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第81話 願い

雷雨が凄いので早い時間に更新。

 今日の講演は善司が中心になって発表を行い、チサとリリは技術的な質問に答えたり、従来の技術や実装方法との差を説明していく。


 研究所の方でも、こちらから渡した資料を元に検証作業をしていたみたいだが、優秀な者が集まっていても、チサの開発能力やリリの器用さには及ばないらしく、デモのために用意した温風を吹き出しつつ外装の一部が光りながら回るという、紫の魔操核を利用した風・発熱・光・移動の四並列同時発動の魔操器は驚かれた。



「今までの魔操器の歴史を塗り替える大事件ですが、皆様はこの発見をどうされるおつもりなのでしょうか」



 魔操研究所の所長が不安そうな顔でこちらを見つめてくるが、まさか民間からこのような革新がもたらされるとは思って無く、前例もないために報奨や特許利用料(ロイヤルティー)などを、どう処理するか結論が出ないからだ。



「先程も申しましたが、私たちは権利を主張する気はありませんし、広く普及させてより良い魔操器の開発に繋がれば十分です」


「しかしこの事実の発表をどうするかという問題もございますので」


「やはり3人には研究所に所属していただくのが一番かと思います」


「3人は技術や知識もお有りですから、我々にとっても大変意義のある事です」


「ワシらはいま住んどる場所から移住するつもりはないし、発表なら研究所の発見としておけば良いじゃろ?」


「流石にそれは我々といたしましても……」



 議論が堂々巡りしている原因の一つが、研究所のこういった態度だ。彼らはいわゆるエリート集団なので、他人の発見を自分たちの手柄とする事に、かなり拒絶感を示している。



「お住まいいただく場所や待遇など全てそちらの希望通りにいたしますし、他にご家族の方がいらっしゃるなら全員で移住して頂いても構いません」



 どうしても研究所に取り込みたいらしく、様々な条件をつけてこちらを納得させようとしてくる。



「やれやれ、これはもうアレを突きつけるしか無いの。

 リリよ、昨夜話した事じゃが構わんな?」


「うん、いいよ。

 ボクも研究員になるつもりはないからね」


「ゼンジは今からワシらがする事を、黙って見ていてくれるか」


「わかった、チサに任せるよ」



 昨夜2人でどんな話をしていたか知らないが、恐らくこういった事態をチサは想定していたんだろう。それはこうして3人の親密ぶりをアピールし続けていた態度にも繋がるはずだ。




―――――*―――――*―――――




 王都への出発前夜、善司の部屋でお風呂上がりの時間をいつもどおり過ごした後、チサは自分の部屋ではなくリリの部屋に入っていった。ベッドに2人で上がって向き合うが、チサの顔はとても真剣な表情をしている。



「リリはいま幸せか?」


「そんな事聞くまでもないよ。

 ゼンジと出会ってみんなの家族にしてもらって、結婚までしてもらえたんだもん、これ以上の幸せはないよ」


「もしゼンジが王都に引っ越そうと言えばついて行くか?」


「どうしても行きたいって言うならついて行くけど、ゼンジはそんな事言わないんじゃないかな」


「まぁそうじゃろうな」


「それに行くなら家族全員じゃなきゃ嫌だよ」


「王都は王族の影響力が強いから、双子やその母は住みにくくなるじゃろうな……」



 そう言ってチサは難しい表情をする。


 双子やその母親への偏見が根強いこの国で、この家族が何不自由なく暮らしていけているのは、エンの街が少し特殊だからだ。余所(よそ)から来たものにも寛容で、住人同士の横のつながりが強いが、変な噂が立たなければ非常に住みやすい。ハルたちの場合はそれが仇になって、孤立する事になってしまったが、善司がその状況を一変させると今度は良い方向にそれが働き、今では成功物語(サクセスストーリー)の様に語られている。


 善司本人は気づいていないが、地球で言うところの“白馬の王子様”と同様に見られる事もあり、住人たち……特に女性たちの密かな人気者だ。しかし、そんな経緯を誰も知らない王都で、一から生活基盤を築くのは難しいだろう。善司は奴隷商にも気に入られているので、他の街でもある程度好意的に受け止めてもらえると思うが、それとて王家の影響を覆せるものではない。



