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第80話 大会議室

 遠くの景色を眺めながら少しのあいだ座っていると、体がフワフワとする感覚も無くなってきたので、3人で手を繋ぎながら王都の魔操組合本部を目指す。中央大通りと呼ばれる道は、縁石で分けられた歩道もエンの街の倍近くあり、人が多い割に余裕を持って歩ける。


 街の中心部は綺麗な碁盤目状に区画整理されていて、大小の通りがあちこちで交差していた。各交差点には通りの名前と番号が書いてあるが、慣れないと何処も同じに見えるので、一度迷ったら自分の現在地を見失いそうだ。



「きれいに区画されている分、今どこに居るかすぐわからなくなりそうだ」


「ボクの手を絶対に離さないでね、ゼンジ」


「慣れてくれば建物で場所はわかってくるんじゃが、最初は案内板を見ながら移動するしか無いの」


「万が一迷子になったら、どこに集まるか決めておこうか」


「やっぱり一番目立つのは王城だね」


「そうじゃな、そこに集合するのが無難じゃろう」



 中央大通りは真っすぐ王城の方に伸びていて、この通りにさえ出られれば、集合場所まで迷わずたどり着けるだろう。



「あっ、みんなあのお店を見て!」



 通を歩いていたリリが突然指さした方を見ると、オープンスペースになった店舗に衣類が何点も飾ってあり、その奥では店員らしき男性が裁縫の魔操器(ミシン)を使いながら何かを縫っている。それは自分たちが開発した、ダイレクトドライブ方式の小型ミシンだった。



「あれは仕立て直し屋じゃな」


「古い服や大きさの合わなくなった服を直して、着られるようにしてるのか」


「王都はやっぱり新しい物が出回るのも早いね」


「大手の工房も多いし、職人の数もエンとは比べ物にならんからな」


「時間に余裕があるし、ちょっと話を聞いてみよう」



 以前も自分の開発した見本の評価を、ユーザーから直接聞いた時は嬉しかったので、その感動を2人にも味わってもらいたいと思ったからだ。



「こんにちは、仕事の邪魔してすいません」


「おう、いらっしゃい!

 急ぎの仕立て直しなら今日の夕方までには出来るぜ、但し特急料金だがな」



 被服の裁縫というのは繊細なイメージを持っていたが、仕事の手を止めて笑顔でこちらを見上げた店員は、かなり威勢のいい喋り方をしている。



「俺たち旅行者なんですが、珍しいものを使ってるので、ちょっと話を聞いてみたくて」


「これの事だな、ここで作業するようになってから、色々な人に聞かれるんだ。

 おかげで仕立て直しの依頼も増えて、うちの店は大繁盛さ」



 以前は大型の魔操器を使って店の奥で作業をしていたそうだが、新しい魔操器が出たと聞いて真っ先に飛びつき、通りから見える場所で実演販売みたいに作業をしていたら、通行人が興味本位で覗きに来て、そのまま依頼をしていくケースが増えたらしい。



「こいつの素晴らしい所は、本体の大きさや静かな部分だけじゃなくてな、ここを外すと袖や首周りの裁縫がすごくやりやすいんだ」



 縫い台の部分のカバーを外すと机との間にスペースが出来て、そこに袖などの筒状の部分を通して縫えるようになる。これはハルのアイデアだったが、本職の人にも好評なようで良かった。外装や機能切り替えレバーなどの配置は、魔操器を作る工房である程度自由に決められるが、このミシンを作った所はリリの基本設計をかなり忠実に守ってくれていた。



「すごくゆっくり縫うことも出来るから、細かい作業もやりやすいし、本当に良いものを開発してくれたぜ」


「今まで出来なかった事が、新しい魔操器で可能になるのは良いですね。

 お忙しいところお話を聞かせてもらって、ありがとうございました」


「みんなに見てもらうために、ここで作業してるんだ、気にしなくて構わないぞ。

 王都観光中に服の直しが必要になったら、うちの店に来てくれよ!」



 笑顔の親父に見送られ店を後にして歩き始めたが、隣のリリとチサからは嬉しそうな空気が伝わってくる。やはりこうしてユーザーの声を直接聞けるというのは、開発者のモチベーションに繋がる。特にいい評価をもらえると、喜びも一入(ひとしお)だ。



「家族以外が使っている所を初めて見たけど、とてもいい評価をしてくれてたな」


「ああやって喜んでもらってる顔を見るのはすごくいいね」


「業務器だと使い手の生の声は聞けんから、ワシも新鮮な気分じゃ」



 リリもチサも自分の素性のせいで、他人との関わりを避ける事が多かったため、善司の行動がとても嬉しかった。こんな機会は自分たちだけでは、まず訪れることはなかっただろう。


