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第7話 初仕事

 よろず屋の親父に聞いた店の角を曲がり、路地を少し奥に入った場所に目的の建物【魔操紙工房スノフ】が見つかった。小さなドアとその上に掲げられたネームプレートのような看板があるだけで、工場的な施設を想像していた善司は拍子抜けする。


 ドアをノックすると中から声がしたので入ってみると、いくつかの机とその上に置かれた紙束、そして機械のような物がいくつかある、小さな事務所のような場所だった。


 中に小柄な老人を見つけ、近づいて挨拶をする。



「こんにちは、表通りにあるよろず屋の店主から、働き手を探していると聞いたんですが」


「あぁ、あいつから聞いたのか。

 こんな小さな工房によく来てくれたな、おまえさん名前は?」


「俺はゼンジといいます」


「ゼンジか、変わった名前だな。

 ワシはスノフ、この工房と同じ名前だ」


「スノフさんですね、よろしくお願いします。

 俺は別の国の人間で、ここには来たばかりなんで、珍しい名前なんだと思います」


「どこの国の人間だろうと、仕事さえ出来れば問題ない。

 この仕事をやった事はあるのか?」


「俺の国には魔操器(まそうき)がなくて、全くの未経験です」


「どんな田舎から出てきたのか知らないが、簡単な作業だからすぐ憶えられるだろう。

 基本の賃金は1日で銅貨20枚、後は仕事量に応じて加算するが問題ないか?」



 昨日出会った2人が1日の狩りで手にしていたのが、それくらいの金額だった。途中で話もしたから何時もより稼ぎは少なかっただろうが、その金額を基本給として貰えるなら問題ない。後はどれだけの量をこなせるかで、更に収入を増やせる。



「はい、その条件でお願いします」


「よし、まずは作業の仕方を教えてやろう。

 それから敬語はやめてくれ、背中がくすぐったくなる」


「わかった、よろしく頼む」



◇◆◇



 仕事内容は本当に簡単だった。元になる文字を見ながら、魔操鍵盤(まそうけんばん)と言われる機械に間違えない様に入力していくだけだ。


 魔操鍵盤はアルファベット(26文字)より少ない、24のルーン文字に酷似したキーが横に8個と縦に3個並んでいて、他に記号の刻印されたキーがその横にいくつか配置されている。最上段には数字キーがあり、最下段に空白を入力する少し長めのキーが付いた、まさにキーボードと良く似たものだ。


 キーと叩くとタイプライターのように、次々と紙に文字が印刷されていく。それが魔操紙(まそうし)と呼ばれるもので、魔操器を動かす為のプログラム部分になる。


 そうして印刷された魔操紙を、別の機械で魔操板(まそうばん)インストール(焼き付け)する。板のサイズによってインストールできる容量に違いがあり、この工房では数多く普及しているSDメモリカードサイズの小型と、クレジットカードサイズの中型を扱っている。


 それを魔操器にセットして、演算装置(CPU)となる魔操核(まそうかく)を取り付ければ、1つの道具として動作するようになるのだ。


 魔操紙は一度インストールすると消えてしまうので、入力の仕事は常に需要がある。活版印刷のように決まった書式のものを大量生産できれば良いが、残念ながらその方法で機能する魔操紙を作る技術は、この世界には無かった。


 魔操鍵盤を始めとした魔操器を動かすエネルギーは、電気のように有線で街中に供給されていて、壁に取り出し口が存在するのは、地球のコンセントのようだ。


 携帯型の魔操器の場合、魔物からドロップする魔操玉(まそうぎょく)がバッテリーになり、そちらは再利用が出来ない使い捨てになっている。



「お前さん、この仕事は初めてだと言っていたが、結構向いてるんじゃないか?」


「まだ文字の配列も憶えていないし、入力速度は速くないと思うが」


「それは確かにまだまだだが、お前さんが印刷したものは間違いがほとんど無い、初めてでこれだけ出来れば上等だ」



 善司が入力を担当して、スノフがチェックと間違いの修正をやった後、魔操板へのインストールを担当しているが、その正確な仕事ぶりに驚いていた。一度印刷されたものの修正には、かなりの手間と時間がかかる繊細な作業で、以前はそれだけで1日費やすほどだったが、善司の印刷した魔操紙はほとんど間違いが無く、時間を持て余すくらいの余裕が生まれている。



