第74話 実験成功と膝枕
小型の魔物からドロップする、赤い魔操核が剥き出しになった試作の魔操器に魔操板をセットし、スイッチの部分に触れると移動の魔法を刻んだ軸が回り始め、同時に風の魔法を刻んだ球体の周囲に上昇気流が発生する。
以前は半分だけしか光っていなかった赤い魔操核も全体が輝き、善司の目には長細い双四角錐の内部に光るラインが、くまなく走っているように映る。
「今度は魔操核が全部きれいに光ってるし、やっぱり二つの処理を同時に実行できるという予想は当たってたな」
「今までの常識が完全に崩壊してしもぉたの……」
「ボクたち歴史的な瞬間に立ち会っちゃったね」
「これまで複数の魔操核を使った魔操器だと、実際に動いとったのは半分以下かもしれんという事じゃな」
「恐らく紫の魔操核は四つの処理を同時に出来るだろうから、かなり無駄が発生してたんじゃないかと思う」
「明日は温風の魔操器に使う魔法を刻んで、仮に動かせるくらいの形まで仕上げてみるよ!」
今日の実験が成功して、リリは嬉しそうにしっぽを振りながら、試作した魔操器を眺めている。複数の処理を同時にこなす業務器は、それぞれの魔操核へ供給するマナや信号を完璧に揃える必要があり、その部分には繊細な製造技術が要求される。それが必要ないと言うだけで大幅なコストダウンにも繋がり、製作の難易度も民生器と変わらない程度に落ちる。
◇◆◇
その後は魔操核を変更しながら実験を続けたが、善司の目に映った通り黄色は一つの処理だけ、緑は二つ、青は一つ、紫は魔操核が半分しか光らなかったので四つの処理が可能だろう、そして一番性能の高い黒も二つ同時に魔法が発動した。
同時に計算器にカスタマイズした魔操板をセットして、単一処理の処理速度を計測したが、レア度が高いほど処理能力は向上していた。
黄色の魔操核から出た数値を1として、それぞれの処理速度とコア数を纏めるとこんな感じだ――
●小型の魔物からドロップする魔操核
・赤:0.5×2コア(トータル1.0)
・黄:1.0×1コア(トータル1.0)
●中型の魔物からドロップする魔操核
・緑:1.5×2コア(トータル3.0)
・青:2.0×1コア(トータル2.0)
●大型の魔物からドロップする魔操核
・紫:3.0×4コア(トータル12.0)
・黒:6.0×2コア(トータル12.0)
確かに以前チサが言っていた通り、黄色の魔操核は赤色の倍の性能があるが、それは単一処理の場合だ。もし魔操核の性能を全て引き出すと、赤色と黄色それに紫と黒の優劣が無くなってしまう。しかも緑色と青色は、性能が逆転するケースすらあり得るだろう。
「今まで具体的な数値で計った事はなかったが、こうして並べてみると面白いもんじゃな」
「やっぱり大型の魔物から出る魔操核は、他と違う性能があるね」
「中型のものだと、性能が入れ替わる場合もあるというのは驚きじゃよ」
「これまでは単一処理の性能だけしか見ずに価値を決めてたけど、この事実が広まれば値段が逆転するかもしれないな」
「複数の処理を同時に実行する見本を開発できる人間は少ないし、忙しくなりそうじゃな」
そう言いながらチサはニヤリと笑う。自分の得意分野でもあった業務器用のノウハウが、民生器にも活かせるというのは願ってもないチャンスだ。特に善司と一緒に暮らすようになって身に付けた技法を、様々な分野に使ってみたいという欲求が、十分満たされるだけの市場規模がある。
「あまり無理はしないでくれよ、俺も手伝うからさ」
「ボクにも出来る事があったら、何でも言ってね」
「この家の家族に心配をかけるような無茶はせんから安心せい」
