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第58話 迷子

新章の開始になります。

章題のとおり、今まではソフトウェア(魔操言語)の話が中心でしたが、ここからはハードウェア(魔操器)が絡んできます。


専門的な内容にはならないようにしていますが、設定の齟齬や現実の現象と違いがあっても“ファンタジーだからな”と軽く流してもらえると幸いです(笑)

 善司が目を覚ますと、これまでにない圧倒的にまろやかな物体が、自分の体に接触しているのを感じる。そこは家族で一番戦闘力が高いだけあって、包み込むような優しさを持っていた。昨日のお風呂上がりに双子たちが抱きしめられて幸せそうにしていたが、その感覚を善司も存分に味わう事が出来ている。


 南の国から移動を続けてきて疲れたんだろう、ぐっすり眠っているヘルカとトルカの幸せそうな顔を見ながら、善司は朝のまどろみの時間と、まろやかな感触を楽しんでいた。


 昨夜はハルや双子たちに勧められて、新しく家族になった2人は一緒のベッドで眠る事になった。ヘルカとトルカも善司となら共寝(ともね)しても構わないと思い始めていたので、その提案に乗ってみる事にした。


 全員が自分の部屋に戻り3人だけになった時は少しだけ緊張したが、並んで横になって腕枕をしてもらい、善司の鼓動を感じているとすぐ落ち着いてきた。自分たちがこれまでやってきた仕事の話や、善司が元の世界でしていた仕事の話を聞いているうち、いつの間にか夢の中に旅立ってしまっていた。



◇◆◇



 善司が2人の頭を優しく撫でていると、同時に身じろぎしてゆっくりとまぶたが開いてくる。イールやロール、それにニーナとホーリもそうだが、目が覚める時に二人同時なのはヘルカとトルカも同じだった。



「おはよう、ヘルカ、トルカ」


「「……おはようございます」」


「慣れない土地で調子が悪くなったりしてないか?」


「わたくし達の国に比べて少し涼しいですけれど、問題ありませんでしたわ」

「昨日は一緒に寝ていただいたおかげで、わたくし達とは違うぬくもりを感じられましたので」

「旅の途中は熟睡できませんでしたから、今日の目覚めはここ最近で一番ですわね」

「家族にしていただいて、これまで抱えてきた不安も無くなりましたし、こうして安心して眠る事ができて嬉しいですわ」


「そうか、それなら良かったよ」



 善司が笑顔でそう答える2人の頭を撫でると、嬉しそうに胸元に顔を擦り付けて甘えている。一緒にお風呂に入ったり眠ったりすると親しい家族になれるという言葉通り、ヘルカとトルカも善司にはこれまでより今の気持ちを豊かに表現できるようになっていた。


 突然家族を失い住む家も追われてしまってから、気持ちが休まる時間なんて無かったのだと、この家に来て誰かと一緒に眠るまで気づいていなかった。国を追われるというのは悲しい出来事だったが、この出会いをもたらせてくれた事には感謝してもいい、そんな風に2人の気持ちは変化していた。



「俺は今日から仕事があるけど、また休みをもらった時に服とか見に行こうな」


「そんな事までしていただいて宜しいんですの?」

「わたくし達、今は着るものにはこだわっておりませんのよ」


「着飾った姿を見たいというのは、俺の我儘(わがまま)みたいなものだから、聞き入れてくれると嬉しいよ」


「そういう事でしたら、わたくし達にも異論はございませんわ」

「ゼンジさんのお好きな服装も取り入れてみますわね」


「2人とも美人だから楽しみにしてるよ」


殿方(とのがた)に面と向かって言われると照れますわね……」

「ゼンジさんがおっしゃると、お世辞に聞こえなくて嬉しいですわ……」



 善司は少し頬を染める2人の頭をもう一度なでてからベッドを降りると、自分の部屋に戻って行ったヘルカとトルカを見送った後に着替えを済ませ、一階へと向かっていった。



◇◆◇



 食堂から台所を覗くと、ハルたちは朝食の準備を始める所だった。全員と挨拶を交わした後にハグ(抱擁)をしていると、ちょうどチサも食堂にへと入ってきた。



「おはよう、チサ」


「うむ、皆おはよう。

 しかし、朝っぱらから抱きしめ合っとるとは、仲が良すぎるの」


「チサもして欲しいのか?」


「ゼンジの変態趣味に付き合う気はないわ!」


「そうか、それは残念だよ」



 善司はちょっと大げさに肩を落とすと、食堂に戻ってきてチサの隣に座る。そうしてチラチラと横に視線を投げていたが、それに気づいたチサが大きなため息をついて善司を睨む。



