第71話 後始末
全員を寝かしつけた後に台所に戻り、後片付けの手伝いをする。今日は使った食器が多い事に加え、戦力がイールとロールの2人しかいないので、放置してはおけない。
「大変だったね、ゼンジ」
「でも、みんな楽しそうだった」
「俺もこの世界に来て初めてお酒を飲んだけど、すごく楽しかったよ」
「ゼンジってお酒に強いの?」
「あんまり酔った感じには見えないよね」
「特別強いって訳ではないけど、自分の限界は大体わかってるつもりだ」
「ゼンジがお母さんたちみたいになる所も、見てみたいけどな」
「どんな風になるか、ちょっと楽しみだね」
「俺も酔いすぎると寝てしまうから、ニーナやホーリと同じかな」
「今日はどんな感じ?」
「まだ大丈夫?」
「普段より多めに飲んだけど、まだ眠くなる程ではないよ」
「じゃあ今日は一緒に寝ようね」
「飲んでる時はみんなの相手ばっかりだったから、もっと話したい」
「なら急いで片付けてベッドに行くか」
「「うん!」」
2人が洗い終えた食器を布で拭いて棚に並べていき、それが終わると3人で手を繋いで二階へと上がっていった。
◇◆◇
ヘッドボードに背中を預けた善司の両側にイールとロールが座り、腕を抱きしめながら肩に頭を置いて寛いでいる。
「私たちもお酒飲んでみたかったな」
「でも、もしお姉ちゃん達みたいになったら、後片付けする人が居なくなっちゃうね」
「さすがに全員があんな感じになったら、ちょっと大変だな」
「そう言えばゼンジは、ニーナお姉ちゃんとホーリお姉ちゃんがお酒を飲もうとした時に、止めてたね」
「やっぱり元の世界だと飲んじゃいけない年齢だから?」
「元の世界は二十歳になってからしか飲めなかったから、どうしても気になってしまったんだ」
「じゃあヘルカお姉ちゃんとトルカお姉ちゃんもダメなんだ」
「その時は止めなかったけどね」
「ヘルカとトルカは見た目が凄く大人びてるから、すっかり忘れてたよ……」
チサがニーナとホーリにお酒を飲ませようとした時には止めようとしたが、ヘルカとトルカが一緒に乾杯をしてワインを飲み始めた時は全く気にしていなかった。それより、チサが美味しそうにグラスを傾けている姿に、目を奪われていた。小学生の飲酒を見ているようで、その違和感が半端なかったからだ。
「お姉ちゃん達にはさっき聞かれてたけど、ゼンジはやっぱり2人の事が好き?」
「ヘルカお姉ちゃんとトルカお姉ちゃんは、家でもよくゼンジの事を聞いてるんだよ」
「どんな物が好きかとか、どんな事をすれば喜んでもらえるのかとか」
「あと、頭を撫でてもらうのがすごく好きって言ってた」
「今の距離感が心地よくて、ついつい受け身になってしまってたのは反省してる。
ヘルカとトルカは大事な家族だし、もし俺との結婚を望んでるなら、それに応えたいと思うくらい好きだよ」
この世界に来た時は、一夫多妻制やそれを容認する価値観に戸惑ったが、徐々に抵抗は無くなってきていた。ろくに知らない人に言い寄られても応えようとは思わないが、こうして家族としてうまくやっていける女性となら、共に歩んでいく覚悟はできている。
「リリお姉ちゃんがゼンジの肩を何度も噛んでたけど、あれは何?」
「痛かったりしないの?」
「あれはリリの遠い先祖に当たる狼人族がやっていた、親愛の証らしい。
噛むというよりは口づけに近いものだから痛くはないよ」
「ゼンジの事が好きだから噛んじゃうんだ」
「ゼンジと一緒に居る時がしっぽも一番嬉しそうになるし、リリお姉ちゃんもお嫁さん決定だね」
「これでイールとロールが15歳になったら、俺の奥さんは8人になるのか?」
「双子を6人も奥さんにしたら、きっと歴史に残るよ」
「双子館の旦那って名前が、語り継がれる事になるね」
「俺はあんまり目立ちたくはないんだけどなぁ……」
三組の双子が居ると言うだけでなく、多数の女性を連れて街を歩いている姿は注目の的なので今更だが、善司としてはあまり目立つ事をしたくないのが本音だ。できれば今の穏やかで落ち着いた暮らしを、ずっと続けていければいいと思っている。
「もしチサちゃんも結婚したいって言ったら、どうする?」
「今のチサちゃんとゼンジを見てても、夫婦みたいなものだけどね」
「チサとは夫婦というより、親友みたいな感じがしてるから、恋愛関係になれるかはちょっと微妙かな」