チサもこの家で生活するようになり、自分の体調の変化を自覚しているので、以前のような不摂生をするつもりはない。郊外にある防音のしっかりした家に暮らし、家事の一切を家族に任せてしまえるこの環境で、作業効率が格段に向上している。
たとえ開発に行き詰まっても、善司の膝の上に座って思考したり、入浴時に軽く議論するだけで、あっさり解決してしまう事が多い。こんな理想の環境にいる今は、これまでの様に根を詰める必要が無くなっているのだ。
「しかし、使う魔操核の種類を限定しないと動かなくなる魔操器も出てしまうが、その辺は大丈夫なのか?」
「それは魔操器側で設定できるから大丈夫だよ」
魔操器によっては、ある一定の処理速度を出す魔操核を取り付けないと、想定どおりの動きをしないものがある。そういった場合の事故やトラブルを防ぐために、取り付ける魔操核を限定する仕組みが用意されていた。
「業務器は特にその辺りが厳格じゃから、規定の魔操核以外だと動かぬように出来るんじゃ」
「そういった仕組みはうまく出来てるんだな」
「だから紫の魔操核に限定して、四つの処理を一度にできる魔操器とかも作れるよ」
「四つなど業務器でもなかなかお目にかかれんから、どんな事が出来るようになるか楽しみでたまらん」
「魔操組合に説明するとき用に、見てわかりやすい四つの魔法で動くものは作ってみるよ」
「見本の開発はワシに任せておくのじゃ」
今日の実験が成功して以降、チサはずっと上機嫌だ。この家で暮らすようになってから、不機嫌な表情のまま過ごす時間はほぼ無くなったが、そうした姿しか知らない善司にも機嫌の良さがわかる。
スノフや王都の魔操組合職員がこの場に居たら、全員が言葉を失ってしまうだろう。ベンチマークテストの様子をじっくり見たいからと、ソファーに座った善司の後ろに立ち、抱きつきながら首に手を回して頭の上に顔を置き、ニコニコと話をしているその姿を目の当たりにすれば――
◇◆◇
「どれ、今日はワシがゼンジの背中を洗ってやろう」
「本当か、よろしく頼むよ」
「うむ、任せるが良い。
終わったらリリも頭を洗ってやるからこっちに来るんじゃぞ」
「わかったよー、チサ」
食事が終わりお風呂の時間になっても、チサの機嫌は絶好調だった。タオルを石鹸でよく泡立て、自分より遥かに広くて大きな背中を丁寧に擦っていく。
「チサに背中を洗ってもらったのは初めてだな」
「そうじゃったか?
それなら貴重な体験を存分に堪能するが良い」
「力加減が絶妙ですごく気持ちがいいよ」
「なら腕も洗ってやるから、横に伸ばすんじゃ」
膝の上に置いていた手を横に伸ばすと、チサが片手で支えながらタオルで洗い始める。そのまま腕全体を洗い終えると、脇の下から脇腹にかけてタオルで擦り始めた。
「ちょっ、脇腹はやめてくれ、くすぐったい」
「ほれほれ、それくらい我慢せんか、自分でも洗う場所じゃろ?」
「自分でやるのは平気だけど、人にされると無茶苦茶くすぐったいんだよ」
「本当にゼンジはここが弱点じゃなぁ……」
身悶えする善司をニコニコと見つめながら、今度は逆の腕を洗い始めた。そんな2人がイチャイチャしてる姿を、湯船に入った残りの家族が楽しそうに見つめている。
「チサちゃん、今日はすごく機嫌がいいよね」
「ご飯の時もずっとニコニコしてたもんね」
「これまで知られてなかった魔操核の秘密をゼンジが解き明かしてくれたから、やりたい事がいっぱい出来て楽しみみたいだよ」
「……二つの事を同時に出来るようになったと言ってましたね」
「……最近ずっとそんな話をしてましたよね」
「今日その実験をやって、ゼンジの仮説が実証されたんだ」
