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第79話 出発前夜

 今日も善司の部屋に集まって、お風呂上がりの穏やかなひと時を家族全員で過ごしているが、いつもとは少しだけ雰囲気が違っていた。



「「……ゼンジさん、膝に座らせてほしいです」」


「「リリお姉ちゃんに、膝枕して欲しい」」


「「チサさんに、頭を撫でてほしいですわ」」



 三組の双子は、トライスターのメンバーである善司とチサとリリに、代わる代わるスキンシップをお願いしてくる。ハルは何か言うわけではないが、善司の背中に寄り添ったまま、離れようとしなかった。



「2人とも一緒に、ここに座っていいぞ」


「遠慮しないでいから、こっちにおいでー」


「ヘルカとトルカも甘えん坊じゃの……

 ほれ、近くに来んか」



 言われるままに願いを叶えていっているが、この状況を作り出した原因は、3人が王都に招聘(しょうへい)されるのが明日だからだ。この家で暮らすようになってから、チサやリリが一時的にこの街を離れる事はあったが、善司を含めた3人が一度に居なくなる事はなかった。


 日帰りの予定なので、いつもの仕事と変わらないのは頭でわかっているが、この家族にとって3人揃って遠くに行ってしまうのは初めての経験であり、少しナーバスになっていた。



「明日中に戻ってこられるんだよね?」

「王都で泊まったりしない?」


「ごめんなさいゼンジさん、なんだか凄く落ち着かないんです」


「明日は魔操研究所で講演してくるだけだから、必ず戻ってくるよ」



 この世界に来た善司と一番長い付き合いがある3人は、自分たちを庇護してくれた存在が、すぐ会いに行ける場所から居なくなる事に、言いしれぬ不安を感じていた。



「……王都から来てくださいってお願いされるような凄い人が旦那様なんて、ちょっと怖くなってしまうんです」

「……ずっとこのままでいいのかなって考え出すと、不安なんです」


「世間からどんな評価をもらっても、今の生き方を変えたりしないから安心していいよ」



 ニーナとホーリは善司たちが有名になって世間から注目された時に、何の特技も持たない自分たちが一緒に居てもいいのか、不安になってしまっていた。



「わたくし達はゼンジさんの足枷にはならないでしょうか?」

「亡命者のうえ双子でもあるわたくし達を(めと)っていただきましたが、ゼンジさんの不利益になるのは辛いですわ」


「そんな事で下がる評価なんていらないし、例え何か言われたとしても技術で跳ね返してやるさ」



 ヘルカとトルカは善司たちの評価が、本人とは関係のない所で下げられる事に不安を感じていた。



「ワシもこの家を出ていく事は考えとらん、安心するんじゃ。

 皆が望むなら、ゼンジとの子や孫の面倒も見てやるから、任せておくがいい」


「ボクも、ずっとみんなと一緒だよ、それだけはもう変わらないよ」


「この家族だからトライスターが発足(ほっそく)できたんだし、魔操器の開発も円滑にこなしていけてるんだ、これからも一緒に居て欲しいと、こっちからお願いしたい位だよ」



 3人の言葉を聞いてハルは嬉しそうにチサに抱きつき、ヘルカとトルカはリリを挟むように左右から抱きしめる。イールとロールは後ろから、ニーナとホーリは前から善司に抱きつき、頭を順番になでてもらって幸せそうに微笑んでいる。


 特別な技術を持った者に気後れしてしまうというのは仕方ないかもしれないが、この3人に限って言えば世間からどう評価されようと、考えやライフスタイルが変わる事はない。一番優先順位の高い事が、家族の幸せと今の生活の維持だからだ。


 そんなポリシーを持っているため、過剰な評価や名声は邪魔とすら感じている。職人気質の高い人間が、余計な地位や役職といった(しがらみ)を嫌い、一技術者として生涯やっていきたいと願う様なものだ。



◇◆◇



「今日も魔操組合の人は、みんな驚いてたね」


「ここの所、立て続けに全く新しい概念の魔操器を持っていってるからなぁ」


「あやつらも、処理しきれんのかもしれんな」



 今日、魔操組合に持っていった音響魔法の杖も、かなり驚かれてしまった。魔法とマナ残量表示の両方を、同時に発動するアイデアはもちろんだが、研究はされていたものの実効性に疑問符がついていた遠隔音響魔法を、個人のチームが実用化してしまった衝撃(インパクト)が強すぎて、その反応しか出来なかったというのが正確だ。