付き合っていて気が楽で楽しい人物だし、一緒に仕事をするようになって尊敬の念も強くなって、ちゃんと大人の女性として見ようと努力はしている。しかし、どうしても見た目に影響されて、恋愛感情やそれ以上の欲求に発展するかは未知数だ。
「それはチサちゃんにちょっと失礼かな」
「チサちゃんはゼンジの事を、ちゃんと男の人って目で見てるよ」
「イールとロールがそう言うなら、その通りなんだろうな。
もしお互いにそういう関係になれると思えたら、真剣に考えてみるよ」
「家族全員で同じ人を好きになれるのは、素敵な事だからね」
「みんなで同じ立場になれたら、もっと素敵だよ」
他人の気持ちに敏感なイールとロールが、そう感じているなら間違いないだろう。精霊の血が入ると気持ちの変化に時間がかかると教えてもらっているので、チサとの関係は長い目で見てゆっくりと育んでいきたい。
「9人の妻の想いにしっかり応えられるのかは、少し不安になってしまうな」
「あっ、それなら今と同じで全然問題ないよ」
「ゼンジは違う世界から来たから実感わかないかもしれないけど、今でも一対一の夫婦以上に愛情をもらってるから」
「そうなのか?」
「ヘルカお姉ちゃんとトルカお姉ちゃんが、私たちとゼンジの付き合い方を見て、びっくりしてたね」
「生まれた家に居た頃に、奥さんが多い所と何軒か付き合いがあったみたいだけど、こんなに仲良くしてる家は無かったって言ってた」
女性同士のお茶会を通じて、母からそういった家の内情が伝わる事があったが、一夫多妻や一妻多夫の家庭では、家長が必ず序列を決めてしまう。そんな物を作らず、全員に正妻と同じ愛情を向けている善司は、やはりこの世界では異端な存在だった。
「なら俺のやり方で、みんなを幸せに出来るように頑張ってみるよ」
「「うん! それでこそ私たちが好きになった人だよ」」
この世界の家族のあり方を2人から聞いて、たとえ非常識と言われても自分のやり方を曲げずに生きていこうと決意した。そんな善司の顔を見たイールとロールは嬉しそうに更に密着し、そのまま左右から抱きしめるようにして眠りについた。
―――――・―――――・―――――
翌朝、イールとロールを自分の部屋に送り届けてから着替えをして食堂に行くと、残りの家族全員が椅子に座って少し暗い顔をしていた。
「みんな、おはよう」
善司がいつもと同じ調子で朝の挨拶をしたが、椅子に座っていた5人が一斉に目を逸らす。
「……おはようございます、ゼンジさん」
「……昨日は部屋に運んでもらって、ありがとうございました」
「あぁ、それくらい問題ないよ。
それよりも2人の体調は大丈夫か?」
「……はい、問題ないです」
「……頭が痛かったり、気分が悪くなったりはしてないです」
「あー、じゃぁ他のみんなは大丈夫か?」
「「「「「・・・・・・・・・・」」」」」
昨日は早々に寝てしまって、いつもと同じ調子のニーナとホーリは返事を返してくれるが、他の5人は善司がそう声をかけても、視線を逸らせたまま返事が返ってこない。
「もしかして、昨日の反省会をしてたのか?」
その言葉に5人がピクリと反応した。
この反応と態度は、きっと昨日の事を覚えているんだろう。
「あれは一生の不覚じゃ……
出来れば記憶から消し去りたいくらいじゃ」
チサがここに来てから何度目かの、一生の不覚を口にする。
「私ったらゼンジさんに、あんなはしたない事を……
もうお嫁に行けないわ」
ハルが顔を真っ赤に染めて恥ずかしそうに俯くが、既に結婚してるんだからその点は心配いらない。
「本音とは言え、あんな形で伝えてしまうなんて恥ずかしすぎますわ」
「もっと段階を踏んで、情熱的にお伝えしたかったですのに」
ヘルカとトルカはブルーな雰囲気を漂わせながら、暗い表情をしてテーブルを見つめている。もっとロマンチックな告白を計画していたみたいだが、酒の勢いで言ってしまった事を後悔して、テンションがだだ下がりだ。
「ボク、あんなにゼンジに泣きついちゃって、絶対に面倒くさい女だって思われてるよ。
ゼンジに嫌われたら、もう生きていけない……」
リリはまだ情緒不安定なようで、涙を浮かべながら壁に向かって話しかけている。
○○○
善司はチサの前に移動すると、頭を撫でながら語りかける。
