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第64話 ディスカッション

 その日のリリは一日中ご機嫌だった、流石に職場でベタベタする事はなかったが、嬉しそうに善司が仕事をする姿を眺め、お弁当を幸せそうに食べる姿が可愛かった。リリが甲斐甲斐しくお茶を入れてくれたり、見本の出し入れや魔操板の整理を手伝ってくれるので、普段より効率も上がって工房も華やいだ雰囲気に包まれたのは、彼女の快活な喋り方や軽快な動きのお陰だろう。


 スノフも帰り際に「いつでも遊びに来い」と告げるほどリリの事を気に入り、善司の腕を抱きかかえるようにして帰っていく2人を見送っていた。


 家に戻ると善司とリリとチサの3人でリビングに集まり、見本開発のディスカッションを開始する。



「移動の魔法で回転運動させるには、軸を回すしか無かったんだ。

 でもボクはそれを板状の丸い形に加工して、軸と固定して回転させる方式に変えてみたんだよ」



 テーブルの上に置いた裁縫の魔操器(ミシン)のカバーを外して中身を露出させると、車輪状になった部品の中心に軸が取り付けられていて、外周のリムに当たる部分に移動魔法を刻んでいると説明してくれた。



「これはまた大胆な改変をしたもんじゃな」


「でもこれだと、より大きな力を軸に加える事が出来るな」


「うん、そうなんだよ! 見ただけでわかるなんて凄いねゼンジ。

 なるべく軽量化出来るように、外側と軸につながる(スポーク)の本数や形にもこだわったんだよ」



 自分の意図を見事に汲んでくれた善司の言葉に喜んだリリは、苦心した部分や工夫した点を一生懸命説明している。回転運動をさせるには棒状のものしか出来ないという今までの固定観念を打ち破り、円状に直線移動するという新しい概念を生み出した。


 刻んだ魔法を強制起動して動く事は確認しているが、魔操器のシステムに組み込んで想定通りの動作をするかは未知数だ。



「回転数の制御はどうするんじゃ?」


「問題はそこなんだよ、ある程度小さな力でも大丈夫にしてるけど、まずはギリギリまで出力を絞った魔操板で試験してみたいんだ」


「移動の魔法ってなにか制約があるのか?」


「移動魔法はある一定の移動速度、この場合だと回転数じゃな、それを下回ると力が極端に落ちるんじゃよ」


「この魔操器だと、布に針を通す力も無くなっちゃうんだ」


「ギリギリの回転数でも速すぎた場合、もっと大きな外周の部品にするんだな」


「これ以上大きくすると最大出力が基準を超えちゃうから、普通の家で使えなくなるんだ」


「そんな規制もあるのか……」


「たとえ魔操言語で制御しても、万が一の時のために一番大きな力を基準にするんじゃ」


「ならこの大きさで調整していくしか無いな。

 まずは移動魔法の制御の仕方を教えてもらっていいか?」



 リリにこの魔操器に刻まれている魔法の特性や、チサに魔操言語で扱う際の引数や書式を、工房から借りてきた見本を参考にしながら教えてもらう。魔操言語で魔法を取り扱うのは初めてだったが、基本は魔操器側にある機能に引数を与えて呼び出すだけなので、特別難しい事はない。


 細かい制御は抜きにして、単に動かすだけという見本を3人で組んでいった。



「とりあえずはこんなもんじゃな」


「動くかどうか確認するだけの見本は簡単にできるんだね」


「いま普及してる魔操器の速度調整ってどうやってるんだ?」


「一番力の強い回転速度の範囲で軸を回して、歯車(ギア)(ベルト)の組み合わせを入れ替えながら、変えていくんだよ」


「組み合わせの制御をいかにうまくやるかが腕の見せ所じゃが、滑らかな加速や減速は至難の業じゃよ」


「それに大きくて重い上に、故障も多いし音もうるさいんだ」



 車のギアチェンジを思い浮かべると、確かに複雑そうでスムーズに変化できないのが良くわかる。それをダイレクトドライブ方式に変更してしまうリリのチャレンジ精神は、善司にはとても好ましいものに思えた。



「それにしてもここまで小型化するとは驚きじゃな」


「動かし方を変えるだけでもだいぶ小さくなるんだけど、機能を絞って構造がなるべく簡素になるようにしたんだ」


「耐久性も上がって修理もしやすくなるだろうし、何より安くなるのがいいな」


「すごく便利な魔操器だから、みんなに使ってもらいたいしね」


「もしリリが許可してくれるんだったら、これにも双子が使える対策をしてみたいんだけど構わないか?」


「うん、大歓迎だよ!

