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魔操言語マイスター  作者: トミ井ミト(旧PN:十味飯 八甘)
第6章 魔操器編

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第59話 耳としっぽ

 橋の下で空腹のあまり力尽きていた少女が善司の方に顔を向けると、その頭には犬のような可愛らしい耳が生えていた。出会った直後や果物を食べている時には存在しなかったその耳は、彼女の感情を代弁するように力なくペタンと垂れている。


 コスプレ用のカチューシャに見えなくもないが、後ろから見ていた時もピクピク動いていたし、元の世界で発売されていた脳波で動くものとは明らかに違う。


 内耳の部分は毛の質も違うようで、髪の毛より若干薄い色をしている。今までどうして見えていなかったのか謎だが、またしても異世界らしいファンタジーな存在に出会えた善司は、そんな事はどうでも良くなっていた。



「これからどうするか考える前に、一つ聞きたい事があるんだけど構わないか」


「えっと、なに?」


「君の頭に付いてるそれ、耳じゃないのか?」


「……えっ!?」



 少女は自分の頭をペタペタと触ってその存在を確かめると、頭を抱えたまま体を丸めるようにしてうずくまってしまった。



「あぅ……頭にかぶってたのが脱げてる」


「見たらダメなものなら忘れるように努力するけど」


「こんな姿は気持ち悪いと思うから忘れて」


「気持ち悪いって何でだ? 可愛いじゃないか」



 それを聞いた少女は恐る恐る顔を上げるが、善司は頭に生えた耳から目を逸らせないでいた。



「……あの、それってほんとにそう思ってる?」


「後ろを向いてる時に急に見えるようになって、何がついてるんだろうと思ってたけど、こうして正面から見ると触ってみたくなるくらい可愛いよ」


「これに触りたいとか思うの?」


「触らせてもらえるなら、是非お願いしたいくらいだ」


「……えっと、じゃぁ少しだけなら」



 善司もしゃがんで高さを合わせると、その頭にゆっくりと手を伸ばす。少女は手が触れた瞬間にピクリと体を震わせて身を固くしたが、撫でるような優しい手付きで触られるので閉じていた目を開けて、善司の方をじっと見つめている。



「これはちょっと癖になりそうな触り心地だな」


「引っ張られたり叩かれたりしなかったのは初めて」


「こんなに愛らしくて幻想的なのに、酷いことするなぁ」


「だって普通の人はこんな場所に耳はないから」


「普段は隠してるのか?」


「うん、気をつけてたら隠せるんだけど、さっきみたいに他の事に集中すると見えちゃったりする」


「それで頭を隠せるような服を着てたのか」



 少しだけと言われていたが、あまりにも触り心地がよくて、善司は頭に生えた耳を撫で続けている。そこはちゃんと血が通ってるらしく、ほんのり温かくて時々敏感な部分に手が触れるのか、ピクリと反応するのが楽しい。ついつい夢中になって、むかし実家で飼っていた犬にするように、両手で耳をはさみこむように掴んでしまった。



「あぅっ、それはくすぐったい、やめて……」


「あっ、すまん、つい夢中になってしまった」



 善司は慌てて手を離すと、乱れてしまった髪の毛を丁寧に整えていった。



「耳の中はくすぐったいけど、触られるのは気持ちいいから」


「本当にごめん、今度は気をつけるよ」


「……また触ってくれるの?」


「君が許可してくれるなら、何度でも触りたいくらいだ」



 真正面から真剣な顔でそう言われ、少女は頬をわずかに染めながら視線を外してしまう。この姿を見てからかったり気味悪がったりしなかったのは、育ての親と目の前の男性くらいだった。耳を取ろうと強引に引っ張られたり叩かれたりする事も過去にあり、普段は見えないように隠し、万一の時でも大丈夫なようにフード付きの服を着ていた。



「お兄さんは不思議な人」


「俺はこの国の人間じゃないからかもしれないな」


「どこの国にでも同じ様に言われると思ってた」


「もう一つ、答えられたらでいいんだけど、質問しても構わないか」


「うん、なに?」


「もしかして、しっぽも付いてたりはしないのか?」



 地球だとありえないその姿に興奮して、興味本位でつい聞いてしまったが、一瞬で少女の顔が真っ赤になり、顔を両手で覆って下を向いてしまった。



「あー、悪かった、女の子に無神経な質問だったな。

 そんな登場人物が出てくる物語を読んだ事があって、ちょっと好奇心で聞いてみたんだ」


「……………ついてる」



 少女が小さな声でそう答えると、立ち上がって後ろを向き、ローブの裾をたくし上げてくれる。すると、上着とズボンの間から、やはり犬を思わせるフサフサのしっぽが顔を覗かせていた。