「本当に残念そうにしおって、そんな目でワシを見るでないわ」


「チサだけ仲間外れにしてるみたいで、ちょっと悲しいんだよ」


「ゼンジは変な所にこだわりすぎなんじゃ」


「こういうこだわりが魔操言語を扱う時にも生きてくると思ってるよ」


「それを言われると、ぐうの音も出んのぉ……

 わかったわかった、ほれ抱きつくなり何でも好きにせい」


「そうか! なら膝の上に座ってくれ」



 一瞬で嬉しそうな顔になると、隣りに座っていたチサを持ち上げるようにして膝の上に座らせる。身長差が40cm程あるので、善司の腕の中にすっぽりと収まってしまったチサは、少し複雑そうな表情をしながら上を見上げた。



「やっぱりワシの事を子供扱いしとるじゃろ」


「そんな事は思ってないと誓ってもいいぞ。

 昨夜はチサも自分から膝の上に来てくれたし、嫌がってるわけじゃないんだよな?」


「嫌がっとるなら、そもそもこんな場所におらんわ」


「それを聞いて安心したよ。

 それに、こうやって腕の中に収まってくれていると落ち着くんだ」


「ゼンジの変態性がどんどん悪化しとる気がしてならん、そのうち見ず知らずの婦女子にも手を出しそうでワシは心配じゃよ」


「いくら俺でも家族にしかこんな事はしないから心配は無用だ」



 この世界に来てから家族とのスキンシップを大切にしている善司は、チサとこうして触れ合う事にも大きな意味を見出していた。それは自分たちとは寿命の異なるこの女性に、知識や技術以外にも何かを残してやりたい、そんな想いがあったからだ。



「「おはようございます、皆様」」


「何と言いますか、ゼンジさんとチサさんは本当に仲がよろしいですわね」

「そうしていらっしゃると、本物の父娘に見えてしまいますわ」


「ワシはゼンジにいいように扱われとる気がしてならんのじゃが……」


「放ってはおけない存在ではあるんだけど、娘というより幼馴染って感じのほうがしっくり来るかな」


「ゼンジが父親になるのは絶対にごめんじゃが、次第にそう見られる事に諦めがついてくるから不思議じゃ」


「これだけ年齢が離れてらっしゃるのに、不思議な関係ですわよね」

「同じ仕事をしていると、何か通じ合えるものがあるのでしょうか」



 食堂に入ってきたヘルカとトルカが、善司の膝の上に座っているチサを見て発した言葉で、台所にいた5人もウンウンと頷いている。みんなの気持ちが一つになった瞬間だった。



◇◆◇



 その日職場に行くと、開口一番スノフが新しく増えた双子の話題を善司に振ってきた。街に二組の双子が居る事でさえ前代未聞なのに、もう一組増えてしまうなど王都ですらありえない出来事が、何の変哲もない街に発生し噂として一気に広まってしまっていたからだ。


 生まれた国での生活が困難になったために、祖父の遺産があるこの街にやって来た事。その遺産である家は双子に使えない設備が多かったが、祖父の形見は売却したくないと望んでいたので、隣家だった自分たちと一緒に暮らしていく事にした経緯。チサも経済的に支援してくれるので、3軒の家を全て維持していこうと決めた事を説明した。



「お前さんの周りでは色々な事が立て続けに起こっとるが、何かを呼び込む体質じゃないのか?」


「以前居た国でもそんな事は無かったぞ」



 思い返してみても、パソコンのディスプレイから女の子が出てきたり、謎の怪人と戦っているヒラヒラのコスチュームを着た少女を発見するような荒唐無稽な経験はないし、道路でパンを咥えて走る人とぶつかって、その人物が転校生だったなんてイベントも、もちろん発生した事はない。