 もし商品化の承認が降りたら、この家にも一台贈るね」


「あの対策は動作や停止の信頼性も上がるから、裁縫の失敗も減るじゃろ」



 卓上型である程度のサイズがあるため、この魔操器には中型魔操板を使用しており、文字数には余裕がある。そしてコストを抑えるために、業務用で採用される物理スイッチと魔操作の併用から、一般的なタッチセンサーに変更されているので、認識率の向上する対策は非常に有効だ。



「この設定でどれ位の速度が出るかが成功の鍵だな」


「今の所これ以上の策は思いつかないから、ちょっとドキドキする」


「何事もやってみるのが大事じゃからな、後は明日のお楽しみじゃ」



 魔操器の新規開発なので色々と手探りで進めていかないといけないが、3人はとても楽しそうに作業をしている。チサは善司に頼りにされている事や、速度調整の実装でどんなアイデアを出してくるのか楽しみで上機嫌になり、リリも魔操作認識率向上の対策を開発者本人にやってもらえるとわかりご機嫌だ。


 そして善司は、思い通りの結果が出なくても他にできる対策はないか、いくつかの候補を模索している。魔操器職人との共同開発だと、ハードウェアとして機能を追加が可能で、善司にとっても大きく選択肢が広がる。今まで既存の規格に合わせる為に諦めていたアイデアも、リリがいれば実装可能という願ってもない環境を手に入れ、やる気を(みなぎ)らせていた。



◇◆◇



 今日もお風呂上がりに善司の部屋に集まり、リリのブラッシングを開始する。昨日は初めての体験で、身も心もとろけきっていたが、今日もうっとりとした表情ながら話す余裕が生まれていた。



「でも、ゼンジが別の世界から来たって聞いてびっくりしたよー」


「森の中で魔物と睨み合ってたもんね」

「着てる服も変わってたし、どこの国の人なんだろうって思ったよ」



 お風呂に入りながら、家族になったリリにも自分の素性を明かしたが、当然驚かれてしまった。



「ボクを見ても気味悪がったりせずに、逆に興味を持ってくれたのはそのせいだったんだねー」


「あの時は俺たちの世界にあった物語に出てくる様な人物が実在すると知って、つい興奮して色々お願いしてしまって悪かったよ」


「そんな事気にしないでいいよー、すごく嬉しそうにボクの耳やしっぽを触ってくれたから、ゼンジの事を信じられると思えたんだもん」


「……そのおかげで、私たちにもお姉ちゃんが増えました」

「……すごく可愛くて明るい人だから、とっても嬉しい」


「ボクも可愛い妹や綺麗な妹がいっぺんに出来て幸せだよー」


「甘えてくる姉というのも新鮮でいいですわ」

「少しいけない扉を開いてしまいそうになりますわね」


「ヘルカとトルカはおっきくて柔らかいから好きー」



 今日のリリは、お風呂でヘルカとトルカにじゃれついて楽しそうにしていた。その姿はどう見ても姉と妹の立場が逆転していたが、頭やしっぽを丁寧に洗ってあげている2人は、とても生き生きとした表情だった。



「リリさんは何でもすごく美味しそうに食べてくれるから嬉しいわ」


「ハルたちの作る料理は美味しすぎるよー、今日のお弁当も最高だったし、もう外食なんてしたくなくなったー」


「ワシもこうして毎食美味しいものを食べておると、もう元の生活に戻りたくなくなるわい」


「だよねー、ボクも何かに夢中になると食事が疎かになるから、よくわかるよー」


「俺もハルたちの作る料理が無いと、生きていけない体になってしまった気がするよ」



 チサほど酷くはなかったが、リリも仕事に熱中しすぎて私生活が乱れてしまうタイプだった。善司も仕事が忙しかったり開発に没頭すると、栄養ドリンクやブロック状の補助食品に頼っていたので偉そうに言えないが、こうして一緒に暮らす事になって良かったと思っている。



