第56話 お菓子作りとお風呂
誤字報告ありがとうございます。
前作より更新ペースが遅いので、多少は減ってると思いきや、結構残ってますね……
それはさておき、朝晩の気温差が激しいので、皆様も体調など崩されませんよう。
(鼻水と頭痛に悩まされながら更新中)
家に帰り着くと、ヘルカとトルカたちは早速お菓子作りを開始した。今日は時間もあまりなくて凝ったものは無理なので、ジャムを少しだけ作る事にしている。
ざく切りにした果物を鍋に入れて、砂糖と一緒にコトコトと煮ているが、辺り一面に甘い匂いが漂っていて、料理には参加しない善司やチサも、食堂からその様子を覗いている。
「すごいね、果物を煮るなんてびっくりしたよ」
「砂糖もいっぱい入れてたから、すごく甘くなりそう」
「この匂いはたまらんな、夕食が楽しみじゃ」
「あまり日持ちはしませんので、今夜と明日の朝に使う分だけ作っていますわ」
「お菓子に使うのも良いのですけど、パンに塗って食べても美味しいですわよ」
「……甘いパンなんて食べたこと無いです」
「……いつものパンがお菓子みたいになりそう」
「お肉や野菜を挟んで食べる事はあったけど、果物なんて考えた事も無かったわね」
善司にとっては割と馴染みのある食べ方だったが、今までお菓子に縁のなかった5人は、想像の出来ない新しい味への好奇心に気持ちを高ぶらせている。
「甘いソースを塗ったパンは王都の店で食べた事はあるが、それが家でも楽しめるのは最高じゃな」
「俺も手作りを食べるのは初めてだから、楽しみだよ」
「こうしてお菓子を作るのは久しぶりですけど、やはり楽しいですわね」
「喜んでくださる方がいるのは、とても幸せですわ」
身内が全員他界してから、お菓子作りをした事のなかったヘルカとトルカも、こうして楽しみにしてくれる存在と、久しぶりに訪れた落ち着いた時間を楽しんでいた。
◇◆◇
「ご飯すごく美味しかったね」
「食後に食べた果物を薄い生地で巻いたのも美味しかった」
「ゼンジさんの居た世界では、果物を煮た甘いソースを“ジャム”と言うんですね」
「あまり買った事がなかったから詳しくは知らないけど、赤いイチゴジャムや青紫のブルーベリージャムとか店で売っていたな」
「……それから薄い生地で果物を包んだのは“クレープ”でしたね」
「……あれもすごく不思議な食べ方でした」
「俺の居た世界では白くてフワフワした、クリームと言う材料を使ったりしてたけど、ジャムで作ったのも美味しかったな」
「ゼンジさんからは他の人達とは違う、少し不思議な雰囲気を感じておりましたが、違う世界というのは驚きましたわ」
「でもゼンジさんの居た世界は、お菓子も発達していたのですね」
「ワシもゼンジの世界に行って、思う存分お菓子を食べてみたいのぉ」
「甘いものばかり食べてると病気になるから、注意しろよ」
「全くゼンジは心配性じゃな、ワシの両親より口うるさいぞ」
「その辺りはわたくし達も作りすぎないようにいたしますので、ご安心くださいな」
「チサさんに何と言われようとも、さすがに毎食ジャムは出しませんわよ」
明日の朝食の分もと多めに作った手作りジャムは家族全員に好評で、危うく全部無くなってしまうくらい、みんなが喜んで食べていた。そして夕食後に出された、薄く焼いた生地に果物を挟んでジャムをかけて食べるデザートも、異なる味同士の組み合わせが絶妙で全員を満足させた。
そこで善司がジャムやクレープという、元の世界で使っていた用語をみんなに教え、ヘルカとトルカにも異世界からの転移者であると話をしたが、割とあっさり受け入れられてしまった。
元いた国では、生産される穀物を買い付けに様々な国から商売人が来ていたが、その誰とも違う雰囲気をまとった善司の事を、不思議な人物だと2人が感じていたからだ。特に顔の作りは大陸中央部の人たちに近いが、よく見ると彫りも浅く、北部や南部の人たちとも異なっていた。
ヘルカとトルカはそうした微妙な差異を見分けることに長けており、イールとロールそれにニーナとホーリも何度か話しているうちに、見分けられるようになっていた。
「ヘルカお姉ちゃんもトルカお姉ちゃんも、私たちの事を間違えなくなったね」
「服を着てなくてもちゃんとわかるもんね」
「……私たちも耳飾りを外しても、ちゃんとわかってもらえて嬉しかったです」
「……ゼンジさんも凄かったですけど、ヘルカさんとトルカさんも凄いです」
「私も最近やっと2人を見分けられるようになったから、本当にそうね」
「まだまだゼンジさんには敵いませんわよ」
「そうですわね、後ろを向いていても当てられてしまいますもの」
