龍前 善司
連続更新で二話追加しています。
最新部分から飛ばれた方は、前にもう一話ありますのでご注意ください。
――この世界に来てから、一年半が経とうとしていた。
イールとロールは十四歳になり、あと一年もすれば結婚できるようになると喜んでいる。魔物狩りにも時々でかけ、リリの作ったソニック・ロッドで中型魔物程度なら難なく倒せるようになった。囲まれて苦戦しているパーティーの手助けをすることも時々あるらしく、この界隈ではちょっとした有名人になっていて、使っている武器の良い宣伝になっているみたいだ。
ニーナとホーリはお菓子作りの腕をメキメキと上達させ、今では露店の一角に販売コーナーを作って売ってもらえるまでになった。ヘルカとトルカが自分の家を一部改装して、お菓子作りに便利な厨房にしてくれたので、そこに通いながら充実した日々を送っている。2人のお菓子は街の人達にも好評で、店を作って独立しないかとオファーも来ていたが、本人たちは趣味の延長で作っているからと断ったらしい。
ヘルカとトルカは両親の教育方針で様々な事を学んできた知識を活かし、ハルに花の世話の仕方を教えたり、収入が増えすぎて処理しきれなくなったトライスターの資産管理をやってくれている。魔物狩りにも行っているが、2人の持つ特技を活かしたシンクロ行動で華麗に倒す姿は、女性冒険者の憧れになっているらしく、一部の人から“お姉さま”と呼ばれる事があると、恥ずかしそうに教えてくれた。時間がある日はミシンを使って服作りをしていて、既にベビー服が何着も完成している。
リリは自分の持っているアイデアや、地球で使われていた家電製品の知識を融合させた魔操器を次々開発していき、掃除機や洗濯機を世に送り出している。もちろん、ただゴミを吸い込んだり、洗濯槽を撹拌するだけという単純なものではない。掃除機の吸い込みヘッドはブラシが回転してゴミを掻き出すようになっているし、洗濯機は温水で洗ったり脱水したり、そのまま温風乾燥まで出来る超多機能製品だ。
チサは徐々に増えてきた複数の処理を同時にする魔操器の見本開発で、忙しくも充実した日々を送っている。夫婦関係も良好で、成長した姿や結婚した事実が魔操組合に伝わると、全国の関係者を驚かせた。大きく成長した事で気軽に膝の上に座れなくなったと愚痴っていたが、今でもよく座りに来て甘やかな時間を過ごしている。それから、家族が増えてきた時のために、チサの持っている土地とは境界を無くして地続きにして、家も二軒を合体させる事を提案してくれた。
そしてハルは少し前から、目の前にある扉の向こうに入ってしまった――
◇◆◇
善司は先程から扉の前を行ったり来たり、落ち着き無く歩き回っていた。
「少しは落ち着かんかゼンジ、ワシが抱きしめてやるからここに座るんじゃ」
「すまないチサ、初めての経験だからどうしても不安になるんだ」
椅子に座り前に立ったチサに頭を抱きしめて撫でてもらうと、少しだけ落ち着いてくる。扉の前にいた家族は、手を握ったり肩に手を置いたり背中をさすったりして、落ち着かせようとしてくれる。
「大丈夫だよゼンジ、お母さんは初めてじゃないもん」
「私たちをちゃんと産んでくれたんだから心配ないよ」
「……ヘルカお姉ちゃんとトルカお姉ちゃんがついてるから平気です」
「……何度もお産のお手伝いをした経験者ですから」
本当はそばにいて手を握っていてやりたいが、この世界では出産の場に男性が立ち入るのは禁忌らしく、いつもは地球の常識も受け入れてくれる家族みなに反対され、こちらの風習に従うことにした。
「これから先もゼンジの子供はたくさん生まれるんだから、少しづつ慣れていったらいいと思うよ」
「ありがとうみんな、情けない父親でゴメンな」
「そんな事はないんじゃよ、ワシらはみんな家族なんじゃ、お互いに支え合っていけば良い」
チサが頭を優しく撫でながらそう語りかけてくれた時、部屋の扉が開いてヘルカが外に出てきた。
「無事、元気な赤ちゃんが産まれましたわよ」
