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第82話 変化

 午後の便でエンの街まで戻ってきて、スノフに報告とお土産を渡した後に家へと帰る。明日も休みをもらっているので、早く帰ってのんびりとしたい。家族と話したい事もたくさん出来たし、やはりハルたちの作る料理が恋しい。この世界に来て初めての出張だったが、思った以上にストレスになっていたようだ。



「みんな、ただいま」「いま戻ったのじゃ」「ただいまー」


「ゼンジさんっ!」



 ハルがリビングから飛び出してきて(すがり)りつくと、もう離さないとばかりに強く抱きしめてきた。今まで見たことのないその姿に、少し戸惑ってしまう。



「ハル、ただいま」


「ゼンジさん……良かった、帰ってきてくれて」



 背中に手を回しながらハルの頭を優しく撫でるが、こちらを見つめる瞳は潤んでいて、かなり寂しい思いをさせてしまったみたいだ。



「初めての出張だったけど、今日はどうしたんだ?」


「えっとね、ゼンジってこの世界に突然飛ばされてきたって言ってたから、もしかしたらまたどっかに行っちゃうんじゃないかって、心配してたんだよ」

「朝はまだ大丈夫だったんだけど、時間が経つとどんどん不安になってきちゃったんだ」


「そうだったのか、気づいてやれなくてゴメンな」



 左右から抱きついてきたイールとロールの頭を撫でていると、ハルも次第に落ち着いてきたのか、抱きしめる力が弱くなってきた。



「ゼンジがどこかに飛ばされそうになっても、ワシが引き止めてやるから心配するでない」


「ボクも絶対にゼンジの手を離さないから、大丈夫だよ」



 ハルたちが離れていった後に、他の家族も1人づつ抱きしめて頭を撫でていったが、みんなが抱えていた不安の正体を聞き、自分の至らなさを反省した。この世界に来た原因を転送事故だと考えていた時期もあったが、チサと出会って話をしてからは、もうそんな事は起こらないだろうと勝手に考えていた。


 互いにリンクさせた空間を入れ替えるという転送技術は、かなり多重の安全対策(セーフティー)がかけられているが、技術や安全に絶対は無いというのは元の世界でも同じだった。これから先も王都に行く事はあると思うので、その度にこんな心配をかけないように、この世界から絶対に離れないくらい、しっかりと根を下ろしていこう。



◇◆◇



「……あのプルプルとして中に果物の入ったお菓子、すごく美味しかったです」

「……ゼンジさんたちの買ってきてくれた材料を使って、今度挑戦してみますね」


「同じ材料がここでも手に入るか、お店で聞いてみないといけないわね」



 王都の屋台で買ってきたフルーツゼリーは全員に好評で、ニーナとホーリは同じ物を再現することへ闘志を燃やし、じっくり味わいながら何を使って甘みをつけているのか研究していた。



「チサちゃんの選んでくれたお菓子も、どれも美味しそうだったね」

「明日から午後のおやつの時間が楽しみだよ」


「日持ちのするものを選んどるから、暫くのあいだ楽しめるぞ」



 全員で湯船に浸かりながら話をしているが、こうしていると我が家に戻ってきたという実感が強く湧いてくる。たった半日程度の出張だったが、やはりこの家族と住む今の環境は手放したくない。楽しそうに今日の話をするチサの顔を見ながら一つの決心をする、みんなの笑顔を守ってくれた彼女には、自分のできる最大の誠意を見せよう。



「やはり王都というのは、様々なものが揃っているのですね」

「元いた国の商隊の方々にもお話をしていただいた事がありますが、その度に新しい話題が聞けるので飽きませんわね」


「でも、やっぱり食事はみんなが作ってくれた物の方が好きだな」


「旨い店はいくらでもあるが、毎日食べても飽きん味とは別物じゃからな」


「研究所で出してくれたお昼もすごく美味しかったけど、余計この家の料理が恋しくなったね」


「これからもそう言ってもらえるように頑張るわね」



 こちらの方を見ながら、お湯の中で握りこぶしを作って気合を入れるハルは、とても可愛らしい。そっと近づいて頭を撫でると、嬉しそうに隣に来てそのまま肩に頭を乗せてくる。ハルは前夫に嫁ぐ前に母親から料理を少し習っただけで、あとは独学で身に付けたらしい。優しく繊細な味付けは、日本風に言うと“おふくろの味”みたいな感じで、小料理屋なんかを開けば繁盛しそうだ。夫婦二人でそんなお店の厨房に立つ姿を、少しだけ想像してしまった。