「まぁ、こやつは変態じゃからな」
「チサは俺をどうしても変態にしたいらしいな……
言葉にするのは難しんだけど、服や髪型とか外見じゃなくて、その人が持っている佇まいと言うのかな、身にまとっている気配みたいなものが違って感じるんだよ」
ヘルカとトルカも善司が特技と言っている事実を確かめようと、後ろを向いたり向かい合わせに立ったり色々と試してみたが、その全てを正確に当てられて驚いていた。それはこうして一緒にお風呂に入っていても同様で、服や装飾品を手がかりにしていないというのが既に証明されている。
「それにしても、このように皆さんとのんびりとお湯に浸かるというのは素晴らしいですわね」
「私たちの国では水浴びだけで済ませてしまう事も多いですから、こういう経験は初めてですわ」
「私たちの言ってた事がわかってきた?」
「お姉ちゃんたちも家族になれそう?」
「……本当のお姉さんになって欲しい」
「……お菓子作りもいっぱい教えて欲しい」
「ニーナとホーリはすっかり懐いてしまったな」
今もヘルカとトルカの肩に触れそうな位置に座って、2人を見上げるように見つめている。お湯の温度で色白の肌は少し上気しており、高い湿度の影響で赤い瞳が潤んでいるように見えるその姿は、男の善司なら首を縦に振る選択肢しか残されない程の破壊力がある。
「……お菓子作りがすごく楽しかったんです」
「……お料理よりも好きかもしれません」
「確かにニーナちゃんとホーリちゃんは、お菓子作りに向いていますわね」
「きっちり計って丁寧に作業する所が素晴らしいですわ」
「私たちはつい適当にやっちゃうから、ちょっと苦手かな」
「ニーナお姉ちゃんとホーリお姉ちゃんは形もちゃんと揃えようとするから、出来上がりがきれいだしお菓子作りに向いてそうだよね」
「私もつい目分量で作ってしまうから、あまり向いていないかもしれないわ」
「全部同じ材料を使っておったが、ニーナとホーリのものが一番うまそうに見えたのは確かじゃ」
教えられた手順や量をしっかり守って、形にもこだわっていたニーナとホーリの作ったクレープは、7人の中で一番見た目が良かった。ジャムのかけ方にもセンスを感じられ、高級料理店やお菓子店のように写真映えする出来上がりは、ヘルカとトルカをも唸らせていた。
「隣の家をどうするかはゆっくり考えていけばいいし、2人がここで暮らしていきたいなら歓迎するよ」
「わたくし達をこうして暖かく迎え入れていただける人たちと出会えるなんて、思っていなかったですわ」
「それにこんなに大勢の方と楽しく過ごしたのは、家族全員が生きていた時以来ですの」
「でも家族の多いゼンジさんに、これ以上の負担を強いるのはためらってしまいますわ」
「わたくし達がゼンジさんに捧げられるものは、この体くらいしかありませんし」
「経済的な負担なら、ワシがおるから気にする必要はないぞ。
そこらの資産家には負けんから、お主たちが何十人来ても大丈夫じゃ」
「俺は何かの対価としてそんな関係にはなりたくないから、それは遠慮しておくよ。
お互いに納得できる関係になれた時は、真剣に考えると約束する」
「変態のくせに、そんな所は律儀じゃな。
ワシの時みたいにいきなり手を出せばよかろう」
「「チサさんとはそんな関係でしたの!?」」
いたずらっぽい表情を浮かべて爆弾発言をしたチサの言葉に、ヘルカとトルカは少し軽蔑するような視線を善司に向ける。いくら年上と言えども、この外見の少女に手をかけるのは、やはり受け入れられなかった。
「いや、何もしてないぞ、チサが適当なことを言ってるだけだ」
「いやらしい手つきでワシの体を弄ったのは事実ではないか」
「「チサさんの幼い体を弄った!?」」
「ほら、2人が誤解してしまったじゃないか……」
慌てて弁解しようとする善司を、チサは口角を上げながらしたり顔で見つめていた。その2人を複雑な表情で見つめるヘルカとトルカの対比がおかしくて、事情を知ってるハルたちは助け舟も出さずに、笑いながら見守っている。
孤軍奮闘でその時の状況を説明して、何とか納得してもらった時には、そろそろ湯船から出ないと危ない程の時間が経過していた。
「とりあえず、ゼンジさんとチサさんがとても仲が良いのは理解できましたわ」
「わたくし達もこの輪の中に入れて頂いてもよろしいんですの?」
その言葉に全員でうなずくと、2人は今日見せた一番の笑顔で微笑んでくれた。
「お姉ちゃんたちの髪の毛と背中は私たちが洗ってあげるね」
「髪の毛が長くてきれいだから、洗いがいがあるよ」
「……私たちも手伝います」
「……チサさんよりも長いですから」
「ふふふ、こういうのは良いですわね」
