第67話 仕様策定
お昼を食べて片付けを終わらせ、少し休んでから新たな見本開発を進めていく。リビングのテーブルだと背が低すぎるので、今日は善司の部屋にある机で作業を開始した。
夕食の準備まではまだ時間があるので、全員が部屋に集まり机の横に立ったりソファーに座ったり、見学会のようになってしまっている。
「見ててもあまり面白いものじゃないと思うんだが」
「ゼンジさんが一生懸命仕事されている姿は素敵ですから、いくら見ても飽きませんよ」
「ハルはゼンジに惚れ込んでおるから、あまり参考にならんな」
「前の家でもゼンジの背中に、ずっと熱い視線を送ってたもんね」
「私たちも一緒に見てたけど、飽きたりしなかったよ」
「……私たちもゼンジさんが見本を作る所を見てみたいです」
「……ちゃんと大人しくしてますから」
「少しくらい話をしても大丈夫だから、そこはあまり気にしないでくれ」
「こやつは話をしながら魔操紙印刷ができる、ど変態じゃからな」
「流石にあんなに話をしながら見本を作るのは無理だけど、問いかけや質問に応じるくらいは問題ないぞ」
「これはわたくし達が見学しても宜しいものなのでしょうか」
「機密情報とか契約上の問題は発生しませんの?」
実家が代々商売人だったこともあり、ヘルカとトルカは契約内容や機密保持に関する事を気にしていた。
「依頼者がボクだから家族にそんな事は言わないし、この家はチサが職場として登録してるから、全員が関係者として魔操組合は納得させられるよ」
「ほんとにチサはその辺りうまくやってくれたから助かるよ」
「こら、気安くワシの頭を撫でるでないわ!
国が関わっとる開発は流石に無理じゃが、今回のような場合は心配いらん、思う存分見ていて構わんぞ」
厳密に言えば守秘義務が発生するが、外部に秘密を漏らす可能性は、この家族に限ってありえない。それは善司の素性が、家族以外に知られていない事で明らかだからだ。
善司が椅子に座りチサが机に手を置いて、覗き込むような姿勢を取った状態で見本の記述を開始した。
◇◆◇
まずは、何パターンか段階的に速度を変えていく見本を作ってみる。移動の魔法が最大の力を発揮するパラメーター、つまりトルクが一番大きいポイントを使い、速度は間欠起動の間隔で調整する。
「ゼンジ、それではダメじゃ」
「どういう事だ?」
「魔法は起動するまでに僅かな時間差があるんじゃ、連続して異なる引き数を与えると、処理落ちして動きが不安定になる」
「どれ位の間隔なら大丈夫なんだ?」
「そうじゃな、一般的には……
……えぇい、机が大きすぎて手が届かん!」
この部屋にある机はかなり背が高く奥行きもあり、身長が170センチを超えている善司にはちょうど良いが、40センチほど背の低いチサには大きすぎた。机の上に乗り上げるようにして手を伸ばしているが、後ろから見るとちょっと大変な事になっている。
「そうやって机に乗り上げると、下着が見えそうになるからやめてくれ」
「なっ!?
こっ、この不埒者が! どれだけワシを辱める気じゃ!!」
「だからこうして忠告してるんじゃないか。
無神経な言い方をして悪かったから、機嫌を直して俺の膝に座ってくれ」
「全くこの部屋を使おうと言い出したのは、ワシにこれをさせるためだったのではあるまいな」
善司に抱き上げてもらいながら膝の上に座ると、チサにとってもちょうと良い高さの机になった。そしてそのまま魔法を連続発動させる時の具体例を書き連ねていく。
○○○
「わたくし達がこの街に来た時に、チサさんから色々とお話を伺ったのですけれど、どういう状況だったのか何となくわかってきましたわ」
「最初はゼンジさんの事を誤解してしまいましたが、こういう状況を少し誇張したり要点をぼかして話しをすると、ああいった感じに伝わるのですね」
「ゼンジさんとチサさんはすごく仲が良いですから、私たちが見て少しやりすぎじゃないかしらと思っても、2人は全然気にしてなかったりするんですよ」
「チサちゃんはゼンジに結構ひどいこと言うけど、あれはじゃれ合ってるだけだしね」
「ゼンジもチサちゃんを揶揄ったり煽ったりするけど、それも同じだよね」
「……あの2人の関係は少し羨ましいです」
「……あんな付き合い方は私たちには無理だから」
「ニーナとホーリには2人にしか無い良い所があるんだから、そんなの気にしちゃダメだよ。
それにみんなが同じ様な考えや行動だったら、昨日みたいに新しい発想は生まれないからね」
半分諦めかけていた駆動方法が、ニーナとホーリの発想がきっかけになって、解決の糸口に繋がった。リリにとってそれは福音であり、ここに居る家族全員に新しい魔操器の事を伝えた結果だ。
未発表の魔操器に関する情報公開範囲は製作者本人が自由にできるので、こうしてみんなに知ってもらえた事は良かったと思っている。従来どおりの方法、もしくはリリと善司だけで開発を進めていたら、途中で諦めていたか完成が大幅に遅れるかのどちらかだっただろう。
「……そう言ってもらえるのは、すごく嬉しい」
「……リリお姉ちゃんの役に立てて、本当に良かった」
「私たちもリリお姉ちゃんの役に立てるように、魔物狩りを頑張るよ」
