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第63話 指名依頼と工房移転

朝晩の気温が安定せずに、予想外の寒さで震えてます(笑)

皆様も体調にお気をつけください(鼻をすすりつつ)

 善司たちが魔操組合に到着すると、いつもの受付嬢と支部長が話をしている所だった。ちょうどよいタイミングだったので、3人でカウンターに近づき挨拶をする。



「おはようさん」「おはようございます」「……おはようございます」


「魔操組合へようこそ、スノフさん、ゼンジさん、それと……」


「おはようございます、スノフさん、ゼンジ様。

 お隣の女性は新しい従業員なのでしょうか?」


「いや、この嬢ちゃんは魔操器職人だ」


「初めまして、リィラルリィと言います。

 今日は見本の指名依頼の件でお伺いしました」



 名前を聞いて思い当たる人物に行き着いた支部長は、善司のそばに寄り添うように立ったリリを見て、ある予感が頭をよぎった。



「リィ…ラ、ルリィ様は別の街でご活躍だと記憶しておりますが、当支部にわざわざご足労いただいたというのは……」


「ボ……私の名前はすごく言いにくいから、リリって呼んで下さい。

 計算器の見本を作った人がこの街に居ると聞いて、新しい魔操器の見本開発を依頼したくて来たんですが、偶然本人にお会いできたので、このまま契約をしたいと思います」


「承知いたしました、リリ様。

 では細かい契約内容をお伺いいたしますので、応接室にご案内します」


「ワシも同席して構わんか?」


付属板(ふぞくばん)の件もございますから、ぜひご同席下さい」



 また善司の知らない単語が出てきたが、恐らく初期出荷と同じ様な制度なんだろうと考え、支部長の後をついて応接室に移動する。



◇◆◇



 応接室のソファーに座り出してくれたお茶を飲みながら、契約条件や細かな取り決めなどを確認していく。と言ってもリリから出される条件は、“魔操器の性能を引き出す事”という一点だけだ。


 明確な納期もないし面倒な特約事項がないのは、善司にとって非常にありがたい。そしてリリにとっても常に一緒に居られる人に開発を依頼できるので、自分の要望を逐一伝えることが出来て、不安や不満が無くなるメリットがある。



「チサにも開発の助言をもらおうと思っているんですが、問題ないですか?」


「チサ様はスノフさんの工房と専属契約を結んでおられますので、そこの従業員であるゼンジ様の裁量で情報共有していただいて問題ありません」


「その辺りはチサ坊がうまくやってくれとるな」


「チサにも協力してもらえるなんて思ってなかったから嬉しい」



 チサが王都を離れて出身地に戻っているのはまだ広く知られていないので、リリも思わぬめぐり合わせがあって驚いた。魔操言語開発者が手を取り合って協力するなんて滅多に無いのはリリも知っていたが、善司とチサの関係はひと目でわかるほど良好なので、2人の相乗効果で思っていた以上のものが完成しそうで期待が膨らむ。



「付属板を担当する工房ですが、スノフさんの所で問題はございませんか?」


「開発者本人がいる工房ですから、そこ以外は考えられませんので、よろしくお願いします」


「その“付属板”というのは、以前やった初期出荷みたいな制度なんですか?」


「今回は全く新しい魔操器だろ、それが動作試験や安全試験に合格して売り出される時は、開発した職人が指定した工房で、最初の魔操板を作る決まりなんだ」


「こちらも初期出荷と同様に、実績や信頼の厚い大手工房に任されるのが一般的です。

 付属板を任されると魔操組合本部にある記録碑に刻まれる、工房にとって大変名誉な事なのです」


「組合の本部に大きな板が飾ってあるみたいだよ」


「そんな記念碑みたいなものがあるんだな」


「この街にある工房が記録碑に刻まれるのは、私も大変嬉しく思います」



 支部長はニコニコ顔で、前の席に座る3人を見つめている。



「よし、話は大体まとまったな。

 ワシは検品の終わった魔操板を持って工房に戻るから、お前さんたちは嬢ちゃんの引っ越しの相談を終わらせてこい」


「ありがとうスノフさん」


「終わったらゼンジと一緒に工房に行くね」


「おう、待っとるからな。

 後は頼んだぞ、支部長」



 スノフは片手を上げると、応接室から出ていった。



「……あの、引っ越しというのは一体」


「リリは俺が購入した家の隣にあった空き家に、自分の工房を移転したいと希望してるので、その相談をさせてもらえないかと思ってるんです」


「まことでございますか!?」


「ゼンジの家の隣を工房にして、一緒に暮らしたいって思ってるんです」


「チサ様に引き続き、リリ様までこの街に来ていただけるとは……」


「この街に来てゼンジと出会えてすごく幸せになれたから、もう離れたくない」



 リリは隣りに座っている善司の腕を取って、自分の胸に抱きかかえる。出会って間もないであろう2人が、ここまで親密になった経緯はわからないが、支部長にとってこれは願ってもない事だった。


