第57話 ヘルカとトルカ
前回の話ですが、お菓子に縁のなかったのは「ハル/イール&ロール/ニーナ&ホーリ」の5人になっています。
それ以外は
善司(喫茶店やコンビニスイーツ)
チサ(店売りのお菓子)
ヘルカ&トルカ(自作菓子)
という経験がありました、わかりにくくなってしまってスイマセン。
◇◆◇
これで、この章の最終話になります。
ヘルカとトルカの生まれたフンドラ公国でも、双子は魔操作の出来ない落ちこぼれ思われているのは同じだった。大陸中央部を支配しているノール王国ほどではないが、世間の目は冷たかった。
そんな厳しい環境だったが、2人の実家は農作物の卸業を営んでおり、裕福だった事もあって使用人たちの助けを借りつつ、何不自由ない生活を送っていた。両親も双子の娘を大切にしてくれ、十分な教育と教養を受けさせて、淑女としての嗜みも身に着けた。
「お菓子作りはその時に教わったのですわ」
「我が家の家訓は“どんな事でも人並みに出来るように”でしたのよ」
「その話し方も教育とやらの影響なのか?」
「いいえチサさん、これはお母様の影響ですわね」
「お母様は下級貴族の末娘でしたの」
財政的に余裕がない弱小貴族家では、多額の結納金目当てで裕福な一般家庭や商家に、三女や四女などを嫁に出すのは珍しい事ではなかった。ヘルカとトルカの母親もそんな娘の1人だったが、家では非常に家庭的で優しく、家事も一通り出来る女性だった。ただ、貴族の一員として身につけた言葉遣いだけは最後まで抜けず、自分の子供に影響を与えてしまった。
「貴族と親戚ってことは、2人ともお嬢様じゃないか」
「やめて下さいゼンジさん、わたくし達はそんなガラではありませんわ」
「それに、わたくし達が生まれて、体面を気にしたお母様の実家から絶縁されておりますので、ただの一般庶民ですわよ」
「お姉ちゃんたちの国でもそんな事されるんだ」
「私たちのお母さんの家もそうだったんだよ」
「辛い事も多かったけれど、今はゼンジさんに出会えて幸せだから、もう何とも思ってないわ」
ハルは善司の腕を取って近づき、肩に頭をそっと乗せる。それを優しく撫でてもらっている様子は誰が見ても幸せそのもので、善司に愛してもらえば自分たちも同じ様に、過去の柵を断ち切れるのではないか、ヘルカとトルカはそんな事を考えてしまった。
「……私たちも奴隷の立場から、ゼンジさんに救ってもらいました」
「……それにハルさんやイールちゃんとロールちゃんも居てくれるから、もう昔の事は思い出として仕舞っていられるんです」
「ニーナちゃんとホーリちゃんの事も簡単に教えてもらいましたけれど、実際に目にしないと信じられない事ですわね」
「本当に不思議な方ですわ、ゼンジさんという人は」
「これで変態でなかったら完璧なんじゃがな」
「あまりしつこく言ってると、また首をくすぐるぞ」
「そういう所が変態なんじゃ!」
善司とチサがじゃれ合い始めた事で、少しだけ重くなっていた場の空気が和らぐ。そんな2人の姿を微笑ましく見つめながら、ヘルカとトルカは話を続けていった。
◇◆◇
2人の運命が大きく変わったのは、ある嵐の夜だった。南国で時折発生する暴風雨の日に、父と母が取引先からの帰り道で事故に遭った。そんな悪天候中に移動するのは止められたが、両親は子供たちの誕生日に間に合うように、帰宅を強行してしまった。
それは他の街で見つけたプレゼントを、15歳の成人を迎える2人の誕生日に、どうしても間に合わせたかったからだ。
「お父様やお母様は、わたくし達に贈り物を届けたくて、悪天候にもかかわらず帰ってこようとされたみたいなのです」
「それを聞いてわたくし達は、自分が生まれてきた事を呪ってしまいましたわ」
「事故の原因は双子を生んで不幸を呼び寄せた、なんて噂も立ってしまいましたの」
「取引先にも色々と言われてしまいましたわね」
「……そんな……お姉ちゃんたちは悪くないのに」
「……お姉ちゃんたちが生まれてきてくれなかったら、こうして出会えなかったんだから、そんなの嫌です」
「あなた達のご両親も、そんな罪の意識に囚われるのは望んでいないはずよ」
「お母さんの言うとおりだよ!」
「生まれてこなかった方が良かったなんて、絶対思っちゃダメだからね」
「ふふふ、妹たちに慰められてしまいましたわね」
「でも、すごく嬉しくて幸せですわ」
「俺はまだ父親や一家の長として圧倒的に経験値が足りてないが、自分の子供にそんな事は思って欲しくないし、ヘルカとトルカの両親が心残りに思ってた事を、これから2人に少しでも渡せるようにしたいと思う」
「ワシは寿命が違いすぎるせいで、親とはあまり分かり合えなんだが、生まれに関して互いに遺恨はなかったからの。その事で傷ついたり後悔したりは間違っておるじゃろう」
善司はヘルカを、ハルはトルカの頭を胸に抱き寄せて、チサは抱きしめられた2人の頭を撫でている。姿勢を反転させて抱きついたニーナとホーリに、背中から挟みこむように抱きついたイールとロールのぬくもりを感じながら、ヘルカとトルカは両親と同じ温かさをこの家族から受け取り、少しだけ泣いてしまっていた。
◇◆◇