「でも実際に使う4人に色々な助言(アイデア)をもらえたから、良いものに仕上がったと思うよ」


「森の中で持ち歩いても、全然苦にならなかったよ」

「初めてでも簡単に使えたし、軽くて狙いもつけやすいね」


「持ち手の大きさとか発動する部品の場所とか、1人で考えるだけだとどうしても限界があるから、みんなの意見はすごく参考になるよ」


「ワシの手にはちと太すぎるがな」


「チサみたいな体格で魔物狩りをしてる姿を見るとすごく不安になるから、間違ってもやろうと思わないでくれよ」


「保護者の様な心配の仕方をするでない!

 そもそもワシが、そんな疲れる事をするはずないじゃろ」



 本気で心配そうな視線を向けられたチサは、半分呆れ顔で善司を睨みつける。


 チサには(たわむ)れ気味にそう言ったが、ある程度なら適当に狙っても効果があり、サイズも小さく人に向けて発動しても安全な攻撃方法なので、子供や女性に護身用として持ってもらう用途もあるかもしれない。



「わたくし達の何気ない一言が、こうして実装されるというのは驚きですわ」

「リリさんたちの負担になってしまわなかったでしょうか」


「今まで誰も思いつかなかった工夫だから、すごく参考になったよ」


「俺も新しい事に挑戦できて楽しかった」


「残りの容量は魔操玉の光り方を見るのが、今までの常識じゃったからな。

 魔操器に触れる機会が少なかった故、従来の感覚に囚われず柔軟な発想ができるのは、良いことじゃよ」



 魔操玉の残量を表示するというアイデアは、ヘルカとトルカがふと漏らした言葉だった。そこで善司がモバイルバッテリーにあるような、残量を光で知らせる機能を思い付き、チサが魔操玉からその情報を取得する方法を教え、リリが杖に組み込んでくれた。


 家族がヒントを与え、善司がアイデアを出し、チサが知識を授け、リリがそれを形にする。トライスターという名前は3人のチーム名だが、そこから生まれる魔操器は、この家族全員で作り上げていると言っていいだろう。



「……やっぱり、みんなでお風呂に入ると、いい案が出ますね」

「……裁縫の魔操器(ミシン)の時もそうだったけど、今回もそうでしたね」


「一緒に入るお風呂は、私たち家族に幸せを運んでくれるわね」


「魔操器の開発に関係者以外が関わる事って殆どないから、こうしていい子が生まれていってるのは、みんなのお陰だよ」


「魔操言語開発者も同じじゃ、これだけ魔操器に深く関わったのは、ワシとて初めてじゃよ」


「ドライヤーの試供品もかなり評判が良かったし、この世界の開発者に不足してるのは、こういった環境かもしれないな」



 魔操組合に提供したドライヤーの試供品を使ってみた女性職員全員に好評で、なるべく早く認可が下りるように手を打ってもらっていた。しかし、魔法の同時発動を民生品に持ち込むという、これまでに無い魔操器なので、審査に時間がかかっているそうだ。その辺りも明日の王都訪問でしっかり説明して、他の開発者にも新しい魔操器をどんどん生み出してもらいたい。


 新しい魔操器の話をしばらく続けていると、不安そうだった7人も落ち着いてきたようだ。その日の晩は、まだ甘えたりない様子のハルが、一晩中善司を抱きしめて眠っていた。


 そうして善司成分を十分補給したからか、朝はいつもの様に明るい笑顔を見せてくれた。




―――――・―――――・―――――




「それじゃあ、行ってくるよ」


「お土産を楽しみにしておくんじゃぞ」


「帰ったら一杯お話しようね」



 家族の声に見送られながら、3人揃って初めての出張へ出発する。送迎は要らないとチサがあらかじめ伝えているので、魔操組合が借り上げている便を使って、3人だけで王都まで転送してもらう。


 デモ用の魔操器が二つ入ったリュックを善司が背負い、転送の魔操器が設置してある場所へ手を繋ぎながら歩いていく。この街にも転送の魔操器は何台かあるが、今回利用するのは少人数用の場所で、一度に転送できるのは最大5人までという小さなものだ。荷物の制限もかなりあるらしく、手荷物程度なら問題ないが、それより大きくなると一度に転送できる人数が減っていくらしい。