 この街に国内トップの魔操言語開発者が拠点を移した事に加え、新進気鋭の魔操器職人まで工房を移すというのは、魔操関連の勢力図に影響を与える程の出来事だ。魔操組合に所属する一部の幹部たちは、それだけリリの事を有望視していた。



「今までお使いになられていた設備の移転や、家屋の工房化等はすべて私共(わたくしども)にお任せください」


「ありがとうございます、よろしくお願いします」


「当支部はリリ様の移住を歓迎いたします」



 その後は不動産屋に連絡を取り、隣の家と土地の売買契約を結んだ。リリが今まで利用していた工房は、魔操組合から借りていたものなので、そこにある使い慣れた設備は全て移転する事になった。移転や土地建物の購入に必要な経費は魔操組合が一括で融資し、リリが返済していく事になるのは善司の時と同じだ。もちろん利子はつかない、超優遇措置になっている。


 元々建っていた家は完全に工房化する予定なので内見(ないけん)をする必要もなく、手続きの方は短時間で終了した。工事が始まる段階でリリが工房のレイアウトや広さを現地で伝えていき、家屋の改造後に必要な設備を設置すれば完了になる。



◇◆◇



 善司たちが帰った後、支部長がフロアに戻ると受付嬢が声をかけてきた。



「すごく嬉しそうな顔をしていますね、支部長」


「あぁ、先ほど受付に来ていた魔操器職人が、この街に工房を移転すると言ってくれた」


「すごく可愛らしい女性でしたが、そんなに凄い人だったんですか?」



 今までは地味な服装で顔を隠すように生活をしていたので、その容姿は魔操関係者にもほとんど伝わっていなかったが、今日この支部を訪れた時に見たリリに不思議な魅力を感じたのは支部長も同じだった。