「そうだね、久しぶりだけどちょっと楽しみだよ」
「毎日じゃなくていいし、誰でも使える武器が完成してからでいいからね」
「わたくし達もがんばりますわ」
「狩りに行かない日は、お菓子作りも頑張りますわよ」
「……お菓子作りは私たちも頑張る」
「……お仕事でやってみてもいいくらい好き」
「みんなのやりたい事が形になってきて嬉しいわ」
「お母さんは何かやってみたい事はないの?」
「趣味とか見つかった?」
「私はゼンジさんや家族みんなが快適に過ごせるように、家を守っていくのがやりたい事よ。
でもそうね、家が華やかになるように、お花とか育ててみたいわね」
「園芸でしたらわたくし達にも心得がありますから、お手伝いできますわ」
「南国とは環境が違いますけれど、基本的な事は同じですから、この国でも問題ないはずですわ」
「今までやった事がなかったから、お願いするわね」
家庭の教育方針で様々な事を学んできたハイスペックな2人が家族になったので、選択肢の幅が一気に広がり好ましい影響を与え始めていた。
○○○
「何じゃ、他にも見本を作るのか?」
「この駆動方式の特性を掴んでおきたいからな」
速度を徐々に変化させていく見本を組み上げた後、また新しい紙を用意した善司に、膝の上に座ったまま作業を見ていたチサが疑問を投げかける。
「まさか今度は発動周期を変えるつもりか?」
「さすがチサだな、その通りだよ」
「ワシの頭をすぐ撫でる悪癖をいい加減改めんか!」
この世界には無い制御方式だったが、要所々々で説明をしながら見本を組み上げていたお陰で、チサにもその仕組みと効果が理解できるようになって来ていた。
「周期が長いと低速回転が難しくなったり、負荷が変化した時……この魔操器だと厚い布を縫う時だな、そんな場合に滑らかな動きができない可能性が高くなる。
逆に周期を短くすると負荷の変化に強くなるけど、今度は回す力が下がってしまう恐れがある」
「発動間隔だけでなく発動周期も変化させて、その最適解を探ろうという訳か」
「この世界初の試みだから、色々試しつつ探していくしか無いからな」
「こんなに心躍る経験は初めてじゃ、やはりここ来たのは正解じゃった」
「俺もこうやって議論しながら開発するのはすごく楽しいよ」
善司の持っているのは電気で動くモーターの制御知識なので、魔法でも同じ理屈が通用するかわからないが、未知の領域への挑戦は胸が高鳴る。それに近くに家族がいて話に花を咲かせていたり、膝の上に座ったチサが真剣な表情で手元に視線を向けてくるのが、適度な緊張感とくつろぎを与えてくれ、とても心地よい環境になっていた。
周期を数段階変えたものの他に、魔法の移動速度調整と併用させたハイブリット方式を取り入れたものも組み上げ、夕食ができる直前まで2人は見本の開発に没頭していた。
―――――・―――――・―――――
翌日、職場で焼いてもらった数枚の魔操板を持って家に帰ると、リビングに集まってテストを開始する。まずは段階的に速度を変化させる魔操板を取り付けて起動してみるが、間欠発動する移動魔法がゆっくりと裁縫の魔操器を動かしていく。
「すっ、凄いよこれ!
この魔操器がこんなにゆっくり動くなんて信じられない」
「業務用の据え置き型でも、ここまで速度を落とせるものは無いじゃろうな」
「これなら返し縫いも余裕ですわね」
「慣れるまで失敗も多いのですけれど、この速度でしたら初めて使う人でも安心ですわ」
同様の魔操器を使った経験のあるヘルカとトルカにもお墨付きをもらい、実際に布を挟んで負荷をかけたりしながらテストを繰り返していった。
「速度の切り替えも滑らかだし、低速で動かす時と高速で動かす時の、周期や引き数もわかってきたな」
「使いやすい速度はどの辺りなんじゃ?」
「そうですわね、とてもゆっくりなこの速度は絶対に必要ですわ」
「後は遅めのこれ位と速い速度でしょうか」
速度毎のパラメーターを表にしたものを指さしてもらいながら経験者の意見を聞き、最終的な仕様を決めていく。やろうと思えば無段階の調整もできるが、魔操器側で安価に実装できる技術を使う方が良いし、操作が複雑になったのでは意味がない。
「なぁリリ、これに速度調整の切り替えを4段階くらいつけられないか?」
「切り替える部品をつけるのは簡単だよ」
「なら、最低速と低・中・高速の4つでどうだろう?」
「それくらいが妥当じゃろうな」
「返し縫いに切り替えた時は常に最低速で動かすとして、通常縫いの時は設定速度まで徐々に速くなる方が使いやすいと思うんだ」
「それは良い考えですわね、この魔操器ならそんな事も可能になるのが素晴らしいですわ」
「止める時や遅くする時は即座に切り替わる方が良いですけれど、縫い始めや速くする時には、その方が慌てずに済みますわ」
「みんなのお陰で、ボクの魔操器がどんどん凄くなっていくよ」
ギアやベルトで速度調整をしないダイレクトドライブだから実現できる制御方法に、善司の知識と技術やチサの経験、それに利用者の意見まで反映して作り上げていく魔操器は、業務機を超える性能と使い勝手を獲得していきつつあった。