第68話 チーム結成
隣の家の工房化はまだ工事中のため、魔操組合が提供してくれた作業場を借りて、魔操器の改造をする事になった。リリの道案内と迷子対策に、チサが同行してくれているので安心だ。時間はそんなにかからないらしいので、帰ってから本試験をする予定にしている。
家路を急ぐ善司のカバンにもテスト用の魔操板が入っており、これには双子が使えるようにした対策も盛り込まれた、製品とほぼ同等の仕様で作ったものだ。
家に帰ると夕食の準備を一時中断して全員がリビングに集まり、魔操器が動き始める様子を固唾をのんで見守る。速度切り替えレバーを最低速に合わせ、ヘルカがスタートの部分に触れると、裁縫の魔操器の針が上下にゆっくり動き出した。
速度レバーを低速、中速、高速と切り替えていくと、針の動きもそれに合わせて滑らかに速度を上げていき、一度停止して再開すると設定した速度まで徐々に加速していくのも確認できた。
「やったね、ちゃんと動いてるよ」
「一番ゆっくりした動きなら、私たちでも使えそう」
「この子の承認がもらえたら、この家に一台贈るからみんなで使ってね」
「今まで普通の家には置けなかったものが、こうして私たちの目の前で動いてるのは凄いわね」
「……ちゃんと双子でも使えるようになってるのは、流石ゼンジさんです」
「……後で少しだけ動かしてみたい」
「どんな使い方をされても不具合が出ないか試したいから、一通りの試験が終わったら自由に触ってもらっても構わないよ」
「針の部分だけは気をつけてね」
「あとはワシらで色々動作確認をして、魔操組合に提出じゃな」
「裁縫の魔操器は使った事の無い人が多いだろうから、未経験者のみんなに色々試してもらいながら、細かい調整は必要だと思うけど、ひとまず大きな山場は越えたと思っていいだろうな」
リリは嬉しそうな顔で、魔操器を使って試し縫いをする家族を見ている。善司にとっても全く未知の分野だったが、今回の開発は学ぶ事が多かった。まだ移動魔法だけだが、実用になる移動速度レンジの狭さや、応答特性などの制限がキツイ故にやりがいがあった。
「これが売り出される事になると、製造はどうされるのですか?」
「リリさんお一人だと、市場の需要に答えられませんわよね」
「これは技術資料や製品にする際の細かな仕様を公開して、色々な工房や職人に作ってもらえるようにするんだよ」
「リリの提示した規格に合格した品質の製品だけが、販売できるようになるんじゃ」
「この技術や構造が他の製品に転用された時はどうなるんだ?」
「これまで誰もやった事のない、全く新しい技術だと一定期間保護されるんだ」
「同種あるいは派生の技術を使うと、リリに利用料が支払われるから大丈夫じゃ」
この辺の仕組みは元の世界にもあった特許や、ロイヤルティーと同一だった。この技術はかなりの分野に応用が効くから、引っ越しや工房移転の経費も十分に賄えるだろう。
「ゼンジとチサにお願いがあるんだけどいいかな?」
「何じゃ?」「何でも聞くぞ」
「今までずっと既存の枠組みの中で魔操器を作ってきたんだけど、この子がこんなに幸せそうに動いてるのを見て、もっと型に囚われない物を作ってみたくなったんだ」
「それは良いと思うぞ」
「面白そうじゃな」
「今の見本だと動かないものになるし、開発や実装は3人で一緒にやっていきたいんだけどダメ?」
「前にも言ったけど、俺の世界にあった物もリリに再現して欲しいと思ってるし、こっちからお願いしたいくらいだよ」
転送の魔操器や今回のように魔法を利用した駆動方法など、地球より優れている部分もあるが遅れている部分もある。計算器用の見本を作った時にも、使い勝手の向上につながる思いつきはあったが、さすがにハードウェアまで手が出せないので諦めていた。そんな時にリリがいれば改良も可能になるので、善司にとってそれは願ってもない事だった。