「よろしくお願いしますわ」
湯船に入るときは簡単に結い上げていたが、ヘルカとトルカの髪の毛は腰の辺りまであり、少しだけウェーブがかかったふんわりヘアだ。体を動かす仕事の時に邪魔になっても、この髪型が好きだった父親を偲んで、ずっと切らずに維持していた。
「ハルとチサは俺が洗うよ」
「今日も目一杯奉仕するが良いぞ」
「お願いしますねゼンジさん」
全員で湯船からあがり、それぞれに別れて洗ったり洗われたりしながら、更に増えた新しい家族とのお風呂を楽しんでいた。
◇◆◇
お風呂からあがり着替えを済ませた後に、善司の部屋に集まっていつもの様に話をしたりイチャイチャしたり、それぞれがゆったりとした時間を過ごしている。
家族になってくれると聞いてイールとロールは新しく出来た姉にベッタリで、今もベッドの上に座って背中に張り付いたり、隣りに座って腕に抱きついたりしている。
そして、ニーナとホーリはそれ以上に懐いており、ヘルカとトルカに今まで教わってきた甘え方を遺憾なく発揮していた。
「「……足の間に座らせてもらってもいい?」」
「「えぇ、構いませんわよ」」
「……すごく気持ちがいい」
「……ハルさんやゼンジさんに抱きしめられてるみたいで落ち着きます」
「お姉ちゃんたちすごく大きいもんね」
「あれは反則だよ、街にもこんな大きい人は滅多に居ないよ」
「大きすぎても邪魔になる事が多いので、良い面ばかりではありませんのよ」
「大きな荷物を運ぶ時など、ちょっと困りますわね」
「……大きくて困る事があるなんて思ってなかった」
「……でも今はこうして包まれてるから幸せ」
「ニーナお姉ちゃん、後で私にも替わってね」
「あっ、私も抱っこされてみたい」
「可愛い妹が一度に4人もできて、とても嬉しいですわ」
「こんなに甘えられるというのは、初めての経験ですわ」
足の間に座った2人は、圧倒的なボリュームに直接包まれて、うっとりとした表情でくつろいでいる。お風呂でもその存在感を遺憾なく発揮していた、これまで味わった事の無いにまろやかな感触に包まれたニーナとホーリは、背中を2人の姉に預けて今にも寝てしまいそうな程とろけきっていた。
「あれは不条理すぎる大きさじゃな」
「ゼンジさんも、お二人のような女性がお好みですか?」
チサはヘルカとトルカを理不尽さを込めた目で見つめ、ハルも羨ましそうな視線で甘える子供たちを見ている。善司としては答えに困る質問だが、ここは素直に自分の考えを伝える事にした。
「俺は見た目より一緒に居たいって気持ちを大切にしたいんだ」
「そうやってちゃんと“人”を見てくれる所が素敵です」
「自分の欲望に忠実なだけじゃな」
チサは呆れ顔で善司の近くに来て、胡座をかいた足の間に座り、ハルもベッドの上に登ってくると、もたれかかる様にしながら抱きついた。
「ハルさんとゼンジさんて、とても愛しあっていますわよね」
「チサさんも、言動とは裏腹な関係に思えますわ」
「……チサさんとゼンジさんはとても気が合うみたいです」
「……昔からのお友達って感じがします」
「お母さんはゼンジの事、最初はすごく警戒してたんだ」
「でも、すぐ仲良くなったよね」
「ワシはゼンジの事を、便利な知恵袋くらいにしか思っとらんぞ」
「ゼンジさんは少しやんちゃな所もあるけど、それも含めて愛してるわよ」
それを聞いたヘルカとトルカは、ハルの言いたい事が何となくわかってしまい、頬をわずかに染める。しかし同時に、一緒にお風呂に入っても嫌悪感の無かった事や、半日付き合ってみても浴室に入った直後に少しだけ視線が胸元に集中していたくらいで、ずっと紳士的な態度だった。
これまで2人だけで生活してきた間、男性にはどうしても性的な目で見られる事が多かった。特に自分たちの境遇を知って、体目当てで近づいてくる男が多く、ずいぶんと辟易とさせられていた。しかし善司は自分たちの事を本気で考えてくれているし、これだけ女性たちに囲まれているのに、全員と自然体で付き合っている。
ヘルカとトルカは、この家族になら自分の身の上すべて話しても、同情ではなく受け入れてもらえると感じた。
「皆さんには、私たちの事をもっと知っていただきたいと思いますわ」
「その上で、本当の家族のように付き合っていきたいと思いますの」
足の間に座らせたニーナとホーリを少しだけ強く抱きしめ、2人の変化を感じ取ったイールとロールが掴んでいた腕をギュッと抱きしめてくれたのを意識しながら、ヘルカとトルカは自分たちの国で起こった事を話し始めた。
この世界、特に大陸中央部はハルより少し大きいくらいのサイズが標準です(脳内秘話)