 それに善司と一緒でもう一つ嬉しいのは、エンの街では減ってきた他人の注目が王都で一気に増えたが、それでも安心して歩いていける事だ。もし2人だけで歩いていたら、声をかけられたり取り囲まれたりしたかもしれない。


 2人は感謝の気持ちを込めながら、同時に善司の手を握り直し、魔操組合本部への道を進んでいった。



◇◆◇



 ここ王都にある魔操組合の本部は窓口の数も多く、訪れる職人や工房従業員の数も他の街とは段違いなので、朝の忙しい時間帯は順番待ちの列が複数形成される程の規模と広さがある。


 そんな慌ただしい時間から少し経った窓口のあるフロアには、いつもは上層階にある執務室から降りてこない幹部たちが集まっており、一般職員たちは居心地の悪い思いをしていた。彼らがここに居る理由は魔操核の新しい機能を発見したという、3人組の開発チームが魔操研究所に招かれたからだ。そしてその中に、最近まで王都で活動していたチサの存在があった。


 精霊の血が濃く混じっているという彼女は、108歳という年齢にもかかわらず10歳程度の身長で、容姿も子供そのものだ。しかし、その事を口にすれば烈火のごとく怒られ、噂では懲戒解雇になった者も居ると聞く。滅多に組合を訪れる人物ではなかったが、別の街に拠点を移したと聞いて胸をなでおろした職員も多い。


 そのような事情で、いつもとは少し違う緊張感に包まれていたフロアに、背の高い男性と手をつないだ女性2人が入ってきた。片方の女性は少し背は低いが、とても可愛らしい顔立ちをしていて、この場所に来るのが初めてらしく辺りに視線を巡らせている。反対に居る女性は、どう見ても10歳前後に見える子供で、赤くサラサラとしてきれいな髪を、後ろでまとめて装身具で止めていて、隣の女性に負けず劣らず可愛い顔立ちだった。



「「「「「「「「!?!?!?!?」」」」」」」」



 それを確認した職員全員に衝撃が走った。


 赤い髪の子供はどう見てもチサだが、いつも着の身着のままの服装で、不機嫌そうにこの場所を訪れていた人物とは別人のように変貌している。黒で揃えられた服に赤い色と白い靴下が映え、乱雑に切っただけだった髪の毛も、きれいに切りそろえられていた。


 何より隣の男性と仲良く手を繋ぎ、その顔には笑みすら浮かんでいる。そんなチサの表情を、ここに居る職員は誰も見た事がなく、スカート姿も初めて目にするものだ。受付に居る職員は誰一人として声を上げることは出来ず、幹部たちも固まってしまったが、唯一動けたのがエンの街でその姿を見た経験のある専務だった。



「トライスターの皆様、王都までご足労頂き誠にありがとうございます」


「もうここに来ることは無いと思っとったが、途中で良いものも見られたし構わんよ」


「温風の魔操器と今朝一番の便で届きました新しい武器も、本日の講演が終わり次第、早急に認証作業の方に移らせていただきますので、何卒よろしくお願いいたします」


「温風の魔操器はワシや家族たちはもちろんじゃが、エンの街の組合職員も商品化を待ち望んでおるから、よろしく頼むぞ」


「新しい武器も安全に扱えるので、魔物狩りを生業(なりわい)にしている人たち以外にも、女性や子供の護身用としても使っていただけると思いますので、よろしくお願いします」



 笑みを崩さないまま専務と話をしているチサの姿も、更に周りを驚かせる事になった。特に彼女の口から出た“家族”という言葉だ。仲良く手を握っている隣の男性が夫なのか、だとすれば反対に居る女性とは、どういった関係なのか疑問が残る。


 3人で活動していると聞いているが、両方を妻として迎え入れたのだとすれば、男性はかなり裕福な家庭の人物だろう。しかし、そんな金だけの男性に自尊心(プライド)の塊だったチサがなびくとは思えないし、仮に結婚したのだとすれば、チサの体躯(たいく)で夫婦生活は営めるのか。受付フロアは混乱の坩堝(るつぼ)に叩き込まれ、何を想像したのか頬を染める職員まで出る始末だ。



「ワシらはどこに行けばいいんじゃ?」


「本日は研究所の方で、ご講演いただく事になっております」


「研究所は同じ敷地にあるんでしたね」


「はい、少し離れた場所にある大会議室を用意していると連絡がありましたので、そちらまで足をお運びいただけますでしょうか」


「なら、さっさと向かって説明を終わらせるとしようか」


「大会議室って、ちょっと緊張するね」


「ワシも初めて行く場所じゃが、ただ広いだけじゃろ」


「あまり大きいと、魔操器の実演がしにくそうだな」


「持ち運べるくらい小さく作っちゃったからね」


「そんな事は集まった連中に考えてもらえば良い。

 それより、さっさと終わらせて家族への土産を買いに行く時間を作るために急ぐ方が重要じゃ」



 トライスターの3人と、魔操組合幹部たちが裏口から研究所に向かっていったが、受付フロアは大パニックだ。今日ここに来た3人以外の家族がいるというのは誰かの子供なのか、まさか他にも嫁が居るのかと口々に憶測を並べながら、受付業務や事務をほったらかしで噂話に花を咲かせている。


