第69話 プレゼンテーション
誤字報告ありがとうございます。
投稿前にも、もう一度読み直してるんですが、なかなか減りませんね(汁;
この話で6章が終わりになります。
やはりと言うか、お約束と言うか、まったくの新規開発だけあって細かな不満がいくつも出てくるので、何度か見本を作り直したりデザインの微修正を行ったが、全員が満足できるクオリティーに仕上げることが出来た。チサやスノフも含めた4人で魔操組合に向かっているが、さすがに収納魔法で持っていくわけにもいかないので、裁縫の魔操器は善司が持ち運んでいる。
この世界にはプラスチックという素材はないが、非常に軽量で加工がしやすく一度形にしたものでも修正が容易な素材を多用しているので、見た目の大きさの割に軽く、持つのに苦労はない。
「荷物を持ってもらってごめんねゼンジ」
「そんなに重くないから大丈夫だ」
「ゼンジはもう少し力をつけるべきじゃからな、これくらい持たせる方が良いくらいじゃな」
「そう言えば、ブラッシングが気持ちよすぎて動けなくなっちゃった時、ボクを運ぶの大変そうにしてたね」
「椅子に座って入力する仕事だし、力が無いのは仕方がないと思うぞ」
「そんな情けない事でどうすんじゃ、ワシを片手で持ち上げられるくらい鍛えてみんか」
「何だ、チサは俺に抱っこして欲しいのか?」
「持ち上げるだけじゃ、抱っこなどまっぴらごめんじゃ!」
「ボクは毎日ゼンジに抱っこして欲しいかな」
「お前さんたち、本当に仲が良いな」
道を歩きながら話に花を咲かせる3人を見て、スノフは呆れ顔でそう呟いた。チサもリリも人目を引くので通行人に注目を浴びているが、3人はそれを気にする様子もなく、完全に自分たちの世界に入ってしまっている。
練習で作った雑巾を何枚かお裾分けされ、魔操器が実際に動く所も見せてもらったが、速度変化の滑らかさには驚きを禁じ得なかった。善司の作った見本を何度か見て、その特殊性には気づいていたが、まさかここまでの物に仕上がっているとは思いもしなかったからだ。
そんな物を完成させてしまった常識に囚われない発想力と、それを魔操言語で完全に制御しきった技術力は見事としか言いようがない。これからも3人で組んで開発をしていくと聞いて、スノフも今後の魔操器がどう発展していくのか楽しみになってきていた。
◇◆◇
魔操組合に到着し、新規開発の魔操器を提示したいと言うと、ちょうど王都から組合幹部が視察に来ているらしく、その人も交えて発表する事になった。朝の打ち合わせがもうじき終わると言われ、先に会議室に入って4人で待っている。
「うぅっ、ちょっと緊張してきたよ」
「まさか本部のお偉いさんが来てるとは思わなかったな」
「本部と言っても、ただデカイだけで魔操組合である事は変わらん。
別に緊張なんぞせずとも何時も通りで大丈夫じゃ」
「幹部も組合職員だから、技術者や職人に非礼な事はせんよ」
「うん、ありがとう、チサ、スノフさん。
あの……ゼンジには頭を撫でてもらいたいんだけどダメ?」
「それくらい構わないぞ」
下から怯える子犬のような目を向けられて、善司にそれを断る選択肢は無い。収納魔法で耳を隠しているリリの頭を優しく撫でていると、不安そうだった顔つきが徐々に穏やかな表情に変化していった。
「ありがとうゼンジ、落ち着いてきたからもう大丈夫だよ」
「この魔操器はみんなで作り上げた自慢の逸品だからな、自信を持って発表しよう」
「ワシはあいつらの驚く顔を見るのが楽しみじゃ」
「これを見せられて驚かん奴はおらんだろ」
そんな話をしていると、入り口から5人の男性が入ってきた。支部長が紹介してくれたが、魔操組合本部で専務の役職についている人と、この支部でハードウェアを統括している職員、それにソフトウェア統括の職員に、権利処理を担当している職員らしい。
「久しぶりじゃな、最近見かけんと思ったら専務になっておったのか」
「チサ様、ご無沙汰しております」
本部から来た男性がチサから声をかけられて、深々と頭を下げる。
「王都で長く仕事をしてただけあって、知り合いだったんだな」
「昔こやつが本部の長をやっとった頃に、見本の指名依頼で揉め事が起きてな。
依頼した開発者が見本を完成させられずに夜逃げしおって、怒り狂った貴族が組合に怒鳴り込んできたんじゃよ」
「そんなに難しい依頼だったのか?」
「少し学べば、お前でも出来るような難易度じゃ。
組合内部で喚かれて煩くて仕方なかったんでな、ワシがその場で見本を組んで叩きつけてやったんじゃよ」
「その節は大変お世話になりました、チサ様に助けていただかなければ、私は今この場には居られなかったでしょう」
王都で六十年ほど活動していたと聞いたが、このエピソードだけ聞いてもチサの優秀さがわかる。そしてこの部屋で、パワーバランスのトップに立つのがチサだと全員が認識した。リリもそんなチサを憧れの目で見ているので、肩の力を抜く良い影響をもたらした様だ。
支部長が仕切り直して、いよいよ裁縫の魔操器のプレゼンが開始された。
「これが今回開発した、裁縫の魔操器です。
今までは工房や大きなお屋敷にしか置けなかったものですが、機能を絞って普通の家でも使える大きさにしてみました」
「しかし、この大きさだと速度の調整は不可能ではありませんか?