両親が他界してからは、会った事のない親戚を名乗る人たちが来て、祖父や両親がずっと守り続けてきた卸商の経営権を奪ってしまった。そして住んでいた家も追われ、取引先で懇意にしていた人を頼り、生まれた街を後にする。
遺産は何一つ相続されず、ヘルカとトルカに残ったものは祖父から直接受け取っていた、この街にある別荘だけになっていた。
「別の町に移り住んで、仕事をしながら暮らしていたのですが、わたくし達の国で突然政権交代がありましたの」
「その政党は昔から独自の理想を掲げる集団だったのですけれど、急に力をつけてしまわれたのです」
「2人がこの国に来たのはそれが原因なのか?」
「そうですわ、彼らは双子が国の発展を阻害していると言い始めましたの」
「そして、わたくし達の両親が事故に遭ったのも、双子が原因だと主張し始めましたわ」
「それって酷いよ!」
「なんでそんな事言うのかな」
「今までも似たような事を主張していらっしゃったのですけれど、急にその発言力が大きくなってしまったのですわ」
「わたくし達の両親が営んでいた卸業は、それなりに有名でしたから上手く利用されしまったのですね」
フンドラ公国にあったその団体は、政党というよりもカルト集団に近い組織だった。それが外国からの資金流入で力をつけ、急速に支持者を増やしていき、政界のトップに立ってしまった。
そうして国内で双子排除論が盛り上がり、過激な手段を使ってでも追い出そうという人まで現れた。身の危険を感じた2人は親しくしてくれていた人たちの支援を受け、交易の商隊に紛れて亡命に成功したのが、この国に来た理由だった。
「2人がこの国に来た事情はわかったよ」
「まぁ、そんな国におったら、どうなるかわからんから、逃げ出したのは正解じゃな」
「……お姉ちゃんたちには、ここで幸せになって欲しい」
「……私たちも何だってお手伝いする」
「2人はもう家族なのだから、みんなで幸せになりましょう」
「この街に来た初日にこんな出会いが訪れるなんて、思ってもみませんでしたわ」
「お父様やお母様、そしてお祖父様のお導きですわね」
「きっとお姉ちゃんたちが家族を大事にしてきたからだよ」
「みんな喜んでくれてると思うよ」
ヘルカとトルカは目に涙を浮かべながら新しく出来た妹たちを抱きしめ、他の3人も輪になってその姿を見守っている。
こうして隣人同士が一つの家に集まり、家族として一緒に暮らしていく事になった。
―――――・―――――・―――――
ティーヴァの街にある小さな工房で、新しい魔操器が産声を上げた。
従来のものより大幅に小型化され、動作速度や性能も向上させた裁縫機で、一部の動きに魔法も利用していた。これまで存在したものはサイズも大きく、そのほとんどが据え置き型で、専門職の人だけが使う魔操器だったが、たったいま出来上がった試作品は卓上型で、持ち運びすら可能なサイズだ。
「試作品は完成したけど、これまでと同じ魔操板を使っても、この子の性能は発揮できない……」
机の上に置かれた作品を見つめるその目は真剣だった、自分の持ちうる技術の全てを注ぎ込んだ魔操器が、従来のものと同じ性能しか発揮できないのは絶対に許せなかった。それは、これまで作ってきた魔操器も、他の物より性能が上なのは明らかなのに、ほんの僅かにしか動作速度や機能性が向上しなかったからだ。
「見本の作り方が足を引っ張っているのは、確定的に明らか……」
その人物の作る魔操器は独自のスタイルがあり、従来品と互換性を保ちながら部品点数が少なかったり、メンテナンスが容易な特徴を持っていた。その点は評価されていたが、性能や機能については正当な価値を見いだしてくれていないと常々感じていた。
今まではそれでも満足していたが、この作品には全く新しいアイデアを詰め込んでいるので、単に小さくなっただけで終わらせる訳にはいかない。互換性を廃して新規に組み上げたその機構と斬新な工夫は、世界に革命をもたらす可能性を感じているからだ。
「この子の力を十全に発揮するには、従来の魔操言語開発者に依頼してもダメ……」
この国で一番実力のある開発者に依頼を出そうと思ったが、その人も従来のやり方の中で最高のパフォーマンスを引き出せる人だった。自分が異端だという自覚があるので、やはりこの魔操器に組み込む魔操板の見本も、同じ様な志向の人物に開発してほしい。
「そうなると、やっぱりつい最近発表された計算器用の見本を作った人が最適かも……」
どこにでもある計算をする魔操器を、機構に工夫をこらせただけでは到達できない速度で動かせるようになった見本が公開された時は驚いた。自分で設計すれば、ある程度は早くなる魔操器を作ることも可能だと思っていたが、魔操板を入れ替えるだけで理論値に近い速度を出せるその技術が、この新製品に必要なのは明白だった。
「エンの街にいるという噂だったし、行ってみるしかないか……」
その人物はそう決意すると、荷物をまとめて別の街に行く準備を始める。
ある男がきっかけになり、この国に存在する最高の頭脳と技術が、今まで何の特徴もなかった中堅都市に集合し始めていた――
資料集の方を更新して、5章で登場した登場人物の追加や、既存の項目にも加筆している部分があります。よろしければご覧ください。
次章でファンタジー要素が増量されます(笑)
ご期待下さい。