 チサの事を更に良く知っている上司は一層強い衝撃を受けており、業務放棄状態の職員たちを咎めること無く、幹部たちが出ていった扉を唖然と見つめるだけだった。



◇◆◇



 裏口から魔操組合の外に出ると、そこには大小様々な建物が点在していて、グラウンドのように整備された広場も見える。専務の説明によれば、様々な用途に合わせた研究棟があり、一番大きな建物はこれまで開発された代表的な魔操器を保存してある、博物館のようなものだそうだ。


 そこには当然、リリの作った裁縫の魔操器(ミシン)も保管されていて、それを聞いた本人はとても喜んでいた。事前に申請すれば見学も可能らしく、今日は無理だがいつか見てみたいと思う。


 敷地が広大なのでどれだけ歩くか心配したが、頻繁に両者で会議をするせいか、魔操組合から近い場所にその建物はあった。そこに通されると講演者の座る場所を、円形に取り囲むように机が並べられていて、どことなく大学の教室を彷彿とさせる。演説台のようなものは置いて無く、全員が座ったままで発表や話し合いをするみたいだ。


 日本の会議室のように質素な机や椅子が並んでいると思っていたが、全て重厚な作りになっていて、家のベッドルームにある物と比べても遜色のない程の高級感がある。ざっと見渡した限り既に20人ほど着席していて、年齢や着ている服の感じから、前方に居るのがお偉いさんで、後方に居るのが研究者や一般職員だろう。



「この机はワシには大きすぎるの……」



 椅子の一つに座ってみたチサだが、この会議室にある椅子だと高さが合わず、机上に並べた資料も読みにくそうだ。リリの身長でも扱いづらい高さになっているが、善司にはちょうど良いので、大人の男性基準で設計されているんだろう。



「もう少し高い椅子はないでしょうか?」


「申し訳ございません、この会議室にある椅子は一番背が高いものを置いておりますので、これ以上の高さは……」



 席に案内してくれた男性に聞いてみたが、これ以上の高さの椅子はないと言われ、どうしたものかと思案する。



「なら、いつもの様にゼンジに頼むとしよう」


「公共の場だけどいいのか?」


「ワシだけ立ったままなんてゴメンじゃぞ」


「さすがにそれは可愛そうだけど、一応みんなに断ってからにしよう」


「そうじゃな……

 このままじゃと用意した資料も読めんから、ワシの一番落ち着く座り方で構わんな?」



 全員を見渡しながらチサがそう言ったが、誰からも反論は出ず(うなず)きを返してくれたので、椅子に座っていつもの様にチサを膝の上に乗せた。



「チッ……チサ様の一番落ち着く座り方というのは、その状態ですか?」


「てっきり椅子の上に登られて座るものとばかり……」


「家では良くこうして座っとるが、椅子が用意できんのじゃから問題あるまい?」


「はっ、はい。

 チサ様が納得されているのであれば、何の問題もございません」



 魔操組合の専務や、研究所の幹部らしき人がチサに確認を取るが、本人は落ち着き払っていつもの事だと答え、その表情に笑みを浮かべながら、善司の膝の上でくつろいでいる。チサの事は研究所の所員も全員知っており、その印象からかけ離れた行動を取る姿を見て、誰もが自分の目を疑っている。



「うぅ~、チサは背が低いからそれが出来て羨ましいよ」


「ワシの特権じゃから、簡単には譲らんぞ」


「ボクの緊張もゼンジに和らげて欲しいよ」



 チサは魔操組合に来てから、明らかに自分たち3人の親密ぶりをアピールしている。繋いだ手を離さず受付フロアに入った事もそうだが、別の方法を取らずに膝の上に座りに来た事もそうだ。恐らく何か考があってやっているのだとわかるので、その意図に添えるようリリの頭も撫でる事にした。


 真面目な場でそういった行動を取るのは引け目を感じるが、膝の上から見上げてくるチサの目は「それで良い」と語っているようだった。


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◇◆◇◇◆◇◇◆◇◇◆◇◇◆◇

新しく連載も始めています

いきなりドラゴニュートの少女の父親になってしまった主人公が
強化チートを使いながら気ままに旅する物語
色彩魔法

【完結作】
異世界転移に巻き込まれた主人公が
魔法回路という技術の改造チートで冒険活動をする物語
回路魔法
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