「しっぽも可愛いな、ちょっと感動したよ」


「変じゃない?」


「そんなこと全然ないぞ、しっぽも触ってみたいくらいだよ」


「強く握らなければ大丈夫」


「いいのか!? うれしいな。

 じゃぁ、ちょっと触ってみるよ」



 そう断ってゆっくり手を伸ばすと、しっぽに軽く触ってみる。そこも血や神経が通っているようで、ほんのりと温かくて、触る刺激に反応するようにその形や動きを変化させていた。善司は少女の腰の辺りから生えているしっぽを、夢中になって撫でてしまうのだった。


 善司からは見えないが、少女の顔は真っ赤に染まって小刻みに震えている。しかし、それは羞恥心や怯えから来るものとは少し違っていた。



「……あの、そろそろやめて欲しい」


「おっと、出会ったばかりなのにちょっとベタベタ触りすぎたな。

 俺の大好きだった物語の主人公が、君と同じ様に耳としっぽのある女の子だったから、とてもいい経験をさせてもらったよ、本当にありがとう」


「ボク……じゃなかった、私の耳やしっぽを触って、こんなに喜んだのはお兄さんが初めて」


「そうなのか、こんなに可愛いのに……

 みんな見る目が無いなぁ」



 出会ったばかりで名前も知らない男性に、こんな人目につきにくい場所で耳やしっぽを見せるのは勇気が必要だったが、不思議な事に怖いという気持ちにはならなかった。それにこんなに優しく触ってもらって、気持ちが良くなった事は今までなかった。


 育ての親だった義父も、こうして撫でたりしてくれた事はあるが、目の前の男性に触れられた時の感覚は、そのどれとも違っていた。



「あの、お兄さんの名前聞かせて」


「そう言えば自己紹介もまだだった、俺の名前は善司といって25歳なんだ。

 さっきも言ったけど、この街にある魔操紙工房で働いてるよ」


「ボ……私の名前はリィラルリィ、呼びにくいからリリで構わない。

 年齢はゼンジより3歳年下」


「そうだったのか、俺はてっきりまだ10代かと思ってたよ。

 もっと大人の女性として接するべきだった、申し訳ない」


「それは問題ない。

 ボク……えっと、私もゼンジの事は呼び捨てでいい?」


「そっちも問題ないよ。

 それから、今夜の宿泊場所なんだが、色々失礼な事をしてしまったお詫びも兼ねて、リリさえ良ければ俺の家に泊まっていかないか?」


「ボ……ちがう、私が行っても構わない家?」



 リリはさっきからずっと自分の事を“ボク”と言いそうになって、“私”と言い直している。善司は“ボクっ娘・犬耳(?)・しっぽ付き”で属性てんこ盛りだと、目の前の少女の事をますます気に入ってきていた。



「言いにくいんだったら、自分の事は“ボク”でも構わないよ。

 少なくとも俺の家族になら、その話し方も姿も受け入れてもらえると思う」


「ボクも一応女の子なんだけど、おかしくない?」


「自分の事を“ボク”って言うのも、その耳やしっぽもリリの個性のひとつなんだから、大事にしたらいいと思う」


「そんなこと言われたの初めてだから嬉しい」



 リリは善司に近づくと腕を体に回してそっと抱きついた、それ位さっきの言葉は嬉しかったのだ。そして、その頭を優しく撫でてもらえたが、やはり今まで感じたことの無い気持ちよさと、体の奥底から感じる温かさがある。