◇◆◇



 お風呂を上がった後はいつもの様に、大部屋のベッドやソファーでそれぞれくつろぎながら話をする。リリのしっぽを乾かしているドライヤーもまだ試作品だが、今日の講演が終了した事で、魔操核の新しい機能発表を行うと同時に承認が降りるらしいので、すぐに正規品に変わるだろう。


 そして今日は、チサと2人で寝たいと告げ、今は膝枕をしながら頭を撫でてもらっている。



「ゼンジは本当にワシの膝枕が好きじゃな」


「膝の上に座ってもらう時もそうだけど、チサと触れ合ってるとすごく落ち着くんだ」


「ワシの事を精神安定に使ってもらっては困るが、こうしている時間が苦にならんようになったのは、ゼンジの悪い影響を受け続けたせいじゃな」



 うっすら笑みを浮かべながら、指で優しく髪の毛を()いてくれるが、その所作から感じ取れる雰囲気は外見とは程遠く、母性のようなものがにじみ出ている。



「今日は魔操組合に行った時も、会議室で膝の上に座った時も、かなり驚かれたな」


「ワシが誰かと手をつないだり、膝の上に座ったりする姿など、あやつらにとっては悪夢の様なもんじゃろ」


「でも落ち着いて発表ができたから感謝してるよ」


「連中に一泡吹かせることが出来て、ワシも満足じゃ」


「チサが頭を下げた後に、研究所の所長は完全に放心してたもんな」


「実に愉快じゃったな」



 2人で顔を見合わせ、その時のことを思い出すと、笑いがこみ上げてきた。ひとしきり2人で笑った後、真面目な顔を作りながらチサの膝から起き上がる。



「すごく真面目な話をしたいんだけど構わないか?」


「何じゃ改まって、無理難題でなければ聞いてやるぞ」



 場の雰囲気が変わった事を察したチサも居住まいを正し、ベッドの上に座り直した。部屋の明かりを反射してきれいに光る、吸い込まれそうな青い瞳を見つめながら、今の気持ちをチサに伝えていく。



「今日は本当にありがとう。

 チサのお陰で、この家族の笑顔と幸せを守ることが出来た」


「昼間も言ったが、ワシは今の状況を利用して、自分のやりたくない事を回避しただけじゃ。

 感謝してくれるのは嬉しいが、そこまでする必要はないから、頭を上げるんじゃ」


「それで改めて思ったんだ……

 俺はやっぱりチサのことが好きだ、1人の女性として愛している」



 下げていた頭を元に戻し、真っ直ぐチサの目を見ながらそう告白したが、一瞬だけ視線を下に落とし再びこちらを見つめてくれる。



「今の告白に近いことを言われるかもしれんと思っとったが、いきなり直球で攻めてきたの」


「俺の素直な気持ちだから、飾っても仕方ないしな」


「成長の止まってしまったワシでは、ゼンジを受け止めきれんが構わんのか?」


「チサとそういう関係を望んでいないと言ったら嘘になるけど、今の姿でいる間は隣りにいて一緒に歩んでくれるだけで十分だよ」


「なかなか正直なやつじゃが、やはりワシに欲情する変態じゃったな」



 チサは優しく微笑みながら近づいてくると、そっと手を握って指と指を絡ませてくる。



「愛してるよチサ、俺と結婚して欲しい」


「なら、ワシの初めてをもらってくれ」



 指を絡めたまま2人は近づき、くちびる同士を重ね合った。



◇◆◇



「しかし、ワシから見れば年端(としは)もいかん子供のような年齢の男に、(ほだ)される日が訪れるとは思いもせなんだわ」


「俺もチサを恋愛対象として見られるか自信がなかったけど、こうしているとやっぱり愛する女性(ひと)なんだって思えるよ」


「いつもと同じ様に膝の上に座っとるだけではないか」


「お互いの気持ちを確かめ合えたから、同じ行為でも違う感じになるんだよ」



 ヘッドボードに背中を預け、伸ばした足の上にチサを乗せて後ろから抱きしめているが、この小さくて頼りになる先輩が自分の妻になってくれたという事実は、同じ行為を全く別のものにしてくれた。今までは小さくて弱いものを庇護(ひご)するような感覚が少なからずあったが、今は愛しくて大事なものを守るという気持ちに変化している。