「ねぇ、チサは今の生活って幸せ?」


「百年以上生きてきて、今が一番充実しとるし、家族というものを再び得ることが出来たから幸せじゃよ」


「チサもやっぱりゼンジの事が好きだよね」


「好きか嫌いかと聞かれれば好きじゃな……いや、今は正直に話そう。

 ゼンジが夫婦(めおと)になりたいと言うなら、受け入れるつもりがあるほど好きじゃよ」



 それを聞いたリリは嬉しそうにチサに抱きつき、しっぽを大きく揺らしている。



「ボクの部屋に今日来たのは、明日王都でそんな事を言われるってチサは考えてるからだよね」


「明日は間違いなく研究所に勤めないか誘われるじゃろうな」


「研究員なんてボクの柄じゃないよ、それよりみんなの生活に役立つ魔操器を作るほうが好きだよ」


「ワシもつまらん研究に時間を割くくらいなら、魔操核の新しい機能を存分に活かす見本を作る方がマシじゃ」


「研究所の誘いって断りにくいの?」


「あやつらは技術や情報の囲い込みに必死じゃから、しつこく誘われるのは目に見えるの」


「じゃあ何か断る理由を探しておかないとダメだね」


「その事でリリにも協力してほしいんじゃが――」




―――――*―――――*―――――




 チサは善司の膝を降りると、リリと手を繋いで机の前に歩いていく。そして全員の顔をゆっくりと見渡すと、静かに語り始めた。



「皆はワシが精霊の血を濃く受け継いどって、王都に来てからも全く成長しとらんのは知っとるな?」


私共(わたくしども)の中にも、何十年も前からお姿を拝見している者も多いので、よく存じ上げております」


「そしてな、ここにおるリリは大陸北部生まれで、獣人の血を濃く受け継いどる」



 リリが羽織っていたジャケットを脱いで机の上に置くと、空間操作を解除して耳としっぽを露出させた。緊張しているのかしっぽには力がないが、会議室に集まった人をまっすぐ見据え、よく見えるようにその場で一回転する。



「「「「「「「「!!!!!!!!」」」」」」」」


「今の家族にはワシやリリの他にも、精霊の血を受け継いだものが三名おるし、三組の双子とその母親も一人おって、全員がゼンジの嫁じゃ」


「「「「「「「「・・・・・・・・」」」」」」」」


「そんなワシらを、ゼンジは何一つ気負うこと無く受け入れてくれとる。

 そしてエンの街に住んどる連中も、ワシらや双子にも好意的に接してくれるが、王都でそれが出来ると思うか?」


「……そっ、それは非常に難しいかと思われます」


「今日この場におる者たちは、ワシやリリがゼンジと良い関係を築けておるのはわかっとると思うが、他の家族とも全員同じ様に付き合っとる」


「お風呂も全員で一緒に入りますし、寝るのも順番でゼンジと一緒なんです」


「王都で暮らしにくい者たちを連れてきて不幸にさせたり、ましてや別れろとは言うまい?」


「流石にそのような事は口が裂けても申しあげられませんが、しかし……」


「様々な事情を抱えたワシらが、やっと手に入れた幸せなんじゃ……

 それを壊すような事はしないで欲しいんじゃよ、聞き入れてもらえんじゃろうか」


「お願いします」



 その日、王都の魔操組合本部と研究所に、チサが地位や名誉より一人の男との幸せを、頭を下げながら願ったという話題が駆け巡った。その場に居なかった者には信じられない話だったが、真剣な表情でその様子を語る幹部たちと、放心状態で職場に戻るなり早退してしまった研究所所長の行動で、それを事実として全員が受け止めていた。