「転送の魔操器って初めてだから、ちょっと楽しみだよ」


「ワシは何度も使っとるが、あまり面白いものではないぞ」


「ボクはちょっと苦手なんだ」


「それって自分の空間操作と干渉したりするからか?」


「そうじゃなくて、急に空気や音が変わるから、しばらく違和感が抜けないんだよ」


「リリほど敏感じゃと仕方ないかもしれんな」


「リリは聴覚や嗅覚が敏感だから、そういった変化に反応してしまうのか」


「普通の人でも、体が浮いたような感覚がする人もいるみたいだから、ゼンジも何かおかしな所があったら言ってね」


「少し立ち止まって遠くを見ると落ち着くから、心配せんで良いぞ」


「わかったよ、そうなったらちゃんと言うことにする」



 善司はこの世界にある転送の魔操器を体験してみて、自分が元の世界から飛ばされてきた時と同じか、比べてみようと思っている。あの時は扉を開けると目の前が光って突然風景が切り替わったが、転送の魔操器だとどんな感覚になるのか、その違いにも注目している。



◇◆◇



 転送の魔操器が設置してある建物に入り、魔操組合の会員証を提示して手続きを済ませると、いくつかある扉の一つに通された。そこは日本風に言うと四畳半くらいの小さな正方形の部屋で、その中心に円形の少し低くなった部分がある。


 係員にその中に入るように言われ3人でその場所に立つと、それを確認してその人は外に出ていき扉を閉める。部屋の照明が薄暗くなり、円形の部分が光ると少し体が沈むような感覚がした。



「今ので転送が終わったのか?」


「部屋の作りは何処も同じじゃからわかりにくいが、もう王都に着いとるはずじゃよ」


「うぅ~、周りの空気が急に変わる感覚はなかなか慣れないよ」


「ゼンジはどうじゃ?」


「あー、なんか平衡感覚がちょっとおかしい気がする」


「転送酔いじゃな、建物を出た所に長椅子があるから、そこで少し休んでいくとしよう」



 エンの街とは違う係員が扉を開けてくれたので外に出ると、建物内部も全く違う作りで部屋数も断然多い。こうしてみると、一瞬で違う場所に来たのが実感できる。



◇◆◇



「あの時の感覚と比べてどうじゃった?」


「あの時は一歩外に出たら全く違う場所に立ってて、今みたいに体が沈む感覚とか無かったよ」


「なら転送の魔操器絡みの線は薄そうじゃな」



 転送完了の手続きを終わらせ外に出ると、エンの街とは全く違っていて、高い建物が立ち並び道幅も広く、行き交う人も多い。遠目にはとても目立つ建物があり、あれが王城だと教えてもらった。中世ヨーロッパに見られる城のように、尖塔が何本も並んだ建物を想像したが少し違い、大きくて高い二本の円柱状をした塔の間に、低くて横に長いビルの様な建物が作られている構造だった。



「そうなると不思議だよね」


「事故の可能性は薄くなったけど、正直もうどうでも良いと思ってるんだ」


「それはどうして?」


「例え原因がわかって戻る方法が見つかったとしても、ここから居なくなるつもりはないからな」


「えへへ、そう言ってくれると嬉しいな」



 外のベンチに座って話をしていたが、隣りで話をしていたリリは、善司の腕を抱き寄せながら微笑んでくれる。



「ワシとてもうゼンジを手放すつもりはないから覚悟しておくんじゃな」


「俺の方こそ、これからもよろしく頼むよ」



 反対側に座っているチサも、善司の手に自分の手を重ねてそっと握ってくる。こうして触れ合っていると、チサもずいぶん変わったと思う。今でもお互いに軽く(あお)りあったりするが、感覚的には2人で交わす愛情表現みたいに感じている。


 しばらく3人で王都の街並みについて話していたら感覚も完全に元に戻ったので、魔操組合へと移動を開始した。


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◇◆◇◇◆◇◇◆◇◇◆◇◇◆◇

新しく連載も始めています

いきなりドラゴニュートの少女の父親になってしまった主人公が
強化チートを使いながら気ままに旅する物語
色彩魔法

【完結作】
異世界転移に巻き込まれた主人公が
魔法回路という技術の改造チートで冒険活動をする物語
回路魔法
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