「ワシは複雑な制御が必要な魔操器の見本開発を好んでやっておったが、簡素だが奥が深い今回の魔操器は実に刺激的じゃった。
次からも絶対に関わらせてもらうからの」
今回の開発は、チサにとっても初めての体験だった。自分の持つアイデアを善司に伝え、それに彼が手を加えながら形にする、逆に善司のアイデアを自分の持っている知識と融合させ、魔操器で使える形に実装する。これほど開発に心躍らせたのは、魔操言語と出会って見本の開発に初めて挑戦したとき以来だ。あの当時の気持をこれからも味わえると思うと、自分の中にある人とは違う血が騒ぐ気がした。
「ボクすごく嬉しいよ、みんなに出会えて本当に良かった。
2人の仕事の邪魔はしないようにするから、これからもずっと一緒にやっていこうね」
リリは並んで座っていた善司とチサの2人を、まとめて抱きしめるようにして、しっぽを大きく揺らしながら喜んでいる。自分を育ててくれた人が鍛冶屋をやっていて、その影響で子供の頃から物づくりが大好きだった。それが高じて魔操器職人の道を歩きだしたが、深く知れば知るほど今の製品に不満が募ってきた。
だが、それを解消しようとすると既存の規格や仕様から逸脱してしまい、見本の開発から始める必要があったので諦めていた。しかし、どうしても新しい回転方法のアイデアだけは実現したくて、こうして依頼を出すことにしてみたが、まさか国内最高峰の魔操言語開発者と共同で作る事になるとは思っていなかった。
それに、善司がそんなチサと同等の実力を持ち、お互いを補完し合うような関係を築いていたのは嬉しい誤算だった。この2人がいれば、自分の持つアイデアを全て実現できる、そんな夢のような未来が訪れる気がして体が震えた。
◇◆◇
夕食も食べ終わり、食休みの間にもみんなで試し縫いをやってもらいながらテストを繰り返したが、細かな調整点はソフト・ハード共に見えてきた。やはり未経験者が使う前提になると、わかりやすく誤操作しにくいボタン配置や機能表示が必要になり、これはリリがみんなの意見を取り入れながら改良をする。
ソフト面では、レバーで設定した速度まで到達させる際に、全域で同じ加速をさせていた為、ストップから最高速だと時間がかかりすぎるという問題を指摘された。これは出だしはどの設定でも同じ様に加速するが、最終的な速度に向けて放物線を描くように上がっていく改良をするつもりだ。
「やっぱり実際に使ってみると、色々気になる所が出てくるな」
「でも実際に使う人から意見をもらえると、すごく良いものが出来るからね」
全員で湯船につかりながら話をしているが、話題はやはり魔操器の事ばかりだ。この家にある設備だけでなく、新たに使える魔操器が増えたというのは、三組の双子にとっても嬉しい出来事だった。
「……雑巾が沢山できちゃいました」
「……手で縫わなくてもいいからすごく楽」
「短時間でできるから、つい作りすぎてしまったわね」
「いらない布はわたくし達の家にまだまだありますから、どんどん練習してくださって構いませんわよ」
「作りすぎたものは、どこかにお裾分けするか寄付してもいいですわね」
練習がてら雑巾を作っていたが、手縫いとは比べ物にならないスピードで完成するので、当分困らない程度の在庫ができていた。この用途だけ見ても、ミシンがあると楽になる人は必ず居ると確信できる。
「ねぇ、ゼンジとチサちゃんとリリお姉ちゃんが3人一緒に何かするんだったら、名前とか付けないの?」
「まとめて呼べる名前があった方がいいと思うんだけど」
「それは考えてなかったね」
「個人が集まって集団名みたいに登録って出来るのか?」
「大きな工房は、自分たちの識別名称を作っとるところもあるし、可能じゃよ」
「それなら集団名を作ってみても、いいかもしれないな」
「そっちの名前で製品や見本を発表したら、個人を特定しにくくなるし登録しちゃおうか」
「そう言えばそうじゃった、そんな利点もあったの」
「なんかカッコイイのがいいよね」