「俺の家には双子とその母親の他に、もう二組の双子と小さいけど年上の人がいて、全員女性だからリリも気兼ねなく泊まってもらえると思う。

 それに、小さくて年上の女性は精霊の血がとても濃い人だし、他にも精霊の血が混じってる家族が3人いるから、生まれや体質で何か言われる事は絶対にないよ」


「双子が三組いるなんて信じられない……

 それに精霊の血がすごく濃いって事は、寿命も長いんだよね」


「双子はこの街に2人いたんだけど、その母娘と一緒に生活するようになって、その後に別の街にいた2人を引き取って、外国から来た2人も一緒に暮らす事になった。

 それから、精霊の血が濃い女性は、五百年くらい生きられるみたいだ」


「そんな人たちが集まってたら、ボクなんか普通に見えるかもしれない」


「その点は心配しなくても大丈夫だから、どうかな」


「迷惑かけちゃうけど、お願いします」



 財布を無くして、このままだと路頭に迷うしか無いし、さっき果物を食べさせてもらえたといっても、もうお腹が空いてきている。今のリリにはこの選択肢に乗るしか無いし、自分の耳やしっぽを本当に嬉しそうな顔で触ってくれた善司に対しては、不思議な事に警戒心を持てなかったからだ。



◇◆◇



 2人は並んで家に向かって歩き始めたが、リリはさっきからチラチラと善司の顔を伺っている。



「もしかして歩く速度が速すぎたか?」


「ううん、違う。

 ゼンジと手を繋いでみたいんだけど、ダメ?」


「少し暗くなってきたし、その方がいいな」



 下から覗き込むようにそう言われて、善司にそれを断る選択肢はない。リリは22歳だがニーナとホーリの2人と身長が同じか少し低いくらいで、顔つきも童顔と言って差し支えない。


 それに人通りが少ない道なので、耳を隠さずに歩いていて、歩調に合わせてピコピコと揺れるのがまた可愛らしかった。実年齢以上に年下に見える女性のお願いで、なおかつファンタジー要素満載のリリと手を繋いで歩けるのは、善司にとっても願ってもない機会だ。


 寄り添うようにした隣に並んだリリからは楽しそうな雰囲気が伝わってきて、ローブに隠れているしっぽも揺れているのが服の上からでも判別できた。



「俺はこの国に来てまだ日が浅いんだけど、リリみたいな人を見た事が無いんだ。

 他にも居たりするのか?」


「ボクみたいな人は、大陸の北部でしか生まれないって聞いた」


「大陸北部には、そんな耳やしっぽを持った種族が住んでるのか?」


「違うよ、住んでるのは普通の人ばかりだけど、極稀(ごくまれ)にボクみたいな先祖返りが生まれる」


「って事は昔はこの大陸にも、リリみたいな人がたくさん居たんだ」


「ボクを育ててくれた人はそう言ってた」



 善司はそこで違和感を覚える、それはもちろんリリの言った言葉だ。



「育ててくれたって言ったが、じゃぁリリの両親は……」


「ボク捨て子だったから、本当の親を知らないんだ」


「そうだったのか、済まない辛い事を聞いたな」


「ゼンジは優しいね、そんなこと気にしなくていいよ。

 ボクを育ててくれた爺ちゃんは、同じ先祖返りの人ですごく優しかったから幸せだったよ」



 リリはそう言いながら、善司の腕を抱きかかえるようにして密着していった。



「じゃぁリリみたいな人は、双子や精霊の血が混じった人みたいに、あまり多くないんだな」


「うん、大陸北部は精霊の血が混じった人が生まれない代わりに、ボクみたいな先祖返りが生まれるらしいよ」


「なら今から行く家には、そんな人が集合するわけか」


「この街にそんな家があるなんて凄いよ、王都でも存在しないだろうね」



 善司を見上げてニッコリと微笑むリリと一緒に歩いていると、住んでいる家が見えてきた。いつもより遅い時間になってしまったので、家にはもう明かりがついている。



「あの先に見える明かりのついた家が、俺たち家族が住んでる場所なんだ」


「結構大きな家だね、ちょっと緊張してくる」


「みんな優しくて思いやりのある人ばかりだから、大丈夫だよ」


「うん、それはゼンジを見てるとわかる」



 そうして手を繋いだまま庭を横切り、家へと入っていった。


ファンタジーな存在を目の前にしてハメを外しすぎですね(笑)

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◇◆◇◇◆◇◇◆◇◇◆◇◇◆◇

新しく連載も始めています

いきなりドラゴニュートの少女の父親になってしまった主人公が
強化チートを使いながら気ままに旅する物語
色彩魔法

【完結作】
異世界転移に巻き込まれた主人公が
魔法回路という技術の改造チートで冒険活動をする物語
回路魔法
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