「実績こそ熟練者には及ばないが、技術力は確かで将来性のある職人だ」


「チサさんに続いて、そんな人まで来てくれるなんて驚きですね」


「ゼンジ様がこの街に来てくれたお陰で、こうして集まっているのは間違いない」


「もしかして、彼女もゼンジさんと一緒に暮らす事になったんですか?」


「出会って間もないはずだが、一緒に生活すると言って、とても仲良くしていたよ」


「ゼンジさんって“双子館(ふたごかん)の旦那”なんて呼ばれていて、先日三組目の双子と一緒に暮らすようになったって噂ですけど、また一人増えるんですね」



 善司とは何度も受付で話をしているが、ナンパな男性には見えなかった。所構わず異性に手を出すなんて街の噂も無いし、女性職員の間でも評判は悪くない。



「ゼンジ様の周りにいる女性はみな幸せにしていると聞いたし、あのチサ様ですら楽しそうにしていたな」


「不思議な人ですね、ゼンジさんって」


「双子を産んだ女性と一緒になって幸運を引き寄せたという話を、私は信じられる気になってきた」


「その話はちょっと憧れちゃったりするんです」


「いずれにせよ、時代が大きく動く気がするよ……」



 支部長の口から予感めいた言葉が零れ落ちたが、近い将来それが的中する事になるのだった――



◇◆◇



 魔操組合を出て手を繋ぎながら善司の隣を歩くリリの顔には、疲れがにじみ出ていた。



「うぅー、緊張した」


「リリもずっと余所(よそ)行きの言葉遣いだったな」


「それもあるんだけど、こんな格好で魔操組合に行ったの初めてなんだ」


「いつもはどんな服装だったんだ?」


「ゼンジと初めて会った時みたいな格好だよ」



 善司は橋の下でうずくまっていた時の、黒いフード付きローブを着た姿を思い出し、今日は一緒に出かける自分の為にこの格好をしてくれたと思い嬉しくなる。



「あの服装だと顔も隠れるし、地味な印象に見られただろ」


「おかげで騒がれたり声をかけられたりする事はなかったよ」


「そうだ、近い内に休みをもらってヘルカとトルカの服を買いに行くんだけど、リリも一緒に買わないか?」


「もしかしてボクの格好ってゼンジ好みじゃない?」


「いや、違うんだ。

 今日はこうしてお洒落してくれた姿を見て、もっと他の服を着てる姿が見たくなった」


「ゼンジはどんな格好が好きなの?」


「リリがスカートを穿いている姿も見てみたいと思ってる」


「スカートは持ってないなぁ……

 仕事がやりづらいし、どんなのがボクに似合うかわからないんだ」


「服選びは家族のみんなが助言してくれると思うし、仕事着の他に部屋着や出かける時の服もあった方がいいだろうから、良かったら考えてみてくれるか?」


「ゼンジと一緒なら、こんな格好で歩くのも怖くないし、スカートも挑戦してみるよ」



 今まで出かける時はローブなどで全身を覆うようにしていたので、今日みたいな格好で出かけるのは少し怖かったが、善司が隣りにいるだけで不思議と落ち着いていられる。これならもっと露出の多い服でも大丈夫だろうと、リリは自分のスカート姿を想像しながら新しい挑戦に心躍らせていた。



◇◆◇



「ただいま、スノフさん」「ただいま」


「おう、早かったな、話はまとまったのか?」


「魔操組合が全面的に協力してくれるから、工事や移転の手続きを任せてきたよ」


「ボクが今まで使ってた設備もこっちに移してくれるみたい」


「使い慣れた道具や設備が一番だからな、良かったじゃないか」


「うん、ここの支部長さん、すごくいい人だった」


「技術者や職人の事を考えてくれる人だし、リリがこの街に来るのを喜んでたな」


「工房の移転が終わるまで、組合の作業場を使わせてもらえる事になったよ」


「あやつがこの街の支部長に就任してから、仕事もやりやすくなったからな」


「この街には仕事の依頼に来ただけだったけど、ゼンジやみんなと出会えてよかったよ」



 工房に中に入ってから隠すのをやめたリリのしっぽが大きく揺れ、今の喜びを表現していた。



「リリの新しい魔操器って、どんな見本が必要なんだ?」


「細かい制御は今までの応用で出来るんだけど、一番重要なのは魔法を併用する部分かな」


「嬢ちゃんの魔操器に必要なのはどんな魔法なんだ?」


「移動の魔法なんだけど、ちょっと使い方が特殊なんだ」


「移動の魔法はまだ組んだ事がないから、その辺りは一から勉強だな」


「ワシの工房にも何点か見本があるから、しばらく持ち帰って構わんぞ」


「ありがとうスノフさん、借りて帰って勉強してみるよ」


「この工房って小さいけど見本の数はすごいね」



 リリは工房の壁を半分以上専有している大きな棚を見ているが、そこは長年スノフが保管してきた過去の見本が置かれた場所だ。



「この棚にあるのは今は使われんようになった見本ばかりだが、ざっと二百年分くらいあるぞ」


「スノフさんはこうやって古い見本を大切に保管してくれてたから、俺やチサが魔操言語を学んだ時の助けになってるんだ」


「これのお陰でゼンジもチサも優秀な魔法言語開発者になれたんだ」


「まぁ、この2人は着眼点が他の開発者とは違うから、他の連中が見て同じ事が出来るかはわからんな」



 チサもこの工房に置いてあった見本を多数読み込んでいたが、古い記述や新しい記述が混在する組み方に疑問を持っていた。その着眼点は同一だが、善司がそれを一度リセットして組み直したのに対して、チサはそれまでの記述を精査して効率の良い組み合わせを見つけている。



「リリは何でチサじゃなくて俺を選んでくれたんだ?」


「ボクが作ったのは従来と全く思想の違う魔操器だから、今まで誰も見た事のない記述をしたって噂を聞いた、計算器の見本を作った人にお願いしたかったんだ」


「あの見本を見た時は、ワシも魔操組合の連中も驚いたからな」


「初めて組んだ見本だったけど、もう少し改良できた点もあったと、今にして思う部分があるよ」


「ゼンジの向上心はやっぱり凄いな……

 ボクの作る魔操器って自分の子供みたいなものだから、2人で立派に育てようね!」



 愛情を込めて作り上げた我が子を、新しく家族になった善司と一緒に育て上げて一人前にする。2人が行う初めての共同作業に、リリの中に流れるメカフェチの血が喜びに震えていた。


平年より梅雨入りが遅れてますが、暑い季節は執筆速度が下がったり停止するので、梅雨の間にこの物語の目処もある程度つけたいと構想中です。

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◇◆◇◇◆◇◇◆◇◇◆◇◇◆◇

新しく連載も始めています

いきなりドラゴニュートの少女の父親になってしまった主人公が
強化チートを使いながら気ままに旅する物語
色彩魔法

【完結作】
異世界転移に巻き込まれた主人公が
魔法回路という技術の改造チートで冒険活動をする物語
回路魔法
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