「誰も聞いたことの無い名前とかいいかも」
「……3人を象徴するようなのがいいと思う」
「……響きのきれいな名前だと素敵」
「誰も知らない新しい名前というのは難しいですわね」
「それに3人に関する事を盛り込むのは難度が高いですわ」
「ゼンジさんの世界の言葉で何かありませんか?」
「そうだなぁ、三に関する言葉って結構あったな……」
三が含まれる言葉を思い浮かべてみると、“三原色”・“三位一体”・“三種の神器”・“御三家”・“三連星”など色々なものがあった。そんな中でチーム名として使えそうなのは、やはり“星”だろうか。魔操業界に燦然と輝く三つの星というのは少し大げさかもしれないが、いま開発している魔操器はそれだけの影響を与えるポテンシャルはある。
この世界に無い言葉で三を表現するなら“スリー”・“サード”・“ドライ”・“トロワ”辺りならすぐ思い浮かべられる。他は“トリオ”・“トリプル”・“トライアングル”なども、三に関係する言葉だ。
「トライスターとかどうだろう?」
「“とらいすたー”ってどんな意味があるの?」
「俺の世界の言葉で“三つの星”って意味があるんだ」
「それならワシらにぴったりではないか」
「うん、素敵だと思うよ」
三に関する接頭語と星にくっつけてみたが、他の家族にも好評だったので、3人のチーム名は“トライスター”に決まった。この世界に無い言葉だし、三を象徴しているし、何となく響きも良いと思う。
「なら後は商標じゃな」
「それも必要なのか?」
「文字や図形を組み合わせたものを製品に刻んでおくのが普通だね」
「例えばどんなのがあるんだ?」
「そうじゃな、魔操器に関係する部品や道具を題材にしたり、名前に関するものが多いの」
「なら、三や星に関する記号や象徴を組み合わせるのが、良いかもしれないな」
「折角だから、それもゼンジの世界のものを教えてよ」
「わかった、お風呂を上がったら描いてみるけど、あまり期待はするなよ」
字はともかく絵心は無いので、凝ったデザインや洗練された構図に仕上げる自信はない。元の世界にあった★マークや英字を書いて、あとは得意そうな人に丸投げしよう。
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翌日、昨日出された修正案を元に新しい見本を作って魔操板に焼いてして家に帰ると、魔操器の方も細かな修正を完了させて出来上がっていた。そこには善司が描いた星マークや、ゴシック体や筆記体で何種類も書いた英字の一つが選ばれ、本体に刻印されている。
「さすがリリだ、きれいに仕上がってるじゃないか」
「みんなにも一緒に考えてもらったんだよ」
寝る前にも全員で部屋に集まって色々アイデアを出してみたがまとまりきらず、善司が仕事に行った後に改めて決めたトレードマークだ。大中小の星を3つ重ね合わせ、英字は筆記体を選んでいた。刻印なので凹んだ部分と素の部分の二値画像だが、図形がシンプルなだけによく目立っている。
「すごくカッコイイよね」
「みんなで、もうこれしか無いって思ったもん」
「……ゼンジさんの世界の文字も、流れるようで綺麗です」
「……すごく不思議な形ですけど、私は好きです」
「この文字がみんなお気に入りだったものね」
「小さい星がチサさんで中くらいがリリさん、一番大きなのがゼンジさんなのでしょうか」
「年齢順だと一番大きいのがチサさんで、ゼンジさんリリさんの順ですわね」
「まぁワシが年長者じゃからな」
「俺もこの印は気に入ったよ、覚えやすいし目を引く形だと思う」
「ゼンジにも気に入ってもらえてよかったよ。
今日の試験で問題がなかったら、これを持って魔操組合に行こうね!」
しっぽをブンブン揺らしながらリリが魔操板をセットするスロットを開けてくれたので、そこに今日持ってきたものをセットして試用試験を開始した。
ロゴは適当にでっち上げてるので、ウニとか言わないでください(笑)