「俺はチサに隣に立っていいと言われて、すごく自信がついたよ」
「あれワシではない誰かが言った妄言じゃ」
「そうだったとしても、チサの口から聞けたから嬉しいんだ」
「あんな喋り方をするのはワシではない、きっと精霊の血がそんな言葉を吐いたんじゃ」
「もしそうなら、チサの中に流れる精霊の血の部分でも俺の事を気に入ってくれてるだから、更に嬉しいな」
「急にあんな口調になって、気味が悪いとは思わなんだか?」
「正直に言うと、女王様みたいでちょっと興奮した」
「……やっぱりお前は変態じゃな」
そう言うと、チサは力なく下ろしていた手を上げて、善司の脇腹を軽くつついた。
◇◆◇
次にハルの近くに行くと手を取って立ち上がらせ、そのまま少し強く抱きしめた。
「ハルがあんなに楽しそうに笑ってる姿を間近で見られて、俺も幸せな気持ちになれたから落ち込まないでくれ」
「でも、あんな事は夫にして良い行為ではないんです」
「この世界だとそうかも知れないけど、俺のいた国では仲のいい恋人同士がする行為だから問題ないよ」
「本当ですか?」
「あんな行為の他にも、一つの容器に入った飲み物を2人で一緒に飲んだり、棒状の食べ物を男女で左右から食べ進めて、口づけをするなんて事も恋人同士でやってたよ」
「ゼンジさんの世界では、そんな恥ずかしい事をするんですね……
なら、これから先に私が同じ事をしても、離婚したりしないでくれますか?」
「そんな事するわけないじゃないか。
こんなに俺の事を愛し尽くしてくれる女性を、手放したりするもんか」
「嬉しいです……ゼンジさん」
ハルは善司を離さないように抱きしめ、肩に顔を擦り付けながら甘えている。
◇◆◇
ハルが抱きしめていた力を緩め「2人の事もお願いします」と言ってくれたので、ヘルカとトルカのそばに移動して肩に手を置きながら話しかける。
「俺は一般庶民だから、ヘルカとトルカのように気品があって教養の高い女性に、どうしても気後れしてしまっていたんだ」
「わたくし達はもう、流浪の民なのですから、そんな事を気にする必要はありませんわ」
「それに、たとえ別の出逢い方をしていたとしても、同じ気持ちになれたと思いますの」
「もう一度、お互いの気持が確かめ合えたら仕切り直しをして、次は俺の方から想いを告げたい」
「ゼンジさん、あなたはズルすぎますわ」
「そんな事を言われて、わたくし達が拒否できる訳ありませんもの」
ヘルカとトルカは、肩に置かれた手に自分の手を重ね、頬を擦り付けながら嬉しそうに微笑んだ。
◇◆◇
重ねられた手を離してもらえた後は、リリの近くに行って後ろからそっと手を回す。
「リリの事は甘えてくれる可愛い人と思ってるから、こっちを向いてくれないか?」
「その場しのぎの言葉なんて聞きたくないよ、ボクの事を迷惑だって思うならはっきり言って欲しい」
「前にも言ったと思うけど、リリに素直な感情をぶつけてもらえるのはすごく嬉しんだ」
「あんなに泣きついたり、肩を甘噛みしても?」
「それだけ俺の事を大切に思ってくれてる証拠だろ?」
「うん、ボクはもうゼンジのそばを離れたくない」
「それならあの程度は何の問題もないよ、もっと甘えてくれてもいい位だ」
「すごく依存しちゃうと思うけど大丈夫?」
「リリが頼りにしてくれるなら、俺はもっと頑張れる」
「うぅ~、ゼンジィ、ボクすごく嬉しいよぉ」
リリはくるりと反転すると、立ち上がって抱きつきながら肩を甘噛みしてくる。
◇◆◇
「……さすがはゼンジさんですね、やっぱり私たちの旦那様は素敵です」
「……私たちがいくら慰めても晴れなかった心を、穏やかにしてくれました」
「俺が来る前にニーナとホーリが話を聞いてくれていたから、こうしてみんなが打ち明けてくれたんだと思うよ」
ニーナとホーリの頭を撫でながら、2人があらかじめ話を聞いて昨日の出来事を整理できていたから、一気に本質へ迫れたんだと確信している。そうでなければ本心を聞き出すのに、もっと時間がかかっていただろう。
こうして、イールとロールが着替えを済ませ、食堂に来る頃には全員がいつもの調子に戻っていた。
主人公も酔ってるので、年下の子供についつい弱音を吐いてしまっています(笑)
それから、11月11日の定番シチュエーション!