「しかし、今まで成長せん体は面倒と思うだけじゃったが、こうして好きな男に抱かれておると、ちと悔しくなるの」


「チサにはチサの歩調や速度があるんだから、無理に周りに合わせようとせずに、自分の生きやすい速さで構わないよ」


「ゼンジのそういう所にワシは惚れたんじゃろうな……」



 チサは膝の上でくるりと器用に回転すると、そのまま顔を近づけてくちびるを重ねる。そのまま2人でベッドに横になると、腕枕をしながら眠りについた。



◇◆◇



 夜中ふと何かを感じて目を覚ますと、隣にいるチサが寝苦しそうにモゾモゾと動いていた。



「眠れないのかチサ」


「すまん、起こしてしまったか」


「いや、それはいいんだけど、チサの体がちょっと熱くなってるぞ」


「数年に一度くらい、こうして体の中が熱を持ったようになるんじゃ」


「病気じゃないんだな?」


「いつも次の日の朝には元に戻るから心配はいらん」


「苦しくなったりしたら俺を叩き起こしていいからな」


「いつもは1人で波がすぎるのを待つだけじゃが、今夜はゼンジがおるから安心じゃよ」


「何か俺に出来ることはないか?」


「ならワシを抱きしめて頭を撫でてくれんか」


「わかった、俺がついてるから安心して眠ってくれ」


「……やはりお前と触れ合っとるのが一番落ち着くよ」



 少し熱を持ったチサを抱きしめて頭を撫でていると、荒かった呼吸も落ち着き、穏やかな寝息に変化していった。それを確認した後に、もう一度頭を優しく撫でて眠りについた。




―――――・―――――・―――――




 再び何かを感じて目を覚ますと、そこは真っ白の空間だった。存在するものは自分と、目の前に立つ赤い髪の女性だけだ。その女性はこちらをまっすぐ見ていたが、目が合うとほほ笑みを浮かべながら近づいてきた。


 身長はヘルカやトルカよりも高く、赤くてサラサラのストレートヘアは腰の辺りまで伸びている。スタイルも2人に劣らないほど均整が取れていて、こちらを見つめる目は吸い込まれそうに綺麗な青色だ。



「久しぶりねゼンジ」


「もしかして、チサが酔った時に出てきた人物なのか?」



 妖艶な笑みを浮かべる二十代の容姿を持った人物はチサの面影を色濃く残していて、見る者を惹きつけてやまない魅力がある。



「そうよ、あの時は楽しかったわね」


「確かチサは精霊の血が表に出てきたと言ってたな」


「正確にはちょっと違うわね。

 私はあの子の未来と言ったところかしら」


「チサは将来こんな美人になるのか、本人が知ったら喜ぶだろうな」


「ふふふふふ、こんなに不思議な事が起こってるのに、それを真っ先に思いつくなんて、あなたはやっぱり面白い人ね」



 未来の姿というチサは、にっこり笑いながら首に手を回してくると、そのまま軽い口づけをしてきた。絶世の美女と言っていい程の人物に近づかれるとドキドキするが、彼女がチサだとわかると愛おしい気持ちになって狼狽えずに済んだ。



「これはどういった状況なのか聞かせてもらってもいいか?」


「今日はあなたにお礼を言いに来たのよ。

 (チサ)を愛してくれてありがとう、やっと血の束縛が解けたわ」


「血の束縛って、もしかしてするとチサが成長しなかったのはそれが原因か」


「やっぱりゼンジは察しがいいわね」


「そうか、スノフさんも心配してたし、良かったよ」


「どんな姿になっても愛してくれる?」


「当たり前じゃないか、チサはもう俺の大事な女性だ」


「この姿になるにはまだまだ時間がかかるけど、新しい(チサ)に驚かないでね」


「えっ!? 新しいチサって、もう何か変化があったのか?」



 その問いかけに答えること無く、未来の姿をしたチサは微笑みながら手を振って、白い空間に溶けるように消えていった――


チサ(合法○リ)と、やっとそんな関係になれました(笑)

日数はそれほど経ってませんが、話数は無駄に長かった……


そして次話はお約束(?)のアレです。

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◇◆◇◇◆◇◇◆◇◇◆◇◇◆◇

新しく連載も始めています

いきなりドラゴニュートの少女の父親になってしまった主人公が
強化チートを使いながら気ままに旅する物語
色彩魔法

【完結作】
異世界転移に巻き込まれた主人公が
魔法回路という技術の改造チートで冒険活動をする物語
回路魔法
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