全員で部屋に入るとベッドの横にトルカがいて、少し疲れた表情を見せているハルだったが、こちらに気づくと微笑んでくれる。その隣には産湯できれいに洗ってもらった赤ちゃんが、手作りのベビー服を着せてもらっていた。
「ハル! 大丈夫か?」
「えぇ、ゼンジさん心配いりませんよ」
「ありがとうハル、俺の子供を産んでくれて」
「私の方こそ、女の幸せを再び手にすることが出来ました。
それに双子を生んだ母親は呪われていて、次に生まれる子供も双子なんだって迷信を、ゼンジさんが打ち破ってくれたんです」
妊娠がわかってからずっと不安そうにしていたが、そんな迷信は信じなくていいと言い聞かせてきた。それにたとえ双子だったとしても、この家族と一緒なら大歓迎だ。ハルの頭を撫でながら隣に目を向けると、黒い髪の天使が眠っている様に見える。
「この子は男の子ですわよ、いい名前をつけてあげましょうね」
「髪の毛の色はゼンジと同じだね」
「目元はお母さん似かな」
「……手がちっちゃくて可愛い」
「……ほっぺたもプニプニしてる」
「赤ちゃんってほんとに可愛いね、ボクも頑張るよ」
「さっさと家の改築工事を済ませて、ワシもゼンジの子を宿せるように励むとしよう」
名前の候補はハルといくつか考えているが、どれにするかはまた全員で話し合って決めよう。それに、女性ばかりだったこの家族に男の子が加わり、内心かなり嬉しかったりする。男同士でしか出来ない遊びもあるだろうし、成長したらキャッチボールなんかもやってみたい。
この世界で手に入れた幸せは、みんなのお陰でどんどん大きくなってきている。これから更に人数が増えていっても、笑顔と優しさがあふれるこの家庭をずっと守っていきたい。生まれたばかりの子供を見ながら、嬉しそうに話をしている家族の姿を見て、固く心に誓った。
―――――・―――――・―――――
善司とハルの子供が生まれて、半年ほど経過した。
善司の名前から濁点を抜いて“セ”の文字をもらい、ハルの名前から“ル”をもらった2人の愛の結晶は“セイル”と名付けられ、健康にすくすく成長している。かなり元気な子供でよく動き、もうお座りも出来るようになった。色々な事に興味を持って手で掴もうとするので、危ないものを近くに置かないようにする配慮が大変だが、家族全員が手伝ってくれるのですごく楽だとハルも喜んでいる。
◇◆◇
今日はイールとロールの2人だけで、魔物狩りに来ている。ヘルカとトルカの妊娠がわかったので、しばらく前から魔物狩りはお休みにしているからだ。
「セイル君、今日も元気だったね」
「赤ちゃんってすぐ大きくなるからすごいね」
「口の中にちっちゃい歯が生えてて可愛かったなぁ」
「私たちも赤ちゃんの時って、あんな感じだったのかな」
「すごく良く動くようになったし、私たちの時はお母さん大変だったろうな」
「今はすごく楽って言ってたから、これもゼンジのおかげだね」
赤ちゃんの成長を見守ってきて、自分たちを1人でここまで育ててくれた母の偉大さを、イールとロールは知る事になった。そして同時に、そんな母と再婚して笑顔と安らぎを与え、ずっと欲しかった姉弟を授けてくれた善司に、より一層心を惹かれてしまっていた。
「ゼンジと出会ってもうすぐ二年になるね」
「この森のもう少し奥だったよね」
「変わった服を着て魔物と睨み合ってた姿は、今でも思い出せるよ」
「でもあれが“まさに運命の出会い”だったんだね」
そんな話をしていた2人の耳に、微かに叫び声が聞こえてきた。小さな子供のようなその声には、聞き覚えのある単語が含まれている。
「ローちゃん、あっちに誰か居るよ!」
「うん、私にも聞こえた、急ごう!」
2人は声の聞こえた方へ、一気に加速して走っていく。こんな森の奥に子供は滅多に入るはずがないから、何か危険な目にあっているのは間違いない。それに聞き間違いでなければ、自分たちがいつも口にしている言葉を叫んでいたはずだ。何かの予感を感じながら、2人は森の中を急いだ。
―――――*―――――*―――――