「私たちだと聞いても良くわからないけど、それくらい嬉しい事なんですね」
「複数の魔操核を使う魔操器なんて滅多に作れないんだけど、それと同じ事が手軽に出来るようになるから、ボクもすごく楽しみなんだ」
「わたくし達も温風の出る魔操器に期待していますの」
「一体どれ位の効果が出るか、とても楽しみですわ」
「大体の形はもう出来上がってるし、後は魔法を刻むだけから、すぐ完成するよ」
先端に向かって絞り込むような形にした筒の後ろから風の魔法を発生させ、途中に設置した熱を発生させる魔法を刻んだ部分に当てて温風にする。風を発生させるファンが無いこと以外は、地球にあったヘアドライヤーと全く同じ仕組みの魔操器だ。
構造も簡単な上に、動作確認用に余計な機能はつけていないので、外装は既に完成している。チサが明日中に見本を書き上げれば、その日の晩に試運転すら可能だった。
「ほれ、次はリリの番じゃから、こっちに来て座るんじゃ」
「わかったよ、すぐ行くね」
善司を洗い終えた後に自分も髪の毛を洗ってもらっていたが、それが終わったチサに呼ばれたリリが湯船から上がり、椅子に腰掛けて髪の毛としっぽや背中を洗ってもらう。他の家族もチサの楽しそうな声を聞きながら、お風呂の時間を堪能していた。
◇◆◇
「……あの、チサさんに膝枕してもらいたいです、ダメですか?」
「……リリお姉ちゃんが、すごく気持ちよさそうにしてたから」
「チサの膝枕はすごく落ち着けるよー」
お風呂を出た後、いつもの様にリリのブラッシングをしていた時、ニーナとホーリが遠慮がちにお願いをし始めた。以前から膝枕をしてもらいたいと思っていたが、先日リリが気持ちよさそうに堪能していたのを見て、どうしても体験してみたくなってしまった。最近のチサはとても機嫌が良く、今日は特にそれが顕著なので、聞き入れてくれそうな感じがした。
「構わんぞ、2人共こっちに来るんじゃ」
「「……それじゃぁ、失礼します」」
「家族なんじゃから、そんなにかしこまらんでも良い」
快諾された上に、家族と言ってもらえて嬉しそうな顔になったニーナとホーリは左右に分かれると、チサの太ももの上に頭をそっと乗せる。その頭を撫でてもらっているうちに、2人の表情はうっとりとしたものに変わっていった。
「……すごく、落ち着きます」
「……ゼンジさんやハルさんとも違う、安心感があります」
「ワシは他の者達と違って肉付きがあまり良くないから、寝心地は悪かろう?」
「……そんな事ないです」
「……暖かくて肌もすべすべで、とても気持ちいい」
寝る時のチサは半袖にショートパンツ姿なので、そこから覗く素肌に触れた2人は、きめが細かく張りと弾力のある肌を羨ましいと思っている。この家に来てから栄養バランスも良くなり、毎日のお風呂を欠かさなくなったチサの体は、その外見にふさわしいタマゴ肌に変貌していた。
「ねぇチサちゃん、私たちも膝枕して欲しい」
「お姉ちゃん達すごく気持ちよさそうだもん」
「この2人が満足したらやってやるから待っておれ」
「あのチサさん、わたくし達もよろしいでしょうか」
「こんな2人の姿を見せられては、わたくし達も我慢できませんわ」
「そんなに目を血走らせんでもやってやるから心配せんで良い」
「チサさん、私もお願いしていいですか?」
「ハルまでそんな事を言うのか……
えぇい、まとめて面倒を見てやるから、並んで順番待ちしておくんじゃぞ」
結局その後はチサの膝枕大会に突入し、全員がその肌触りと暖かくて大きい不思議な感覚を存分に楽しんだ。善司はあまりに膝の上の居心地が良かったので、ゴロゴロしすぎて怒られるまで続けてしまうのだった。