「そうだ、イールとロールにお願いがあるんだけどいいかな?」


「「なになに?」」


「魔物狩りをやった経験があるなら、魔操玉を集めて欲しんだけどダメ?」


「小型の魔物でもいいの?」

「魔物狩りって結構好きだからやるよ」


「大きさは何でもいいよ、ちゃんとボクの方で買い取るから、お願いしたいんだ」


「「お母さんやってもいい?」」


「あなた達がやりたいと思って、ちゃんと危なくないように出来るなら構わないわよ」


「ハル、ありがとう。

 危険な目に合わないようにゼンジやチサにもお願いして、ボクが双子でも使える魔操器を開発するからね」


「ゼンジさんにも、それぞれやりたい事を見つけるように言われているから、2人の意思で始めるのなら問題ないわよ」


「双子でも扱える対魔物用の魔操器も、これまでに無い性能や効果のものにしたいな」


「世間をアッと言わせる好機(チャンス)じゃから、ワシも全面協力してやろう」


「わたくし達も魔物狩りの経験はありますから、お手伝いできますわよ」

「農場を荒らす魔物退治とかしていましたから」


「うん、2人にもお願いするよ」


「人数が増えると、もっと安心できるわね」


「……ゼンジさんやチサさんやリリお姉ちゃんが作る魔操器ってすごくなりそう」

「……きっと今までにないものが出来上がるね」



 自分のやりたい事をなかなか見つけられなかったイールとロールにとっても、リリのお願いは渡りに船だった。体を動かすのが好きで、今の生活を始めてからもよく街の外まで走ったりしていたので、魔物狩りという明確な目標が出来ると、やる気も出てくる。


 そしてヘルカとトルカも、この街で暮らしていく上で魔物狩りは収入源の選択肢にしていたので、森に慣れた2人と一緒に行動できるのは好都合だ。


 今日は一日一緒に過ごして、この街に来てからの事や家族の事をリリに話したので、イールやロールが何かを始める切っ掛けを考えてくれた心遣いに感謝した。善司はリリが真面目な話を終わらせたタイミングで、止めていたブラッシングを再開させる。



「ふわぁ、そこ気持ちぃぃ……

 色々と作りたいもろや試したいもろがあるかりゃ、ゼンジの世界にあっりゃ道具や技術の事も教えて欲しいよー」


「俺の知ってる事なら何だって教えてやるから、任せてくれ。

 この世界に無い物も色々あるから、家族や他の人が便利に暮らしていけるような物を作っていこうな」


「当然ワシにも教えてくれるんじゃろうな?」


「当たり前だ、一緒に魔操器と魔操言語の歴史を塗り替えてやろう」



 こう言っているが、善司には世の中に革命を起こしてやろうなんて大それた野望は無い。ただ、色々な巡り合わせがあって一緒になった家族と、これから先も笑顔で楽しく暮らしていきたいだけだ。


 安定した生活を送れるよう、魔操紙印刷の仕事をしっかりこなし、開発の方も頑張っていこうと気合を入れる。


 そうやって考え事をしながらブラッシングを続けていたせいで必要以上に力が入ってしまい、リリが小さなうめき声を上げてベッドに崩れ落ちるまで気づけなかった。



「すまんリリ、夢中でやりすぎた」


「もう、らめぇ……」



 ピクピクと小刻みに痙攣しながらベッドに横たわるリリを、善司は慌てて介抱し始めるのだった。


本人はそんなつもりがなくても、知識系チートで世界を革命するのがウテナ……もとい、善司の本領です(笑)

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◇◆◇◇◆◇◇◆◇◇◆◇◇◆◇

新しく連載も始めています

いきなりドラゴニュートの少女の父親になってしまった主人公が
強化チートを使いながら気ままに旅する物語
色彩魔法

【完結作】
異世界転移に巻き込まれた主人公が
魔法回路という技術の改造チートで冒険活動をする物語
回路魔法
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