ? 結構場所を取ってるが、捨てたりはしないのか?」



 善司の視線の先には、この工房の壁半分以上を占める大きな棚があり、そこに置いている見本はこれまでの作業で使った事が無い。



「ここも長いことやってるから、捨てるに捨てられなくてな。

 まぁ、記念品みたいな感じで残しているだけだ」


「頼みがあるんだが、その使ってない見本をいくつか貸してもらえないか?」


「ちゃんと返してくれれば問題ないが、お前さん魔操言語(まそうげんご)に興味があるのか?」


「色々入力してみて、いくつかの(パターン)に分かれてることに気づいて、ちょっと興味が出てきたんだ」


「ほぉ、たった数日でそこに気づくとは、お前さんはやっぱりこの仕事が向いてるな」



 学生時代も趣味で自作ツールを作ったり、ゲームの開発に挑戦したりしていた。仕事を始めてからは社長が手当たり次第に、様々な業種のシステムやアプリを受注して来るので、それなりのスキルは身につけてきた。先輩たちは全く異なる開発環境や手法の違いに毎回悲鳴を上げていたが、善司にとってそれは苦にならなかった。


 そしてこの世界には、今まで知らなかった言語で動いているシステムがある。これを自分で自由に制御してみたい、善司は強くそう思っていた。



「同じ魔操器を動かす見本がどう変化していったとか、一つの魔操器に違う役割を持たせるものとか、そんなのがあれば比べながら調べてみたい」


「一つの棚に複数の見本が入ってるのが、お前さんの言ったこれまでに変わってきた見本だ。年代ごとに番号が書いてあるから、数字の小さい順番に並べれば判る。

 二種類の番号が書いていて、左側の数字が同じものが一つの魔操器で使えるもので、右の番号が機能の違いだ」


「ありがとう、スノフさん。

 少し勉強してみるよ」


「あぁ、好きにやってみな」



 スノフはかなり几帳面な性格だったため、こうしてしっかりと管理していたが、それを見た善司が子供のように嬉しそうな顔をしている。変わったやつが来たものだと最初は思っていたが、仕事も真面目で丁寧だし、何より入力間違いが少ない。そんな男が目を輝かせて棚の見本を見ている姿を、スノフは愉快そうに見つめていた。



◇◆◇



 今日の仕事を終え、よろず屋に向かって善司は歩いている。工房からいくつかのサンプルを借りてきて、それを使って勉強するために、紙とペンを買いに行こうとしていた。



「おう兄さん、仕事の方はどうだい」


「おかげさまで毎日続けられてるよ」


「あれは根気のいる仕事らしいが、兄さんに合ってたなら良かったぜ。

 今日は買い物か?」


「あぁ、紙と何か書くものを探してるんだ」


「それなら向こうの棚にあるから、選んできな」



 店の親父が指さした方に行くと、紐で縛った紙の束やペンなどが置いてある。その中からDVDやBlue-rayのディスクが入ったトールケースと同程度の大きさをした紙束と、少し太めの軸の付いたペンにインクを持ってカウンターに行く。



「これを頼むよ」


「おう、毎度あり。

 そういや兄さん、あの双子とはあれからも会ってるのか?」


「毎日会ってるが、何かあるのか?」



 一緒に暮らしている事は告げずにそう問いかける善司に、店の親父は少し顔を近づけて小声で話してきた。



「まぁ兄さんが双子に入れ込むのは勝手だが、母親には注意しろよ」


「見た感じ普通の女性だったが、どうしてだ?」


「精霊の血が混じってるらしいから、見た目は良いんだがな、手を出したら兄さんも不幸になるぜ」


「それは双子を産んだからってやつか」


「あぁそうだ、それに俺は信じてねぇが、近づくだけで呪われたり不幸になるって言う奴もいる」


「彼女はこの街で生まれたんだろ? 昔から知ってる人間も居るのに、何でそこまで言われるんだ?」


「兄さんの居た国ではどうかしらねぇが、ここでは双子を産んだ国が滅んだとか、家族が全員事故で死んだとか、親戚全て病気になったとか、そんな話を子供の頃から聞かされるんだ。だから関わろうとする奴も居ねぇし、誰も助けたりしねぇ、みんな怖いのさ」


「俺からすれば、ただの迷信にしか思えないんだがな」


「信じる信じないは兄さんの勝手だが、あの女が嫁いだ先でも双子が生まれてから、不幸な事が続いているらしいぜ」


「忠告としてありがたく受け取っておくよ」


「そうした方がいい、くれぐれも手を出すんじゃねぇぞ」



 買った商品を受け取って店を後にした善司の顔が、少し難しい表情になっている。この国では犯罪を犯した人間は、奴隷として厳しい末路が待っているため治安も良く、他所から来た者にも寛容だ。街の人達もフレンドリーに接してくれるし、よろず屋の親父も善司の身を案じてあの忠告をしてくれている。


 しかし双子に関しては根深い病巣のように、人々の心を(むしば)んでいた。子供の頃から言われ続けているのなら、それは洗脳に近い状態だ。


 ハルが嫁いだ先は資産家だし、本当に何かあったのならもっと大きな騒ぎになっているだろう。不幸の具体例も出なかったから、ただの噂で間違いない。そんな話に振り回されるのだけは絶対にやめようと、善司は3人が待つ家へ向けて足を進めていった。