「これとは全く違うんだが、文字の入力は長期間やっていたから、その経験のお陰だと思う」


「お前さんは別の国から来たと言ってたが、この街にしばらく滞在するんなら、その間だけでもこの仕事を続けてみないか?」


「それはこちらからお願いしたいくらいだ、まとまった金が必要だから、よろしく頼むよ」



 この世界に来て、日本でやっていた事と似た仕事をするとは思っていなかったが、自分に向いているのは確かだと感じている。それに善司には別の考えも頭に浮かんでいた。



 (いま入力しているこの文字列は、プログラム言語やスクリプトにそっくりだ)



 使う魔操器のタイプによって入力する内容が変わってくるので、そういったものをいくつも読み解いていけば、自分で組み上げる事が出来るようになるかもしれない。趣味も仕事もプログラミングだった善司の心が、新しい事への挑戦でワクワクしてくる。



◇◆◇



 思ったより多くの給料をもらい、善司は足取りも軽くよろず屋の店舗へと入っていく。紹介してもらったお礼をして、しばらくそこで働く事を伝えると、よろず屋の親父はかなり喜んでいた。


 挨拶だけで店を出て、露店を覗きながら家路へと向かっているが、善司は2人が好きだと言っていた果物を、お土産に買って帰ろうとしている。色は赤っぽく名前も全く違っていて、短くて太いバナナのような形をしたものだ。