今までも小型化に挑戦した職人はいましたが、動きが速すぎたり縫う力が足りなかったり、いずれも失敗していますが」
ハードウェア担当の職員がこれまでの事例を話してくれたが、リリの他にも小型化に挑戦した職人は居るらしい。しかし全て失敗に終わったというのは、回転運動は軸を回すという固定観念から抜け出せなかったからだろう。
「この魔操器は、動きをほぼ無段階で調整できます。
これは原価を抑えるために4段階に限定していますが、縫い始めはゆっくりと動き徐々に速くなっていくという処理を施しています」
「業務機ですら実現できない機能が、この小さな魔操器の中に入っていると?」
「実際の動きを見てもらったほうが早いと思います」
リリはマナ供給口を使わせてもらうと断って、壁のプラグと魔操器をケーブルで繋ぎミシンを起動させる。スタートボタンにタッチすると針がゆっくりと上下に動き出し、速度切り替えレバーを動かすと、それに合わせて速度がシームレスに変化していく。
一旦停止して速度切替を最高速にしてからスタートすると、ゆっくり動き始めた針が徐々に速くなり、途中からは一気に加速していった。最高速に到達する時間が遅いという意見を取り入れて、放物線を描くように速度を上げていく処理を施した成果だ。
それを見ている組合関係者の5人は、唖然とした顔で目の前にある魔操器を見つめている。リリは淀みなく説明を続けていき、実際に糸を通して返し縫いをやったり、布を重ねて厚手にして縫い合わせたり、機能として全く問題がない事を披露した。
「以上でこの魔操器の基本的な機能の説明を終わります。
業務機のように複雑な縫い方は出来ませんが、これでしたら持ち運びも可能ですし、一般家庭で購入していただける程度に価格を抑える事が可能です」
「「「「「・・・・・・・・・・」」」」」
説明が終了しても誰一人として口を開く者はおらず、会議室の中が静寂に包まれた。
「お主たち何か喋らんとリリが困っとるではないか」
「……しっ、失礼しましたチサ様。
あまりに衝撃的な光景が目の前で起きましたので、何を話せばよいか思い浮かびませんでした」
リリがこちらの方に助けを乞う視線を向けてきたので、チサが職員たちに向かって催促すると、やっと支部長が再起動を果たした。
「これは一体どの様な機構で実現したのですか?」
「今まで何かを回転させる場合は軸を動かすのが常識でしたが、これは外周に配置した板に移動の魔法を刻み、円状に動かす運動にして、それを軸に伝えるという方法にしてみました」
ハードウェア担当の職員に質問され、魔操器のカバーを外して車輪の形になった部分や、ダイレクトドライブにした機構を説明していく。針の上下運動や布を送る部分にはギアやクランクが使われているが、大本の動力を生み出す部分はシンプルで、余計な駆動部品は一切ついていない。
「確かにこれは画期的な駆動方法ですが、あれほどゆっくりとした動きを生み出せるとは思えないのですが」
「それは魔操言語の方で制御していただきました」
「さすがチサ様ですな、これほどの見本を組み上げてしまわれるとは」
「いや、ワシは魔法の起動法について協力したくらいで、基礎理論はこのゼンジが編み出したものじゃよ」
「隣の男性はチサ様のお弟子さんではないのですか?」
「専務、こちらの男性は計算の魔操器や確実に反応する切り替えの見本、それに例の金庫の見本を作られた方です」
「なっ、なんと……」
最近立て続けに新しい見本が公開され、その全てがこの街から提出されたものだった。王都からこの支部に視察に来たのは、その人物の情報を得る目的と、チサが拠点を移した理由を聞くためだった。そこに運良くチサ本人が訪ねてきたが、もう一人の人物も一緒とは驚いた。