◇◆◇



「ただいま、みんな」


「「おかえり~、ゼンジ」」


「お帰りなさい、ゼンジさん」


「もうすぐご飯ができるから、ちょっと待っててね」

「ゼンジはお母さんのこと見てて」


「わかった、今夜のご飯も楽しみにしてるよ」



 嬉しそうに返事を返す2人から離れて、靴を脱いで床に上がる。ハルは上半身を起こそうとするが、善司が片手でそれを制し、額の手ぬぐいを水で濡らして乗せなおした。



「今日は少し帰りが遅かったですね」


「途中でお店に寄って買い物をしていたので、少し遅くなりました」


「毎日働き詰めで、お体の方は大丈夫ですか?」


「明日は休みをもらったので、大丈夫ですよ」


「そうでしたか。

 ここに来てからずっと休みが無かったですし、どこかに出掛けてのんびりされるのが良いと思います」


「明日は調べ物をしたいので、1日この家に居ようと思いますが、構いませんか?」


「はい、ゼンジさんが居てくださるなら安心できます」



 食費は多めに入れているので、この家の栄養事情も良くなってきているはずだが、ハルの症状に変化は無く、寝たり起きたりの生活が続いている。やはり薬を使って根本的に治療する事が必要だが、その為にまとまった収入を得なければいけない、善司はその準備を明日から始めようとしていた。



◇◆◇



 食事が終わり食器の片付いたテーブルの横で、借りてきた魔操紙の見本を並べる。日本のちゃぶ台のような、背の低いテーブルの上に置かれた、小さな明かりでは内容を読み込むことは出来ないが、明日の明るい時間を目一杯使って、簡単なプログラムくらいは作ってみたいと準備している。



「ゼンジ、何してるの?」

「それは何の紙?」


「これは魔操器をどうやって動かすか書いている、魔操紙ってものなんだ」


「ゼンジはこれを作る仕事をしてるんだったよね」

「家でも仕事するなんて、ゼンジは働きすぎだよ」


「いや、仕事じゃないんだ。

 俺はこんな物を作ったりするのが好きだから、どうやって動いてるのか知りたくて、仕事先から借りてきたんだよ」


「ゼンジは変わったものに興味があるんだね」

「細かい文字が一杯で頭が痛くなってきそう」



 2人は目を細めながら広げた魔操紙の見本を見ているが、実際に印刷されるともっと小さな文字で出力される。見本は読みやすいように拡大しているが、無意味な文字の羅列として見るとそう感じるだろう。


 暗い場所で細かい文字を読んで、2人の目が悪くなっては申し訳ないので、簡単にカテゴリー分けして見本をしまっていく。



「俺は明日仕事が休みなんだが、イールとロールはどうする?」


「私たちは狩りに行くよ」

「今の“期”が一番狩りがしやすいからね」


「そうか、あまり無理しないようにな。

 俺も働いているんだから、疲れた時は休んでも大丈夫だぞ」


「うん、ありがとう、ゼンジ」

「最近ご飯がいっぱい食べられるようになったから、平気だよ」


「2人とも偉いな」



 頭を撫でられた2人は、嬉しそうな顔をしてそのまま善司に抱きついて甘えている。ハルの病気だけでなく、イールとロールの苦労や心配も取り去れるように、明日一日である程度の目処が立てられるように頑張ろう、そう考えながら2人の頭を撫で続ける。



◇◆◇



 その日も2人の背中を濡れた手ぬぐいで拭いてあげた後に腕枕をしながら眠る、この家に来てからすっかり日課になってしまっている。寝る前にハルと話をするのもそうだが、善司はその時間をとても心地よく感じていた。


 それは旅に出たいとまで思っていた心の傷が、この世界に来て徐々に癒やされつつあるという事だ。



「ゼンジさんは、どうしてここまで私たち母娘に良くしてくれるのですか?」


「あなたたち母娘と出会えた事を、とても感謝しているという理由もありますが、俺は不自然な仕組み(システムバグ)があると、どうしても修正したくなる性格だからですね」


「それは、やはり双子に関してでしょうか」


「ハルさんと一緒に居ると不幸になるというのはもちろん信じていませんし、イールとロールを見ていても他の子供たちと全く変わりません。

 魔操作が出来ないというのは、双子の持つ何か特別なものが原因で、魔操器が誤動作を起こしたり反応しないだけじゃないかと思っているんです」


「この世界に来てたった数日で、もうそんな事を考えてらしたのですか」


「元の世界に居た頃から、こういった事は得意でしたから」



 何種類かの魔操紙を印刷してきたが、そこには必ず共通となる部分が存在した。そういった部分に、情報やデータの入出力に相当するコードが存在するはずだ。


 普通の人と双子で、触ったり動かしたりする時に流れる情報が違うのだとすれば、魔操作が出来ない理由としてはしっくり来る。


 とは言え、いきなりそんな深い場所まで手を入れる事は難しいだろうから、まずは基本の動作となる部分を理解して、新しい機能の追加や最適化による速度向上とか、プログラムサイズの削減などを目指してみよう。



「私には難しすぎてゼンジさんの仰ることは十分理解できませんが、お仕事先から色々と持ち帰ったのはその為だったのですね」


「まずは簡単な部分から試していって、もっと深い所にたどり着ければ良いと思っています」


「この子たちの明るい未来に繋がるのでしたら、私も協力しますので遠慮なくおっしゃって下さい」


「はい、その為にもまずはハルさんの病気を治す事を考えましょう」


「ゼンジさん……ありがとうございます」



 少し泣きそうな笑顔で善司の方を見つめるハルと、その後も少しだけ話しをして2人は眠りについた。


ホワイト雇用主(笑)

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◇◆◇◇◆◇◇◆◇◇◆◇◇◆◇

新しく連載も始めています

いきなりドラゴニュートの少女の父親になってしまった主人公が
強化チートを使いながら気ままに旅する物語
色彩魔法

【完結作】
異世界転移に巻き込まれた主人公が
魔法回路という技術の改造チートで冒険活動をする物語
回路魔法
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