 2人には結婚を迫られたが、こうして帰っていると父親になった気がしてしまう。


 結婚の経験もなく、女性には良い思い出がないので、その考えに少しだけ苦笑したが、同時にそれ以外の暖かなものも感じていた。


 行きと同じ様に、建物の配置や店を憶えながら歩いていたので少し遅くなってしまったが、一部屋しかない小さな家に到着してドアを開ける。


 2人は既に帰ってきており、壁を背もたれにして上半身を起こしたハルと話をしていた。



「ただいま、みんな」


「「おかえり、ゼンジ!」」


「ゼンジさん、お帰りなさい」



 靴を脱いで床に上がった善司に、2人が嬉しそうに飛びついた。今日は特にご機嫌で、しっぽが付いていたら左右にブンブンと揺れていそうなくらいだ。



「2人ともご機嫌だけど、いい事あったのか?」


「あのね、今日はすごいものを拾ったんだよ」

「えっと、これ見て」



 そうして差し出してくれたのは、銀色に光る硬貨だった。昨日の稼ぎからすると、5倍以上の金額を1日で得た計算になる。



「凄いじゃないか、どうしたんだ?」


「今日は魔物から魔操核が出たんだ」

「それを買い取ってもらったら、銀貨をくれたの」


「それは良かったじゃないか、頑張ったな2人とも」



 1つの硬貨を仲良く持って目の前に掲げている2人の頭を撫でると、更に表情を崩して甘えるように善司の体に抱きついた。



「じゃぁ、俺から2人に頑張ったご褒美だ」


「何これ?」

「お土産?」


「途中の露店で買ってきたから開けてみな」



 2人は恐る恐る袋を開いていたが、中身を見た瞬間にまた笑顔になる。



「これ、私たちの好きな果物だ!」

「食べていいの?」


「あぁ、ご飯の後にみんなで食べような」


「「嬉しい、ありがとうゼンジ!」」

「お母さん、とっても美味しそうだよ」

「お母さんも一緒に食べようね」


「2人とも良かったわね。

 ゼンジさん、ありがとうございます」


「2人が好きだと聞いていたので、こんなに喜んでもらえて良かったです」


「ねぇ、ゼンジは仕事見つかったの?」

「どこかいい所あった?」


「よろず屋の親父さんに紹介してもらった、魔操紙工房で働くことになったよ」


「この世界に来たばっかりなのに、もう仕事が見つかるなんてゼンジは凄いね」

「うん、そんけーする」


「かなり根気の必要なお仕事だと聞いていますが、ご無理はされていませんか?」


「俺にすごく向いている仕事で、工房主にも喜んでもらえたので、しばらく続けさせてもらえる事になりました」


「じゃぁ、今日はお祝いだね」

「私たち一生懸命ご飯作るから楽しみにしててね」


「お母さんも手伝うわよ?」


「お母さんはまだ熱があるからダメ」

「おとなしく寝てて」

「今日は私たちがゼンジにごちそうするんだから」

「お母さんの料理に負けないように頑張る」



 そう言って今日買ってきた食材を、洗ったり切ったりしている。普段から母の代わりに料理をつくる事もある2人は、慣れた手付きで料理を進めていく。



「熱の方は大丈夫ですか?」


「1日寝ていましたのでだいぶ良くなっています」


「少し熱を測らせて下さい」


「ゼンジさん一体何を?」


「少し額に手を当てるだけですが、構いませんか?」


「それくらいなら大丈夫ですが」



 今朝は頭を撫でられても全く嫌な感じがしなかったのでハルは了承したが、大きな手が近づいてくると少し緊張してしまう。その手が額に当てられると、ヒンヤリとしてとても気持ちが良かった。


 しばらくそうして当てられていた手が離れていくと、少し名残惜しそうな表情になっていた事に、ハル自身も気づいていなかった。



「まだ少し熱が高いですね、ご飯の時間まで横になっていて下さい」


「わかりました、ゼンジさん」


「冷えた手ぬぐいを乗せますから、動かないで下さいね」


「はい、お願いします」



 素直に横になったハルの額に、善司は水で冷やした手ぬぐいを乗せる。そのやり取りを、イールとロールが料理をしながら見ていた事を、2人は全く意識していなかった。



「お母さん、ゼンジの言う事は素直に聞くね」

「私たちだと大丈夫とか心配いらないって、すぐ言うもんね」

「やっぱり、ゼンジが来てくれて良かったよ」

「ゼンジが居てくれると、お母さんも安心して寝てられるから嬉しい」

「お母さんもゼンジのこと好きなんじゃないのかな」

「私もそんな気がする」

「3人でゼンジのお嫁さんになろうね」

「15歳になるのが楽しみだよ」



 イールとロールは料理を作りながら、2人に聞こえないようにそんな話をしていた。



◇◆◇



 料理が完成して食卓に並べられたが、レアアイテムがドロップして少しだけ奮発した食事は、昨日と同様の良い匂いを漂わせていた。



「魔操核を初めて拾った記念と、ゼンジの仕事が決まったお祝いに頑張って作ったよ」

「ゼンジの口に合うといいんだけど」


「2人ともありがとう、とても美味しそうに出来てるな」



 料理を口に運ぶ善司を、2人はじっと見つめている。そうやって注目されると少し食べづらいが、口の中に広がったのは素朴で優しい落ち着く味だった。



「うん、これは美味しいな、2人もハルさんに負けないくらい料理が上手じゃないか」


「ほんと!?」

「お世辞とかじゃない?」


「あぁ、毎日こんな料理が食べられたら幸せなくらい美味しいよ」


「イール、ロール、本当に美味しいわよ」


「良かったね、ローちゃん」

「頑張った甲斐があったね、イーちゃん」



 善司とハルに料理を褒められて安心した2人も、自分の分に手を付け始める。4人になって賑やかさの増した食卓は、今日も笑顔に包まれていた。


資料集にスノフを追加しています。

登場人物の身長対比も画像として載せていますので、よろしければご一読下さい。

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◇◆◇◇◆◇◇◆◇◇◆◇◇◆◇

新しく連載も始めています

いきなりドラゴニュートの少女の父親になってしまった主人公が
強化チートを使いながら気ままに旅する物語
色彩魔法

【完結作】
異世界転移に巻き込まれた主人公が
魔法回路という技術の改造チートで冒険活動をする物語
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