◇◆◇



 3人で手を繋ぎながら街を歩いているが、少し気を抜くと全力でチサを抱きしめて頬ずりしたくなるほど、善司は嬉しい気分で一杯だった。



「やれやれ、とんだ醜態を晒してしまったの」


「昨夜チサがボクの部屋に来て、明日はきっとこうなるだろうから、はっきり断れる理由を考えようって言ってくれたんだ」


「そうだったのか、チサには本当にお世話になりっぱなしだな」


「ワシとて研究員などになりたくはないから、今の状況をうまく利用しただけじゃ」


「それにリリも協力してくれてありがとう、嬉しかったよ」


「家族がつらい思いをするのは嫌だから、あれ位どうって事ないよ」



 チサとリリが頭を下げてお願いしてくれた事で、研究所へのスカウトはご破算になった。研究所の所長はチサたちの姿を見てかなりの衝撃を受けてしまったらしく、こちらの問いかけにも反応できない状態になり、所員たちに連れられて退出してしまった。最終的に魔操組合の組合長と専務が研究所の幹部たちを説得して、今後も新しい発見があれば全て報告するという条件で納得してもらった。



「チサがずっと手を繋ぎっぱなしだったり、膝の上に座ったりするから何かあるんだろうなとは思ってたけど、全てあの時のためだったんだな」


「ワシの計画通り効果があったじゃろ?」


「ボクもみんなの前で少し恥ずかしかったけど、ちゃんと仲のいい所を見てもらえて良かったよ」


「おかげで今までと同じ生活を続けていけるし、俺ももっと頑張るからな」


「その辺は今後に期待するとして、まずは買い物じゃ。

 王都のうまいものを紹介してやるから、遅れずについてくるんじゃぞ」



 手を引きながら先に行こうとするチサを慌てて追いかけ、王都にある繁華街へ連れて行ってもらう。エンの街ではあまり見ないおしゃれな店が多く、広い歩道の一角をオープンカフェにしている店舗まである。中央大通りの途中には噴水のある広場もあって、そこには屋台が並び美味しそうな匂いを漂わせていた。



「これだけ屋台があるのは凄いな」


「どれにしようか迷うくらいあるね」


「その場で食べられる物も多いんじゃが、持ち帰れる店もあるから少し回っていくとするか」



 屋台を覗きながら何をお土産に買って帰るか話しているが、数が多すぎてなかなか決まらない。どれもこれもエンの街では見た事のないもので、味の想像すらできなかった。そうして迷っていると、二十代に見える若い女性が声をかけてくれた。



「可愛い女の子を2人も連れたお兄さん、うちのお菓子はどうですか」


「きれいな色のお菓子だな」


「これはワシも見た事がないの」


「中に入ってるのは果物みたいだね」


「これは最近王都で流行りのお菓子で、果物を透明な汁で固めてるんですよ。

 甘くて美味しいから、女性や子供に大人気なんです」



 店員の説明によると、地球にもあったフルーツゼリーみたいなものだった。日持ちがしないのであまり大量に作れないらしく、お昼すぎから出店して夕方前には売り切れてしまうそうだ。ちょうど出店直後にタイミングよく通りかかったのでまだ在庫はたくさんあり、それを十個買って帰ることにした。



「冷やして食べるともっと美味しくなるから、冷蔵の魔操器があったらしばらく入れておくといいですよ」


「ありがとう、そうやって食べてみるよ」



 家にも小型の冷蔵庫があるので、帰ったら早速冷やしてみるとしよう。



「珍しいものが買えたの」


「どんな味がするか楽しみだね」


「この透明に固まる材料がエンでも手に入ったら、ニーナとホーリの作ってくれるお菓子の一つに加えてもらおうか」


「あの2人なら見栄えにもこだわって、味も進化させそうじゃな」



 既にヘルカとトルカから免許皆伝の腕前だとお墨付きをもらった2人は、独自に配合や調理方法を工夫して味を進化させていってるので、その可能性は十分高いだろう。旅行者とは競合しないからと、こっそり教えてもらった冷めると固まる透明な材料も少しだけ仕入れ、チサおすすめの焼き菓子や飴も購入してエンの街に戻ることにした。


いよいよチサとの関係が秒読み段階に入ってきました(笑)


エンの街が少し特殊なのは、外国との交易の窓口の役割をしているという事情があります。

この章は83話で終了しますので、資料集はその時に更新します。

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◇◆◇◇◆◇◇◆◇◇◆◇◇◆◇

新しく連載も始めています

いきなりドラゴニュートの少女の父親になってしまった主人公が
強化チートを使いながら気ままに旅する物語
色彩魔法

【完結作】
異世界転移に巻き込まれた主人公が
魔法回路という技術の改造チートで冒険活動をする物語
回路魔法
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