善司が説明してくれる制御方法の理論を聞きながらチサを見るが、これまでの印象とは全く違い非常に楽しそうに隣に立つ男に視線を送っていた。魔操組合で見かけるチサはいつも不機嫌そうで、身なりにも気を使っていなかったが、今日は服も女性らしく着こなし、髪の毛もしっかり装身具で整えている。
チサがこの街に来た理由は、この善司という男性の存在で間違いないだろう。魔操言語にはあまり明るくないが、話を聞いていても非常に高度な知識を持っているだろう事はわかる。そもそも“不用意に触れてはいけない存在”とまで言われていたチサが、こうして誰かと一緒に居ること自体がありえないのだ。
そんな彼女に女性らしい格好をさせ、近くに居ても不機嫌にさせず笑顔を浮かべさせる程の存在。善司を見つめる専務の喉が、無意識にゴクリと鳴った。
「それで俺たちは今後3人で組んで活動していこうと思ってるんです」
「これが魔操器に刻む印で、名前はトライスターって言います」
「……見た事の無い形をした印ですし、名前も他との重複はありませんね」
リリが刻印を作る原画の複製を差し出しながら名前を告げたが、受け取った権利処理担当の職員が問題ないと告げてくれる。
「それでは私共の支部から、3人の識別名称と商標として登録させていただきます」
「ワシらはこれから今までに無い魔操器を作るつもりじゃから、楽しみにしておくと良いぞ」
「ゼンジ様は王都に拠点を移されるお考えなどはありませんか?」
「俺はこの街に愛する家族がいますし、今の雇い主の職場を辞めるつもりはありませんので」
「ワシもお前さんが辞めたいと言うまで手放すつもりはないからな」
「ではチサ様が王都に戻られるご予定や、リリ様が移住される計画などは……」
「ワシは当分ゼンジのそばを離れる気はないぞ、それに此奴の家は設備が充実しておるから住みやすいんじゃ、王都でもこんな物件は見つからんじゃろう」
「ボッ……私もティーヴァからここに工房を移して一緒に暮らす事にしたから、王都に移住する予定はありません」
「左様でございますか、了解いたしました」
専務は諦め顔でがっくりと肩を落とし、支部長は少し嬉しそうな表情になっている。こうして話していても3人の関係は非常に良好に見えるが、まさか全員が同じ家に住んでいるとは思っていなかった。善司が移住を決めなければ他の2人は動かないだろうし、いくら優秀な職人や開発者を欲しいといっても、強引に王都に連れて行く事は出来ない。専務は本部に戻って今日の様子を伝え、3人の移住は諦めてもらおうと決意した。
◇◆◇
その後は魔操器が承認を得られた時の手続きや特許利用料の話などをし、必要な書類や資料を渡して今回のプレゼンは終了となった。
まずはリリの渡した設計図通りのコピー品を作り、それを使った安全テストや実働試験をして、実用性が認められれば晴れて商品として売り出すことが可能になる。駆動部分は全くの独自仕様だが、それ以外の部品は市場に出回っている汎用品も使える事に加え、構造がシンプルなだけあって十日位で結果が出るだろうとの事だ。
たまたま王都から組合幹部が来ていたので、その分承認も早くなるのは幸運だった。
全く新しい駆動方法、そしてこれまで誰も思いつかなかった制御方法で作られた魔操器の話はその日のうちに王都に伝わり、本部の技術担当職員が大挙してエンの街にある組合支部に押しかける事になるのだった――
マナ供給口はガスのようなイメージで書いてます。
マナという謎物質は古典物理学のエーテル的な感じ。
必要なメンバーが揃ったので、次章からいよいよ技術革新が始まります。
(その前に閑話的な話がありますが(笑))