気がつくと森の中に立っていた、確かコンビニに行こうとして玄関のドアを開けたら、急に目の前が真っ白になって、思わず目をつぶってしまった。
「……るりちゃん、ここどこ?」
「……わからないよ、るみちゃん」
少女たちは周りの景色がが突然変化した事に、思考がついていけなかった。その場で辺りを見回しながら、お互いの手を握り狼狽えるだけの2人の視線の先を、黒い影が横切った。よく見ると犬のような体の上に顔っぽいシルエットがあり、そこには赤く光る二つの光点がある。
赤くて丸いものは動物のような目をしているが、それ自体が光を放っているみたいに良く目立ち、ユラユラと炎のように揺らめいている。体も漆黒でその周りも揺らめく黒い霧のようなものに包まれていて、こちらを見据えたまま微動だにしなかった。
「これってゲームの世界?」
「お兄ちゃんに見せてもらった事あるけど、違うと思う」
2人はお互いに抱き合い、目の前に現れた未知の存在に怯え、その場から動けないでいた。その赤く光る眼を持った動物のような何かは、じっとこちらを睨みつけたままだ。何となく目を逸らしたら襲われると感じ、逃げ出すことも出来ずに暫く時間がすぎるが、やがて限界が訪れた。
「……お父さぁん」
「……お母さんどこぉ」
緊張に耐えきれず目に涙を浮かべ、きつく抱きしめあったまま今の状況に耐えていた2人は、二年前に突然行方不明になった大好きな人の名前を無意識に叫んでしまう。
「「善司お兄ちゃん、助けてーーーーーーーーーーっ!!」」
その声が届いたのか、背後の森の中から2人の女の子が飛び込んできた。アニメキャラのような、少し赤っぽい青色のきれいな髪の毛をした女の子が魔物の方を見据え、魔法少女が持つようなステッキを構える。そしてステッキに付いているボタンを押すと、今まで自分たちを睨んでいた黒い物体が、揺らめきながら消えていった。
「ねぇ、2人とも大丈夫?」
「怪我とか痛いところはない?」
2人は少し放心していたが、突然この場に現れた中学生くらいの女の子に助けられたんだと理解できた。
「「……えっと、ありがとうございます」」
「どういたしましてー」
「それよりこんな所でどうしたの?」
「私たちも良くわからないんです」
「家から外に出たらここにいたの」
「そうだったんだ、ともかく無事で良かったよ」
「名前を聞かせてもらってもいい?」
「私の名前はイール」
「私はロールっていうんだよ」
「私は沼田 瑠美子って言います」
「私は沼田 瑠璃子です」
「なんか長い名前だね」
「そう言えば、ゼンジも“リュウマエゼンジ”って言ってたね」
「「えっ!? 善司お兄ちゃんのこと知ってるの」」
「ゼンジは私たちの家族だけど……」
「もしかして2人も“ニホン”って場所から来たの?」
「そっ、そうです、日本から来ました!」
「善司お兄ちゃんは二年前から行方不明になってたんだけど、ここに居るの!?」
「うん、ゼンジは近くの街で私たちと一緒に暮らしてるよ」
「夕方には帰ってくるから、うちに来る?」
善司と同じ日本からの転移者がこの世界を再び訪れ、新たな物語がここからはじまる――
魔操言語マイスター[完]
蛇足的な話でしたが、筆者はこうやって登場人物たちは、この先も生活していく的な終わり方が好きなんです(笑)
この後に活動報告の方に後書きみたいなものを投稿して、更のこの続きを書いています。
よろしければそちらもご一読いただけると、さらに味わい深くなるかもしれません?(疑問系)
最後に登場した二人のプロフィールは資料集に追加しますが、そこには主人公がこの世界に来た理由がシレッと書いています(笑)
◇◆◇
余談ですが、主人公の両親は2人ともかなり肝が据わった人物で、息子が突然行方不明になったと聞いて、心配はするものの連絡もなしに死ぬことはない筈だから、必ずどこかで生きてると信じていました。直前まで一緒に仕事をしていた会社の同僚の証言や現場の状況から、失踪や事件事故の線も薄いと判断されているので、昔からの悪い癖で誰かに何か頼まれて断りきれずに連絡のつかない場所で人助けでもしてるんだろう、というのが両親の予想。