 女性と良い思い出はなかったが、ごく普通に学生時代を過ごし、仕事を始めてからも満員電車に揺られて通勤する、代わり映えのしない毎日を送っていた。


 人生の一大イベントと言えば、やはりこの世界に飛ばされてきた事だろう。



「まぁ、お前さんとチサ坊が居るなら、人が少々増えたくらいは何とでもなるだろ」


「チサも何だかんだと協力してくれてるし助かってるよ」


「ワシが言うのもなんだが、よくもそう普通に接していられるな」


「年齢の事は少し驚いたけど、俺からすれば単に可愛い女性でしか無いからな。

 道を歩いていても年齢や性別問わず目を引いてるから、魅力があるのは間違いないよ」


「話すと突っかかってきたり、怒り出したりして台無しだがな」


「俺はチサのそんな所も気に入ってるんだ」


「やはりお前さんの感性は、この国の人間と違っていて面白いわい」



 善司がこうしてチサと付き合っていけるのも、やはり元の世界で様々な創作物やゲームに触れてきたからだ。そういったファンタジーな存在と実際に出会えるというのは、チサのような態度や言葉遣いが全く気にならないほど楽しい。



「チサにも事あるごとに変態と言われるが、そんなに変か?」


「悪い意味じゃないから安心せい。

 双子の事やその母親の事といい、お前さんの懐の深さは間違いなく長所だ」


「その辺りあまり意識したことは無かったけど、変に気負わずやっていきたいと思うよ」


「変に意識するより、その方がいいな。

 ワシはここで働きだしてからのお前さんしか知らんが、初めての見本作成の時に計算器を選んだように、直感を信じて行動するのが良い結果につながるだろうよ」



 三百年以上生きてきた人生の大先輩にそう言われ、この世界に来てから積み重ねてきた行動を認められた様で、とても嬉しかった。これからも出会った人たちの縁を大切にして、自分の信念を曲げずに過ごしていこう、そう誓いながら今日の仕事をこなしていった。



◇◆◇



「っと、しまった……」



 その日も帰り道に露店のおばちゃんに呼び止められ、果物を買ってから帰っていた。今日買ったものは皮ごと食べられるリンゴのような果物だったが、その一つが袋から落ちて道沿いにある川の方に転がってしまった。


 大陸南部と違い中央部は大雨が降る事もなく、草が生えた低めの土手が川沿いに続いているが、この街には高い建物が少ないので、見晴らしの良いこの道を善司は好んで歩いている。


 慌てて果物を拾いに土手を降りていったが、上からは死角になっていた橋脚の近くに、何か黒い塊があるのに気がついた。石でできている橋の影になっていて良く見えないが、明るい栗色の物体が上の方に付いている。


 善司は拾った果物をそのまま持って、ゆっくりとその黒い塊に近づいていったが、暗い場所に目が慣れてくると、フード付きのローブを着て膝を抱えてうずくまっている人間だとわかった。その人物は善司が近づいているにもかかわらず視線を動かす事もなく、同じ姿勢のまま身動きすらしない。


 行き倒れかもしれないと思い人を呼ぼうか悩んだが、まずは声をかけてみることにした。



「おい、大丈夫か?」


「・・・・・」


「どっか体の調子が悪かったりするのか?」


「・・・・・」


「助けが必要なら協力するから、生きてるなら返事をしてくれ」


「……………おなか……空いた」



 わずかに動かした顔で善司の方を見たその瞳は、薄暗い場所でもわかるきれいな金色で、うっすら光っているようにも見える。そして、その視線が徐々に下に向かっていき、善司が拾ったばかりの果物の位置で停止した。


 それを感じ取って手を少し動かしてみると、その人物もそれに合わせて視線を移動させていて、完全にロックオン状態だ。



「……お腹が空いてるなら、これ食べるか?」


「いいのっ!?」


「地面に落としてしまって汚れたから、ちょっと待ってくれ」



 カバンから取り出したタオルで果物の周りを丁寧に拭いていったが、明るい栗色の短い髪型をした10代に見える少女は、待ちきれない顔でその光景をじっと見つめている。



「皮ごと食べられるけど、中に種があるから気をつけてな」


「大丈夫、硬いものは平気」



 そう言って果物を受け取ると、言葉通りにバリバリと種ごと食べてしまう。店のおばちゃんはかなり硬いと言っていたので梅や桃の種を想像していたが、何の苦労もなしに噛み砕いている様に見える。



「すごく豪快な音がしてるけど、歯を痛めたりしないのか?」


「……これくらいなら全然平気、もっと固くても食べられる」


「果物の種の中には体に悪い物が含まれてるものもあるから、あまり大量に食べると良くないぞ」


「そっ、そうなの!?」



 昔、果物の種を粉末状にして健康食品として売り出していた商品から、体に有害な物が検出されて回収騒ぎになったニュースを思い出し、種ごときれいに平らげてしまった少女に警告すると、驚いた顔で善司を見つめてくる。大きく開かれた目の中で金色のきれいな瞳が不安に揺れているが、それは吸い込まれそうになる不思議な魅力を持っていた。



「少しぐらいなら平気だから、心配しなくても大丈夫だ。

 まだお腹が空いてるなら果物をあげるけど、今度はちゃんと種を出して食べるんだぞ」


「うん、ありがとう、優しいお兄さん」



 よほどお腹が空いていたのか、買ってきた果物を全部食べてしまい、申し訳無さそうな顔で善司の方を見上げている。



「……ごめんなさい、食べてしまった分はちゃんとお金を払う」


「いや、これくらいなら構わないよ。

 それより何でこんな場所に座り込んでいたんだ?」


「えっと、この街には初めて来たんだけど、道に迷った……」


「俺の知ってる場所なら案内できるけど、どこに行きたかったか聞いてもいいか?」


「魔操組合に用事があった」


「魔操組合はここからだと少し遠いし、もう閉まってしまう時間だな」


「あぅ、どうしよう……泊まる場所を探さないと」



 魔操組合に用事があるというくらいだから、魔操器に関する仕事をしている関係者だろう。しかし、街の商業区にある魔操組合とこの場所は、まったく逆と言っても良いほど方向が違う。



「君はこの街にはどうやって来たんだ?」


「ティーヴァの街から転送してもらった。

 そこを出て魔操組合の場所を教えてもらったけど、気がついたら周りに何もなかった」


「もしかして、よく道に迷ったりするのか?」


「何でわかったの?」


「その場所からだと、ここは逆方向になるから、そうじゃないかと思ったんだ」


「あぅっ……」



 少女は恥ずかしそうに頬を染めて、下を向いてしまう。こんな場所で空腹のあまり動けなくなるとは、どれだけの時間さまよっていたのかわからないが、宿を紹介して明日改めて魔操組合を目指したとしても、同じ様な結果になりそうだと思ってしまった。



「俺は魔操紙を印刷してる工房で働いてるんだけど、仕事でよく魔操組合には行くし、明日で良ければ案内するけどどうする?」


「いいの?」


「あぁ、それは問題ないよ。

 なら泊まる場所だけど、お金や着替えは大丈夫か?」


「何日か泊まる用意はしてるから大丈夫、ちょっと待ってて」



 旅行カバンのようなものを持ってなかったので質問してみたが、少女は善司に背中を向けると腰につけたポーチの中を漁り始める。



「……あれ? 財布はたしかこっちのカバンに」



 ポーチの中身を丁寧に調べているが、財布が見つかった気配はない。



「おかしい……もしかして収納の方に」



 少女はポーチの蓋を閉じると、背中を向けたまま何かを探し始める。別のカバンを持っているのかと思ったが、どうにも様子がおかしい。それに善司の目には信じられない光景が映っていた、それは少女の頭に今まで存在しなかった突起物が出現していたのだ。



 (あれは“耳”だよな……)



 後ろからなので髪の毛が盛り上がってる風に見えなくもないが、その突起物は少女の動きに合わせて、まるで意思を持っているように形を変化させている。



「もしかして財布を無くしたか?」


「うん、腰のカバンに入ってたと思ったけど無い」



 悲しそうな顔で善司の方を振り返った少女の頭には、犬を思わせる可愛らしい耳が生えていた――


出会い系チート持ち(笑)

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◇◆◇◇◆◇◇◆◇◇◆◇◇◆◇

新しく連載も始めています

いきなりドラゴニュートの少女の父親になってしまった主人公が
強化チートを使いながら気ままに旅する物語
色彩魔法

【完結作】
異世界転移に巻き込まれた主人公が
魔法回路という技術の改造チートで冒険活動をする物語
回路魔法
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