第54話 南国の商隊
工房を出てから2人で手を繋ぎながら歩いているが、善司はチサが一緒に生活していくにあたって、色々考えてくれていた事に感激していた。
「指名依頼の事なんか全く知らなかったから、色々勉強になったよ」
「伊達にこの仕事を長く続けとらんからな」
「それにちゃんと俺の事も考えてくれていて嬉しかった」
「ふんっ、お前の知識を存分に引き出すためにやったんじゃ、ワシの期待を裏切るような真似をするんじゃないぞ」
「俺の全てをチサに見せてやるから任せてくれ」
「ゼンジのその言い方は何故か卑猥に聞こえるんじゃが……」
「それはチサの考えすぎだろ。
むしろそういう発想をする方が卑猥だぞ」
「やかましい! 変態に言われたくなど無いわっ!!」
通行人の注目を浴びる事に少しづつ慣れてきて、いつもの調子が出てきた2人は、じゃれ合うような会話をしながら家へと戻っていく。そうして露店が並ぶ通りを歩いていると、その一つから声をかけられた。
「双子館の旦那と……確か先輩のお嬢さんだったね、ちょうど南国の果物が入荷したんだけど、どうだい?」
「おっ、それはいいな」
「甘いやつはどれなんじゃ?」
いつも果物を買っている露店のおばちゃんが指さした場所には、色とりどりの果物が並べられていて、今まで見た事のない物ばかりだ。それらの果物は北の国や、中部地域にあるこの国で採れる果物より大きいのが特徴だった。
「そこの黄色くて大きなものと、赤くてデコボコしたのがお勧めだね」
「なら黄色いのを2個と、赤いのを7個もらうよ。
チサもそれでいいか?」
「うむ、問題ないぞ」
「毎度ありがとね。
ところで、旦那にちょっとお願いがあるんだけど、聞いてもらえないかい?」
「俺に出来る事なら協力するけど、どうしたんだ?」
「誰にお願いしようか悩んでたんだけど、旦那なら間違いないからちょっと待ってておくれ」
おばちゃんはそう言うと、店の裏手の方に行ってしまった。何か話し声が聞こえるが、しばらくしてベーシュ色のフード付きローブを身に着けた人物を2人連れて、店の方に戻ってきた。
体型を見ると女性のようで、ゆったりしたローブの上からでもわかる、自己主張の激しい部分がある。顔はローブに隠れていてわからないが、少し覗いている肌は小麦色で、夏の海水浴場が似合いそうなイメージに感じられた。
「南国の商隊と一緒に来た子なんだけどね、この街に引っ越してきたらしいんだよ。
うちの店の荷物を運ぶ手伝いをしてくれたから話を聞いたら、家の場所がわからないって言うから誰か道案内できる人を探してやってたのさ」
「俺に頼むって事はもしかしてその2人は?」
「ちょうど旦那を見かけて良かったよ」
おばちゃんは2人を店舗の前まで連れてくると、善司とチサの前に立たせて顔を見せるように話しかける。フードをゆっくりとずらしていくと、黒く艷やかな髪が背中の方に伸びていて、茶色の綺麗な瞳を持った同じ顔の双子の女性だった。
「はじめまして、わたくしはヘルカと申します」
「わたしくはトルカと申します、お見知りおき下さいませ」
「俺は善司と言うんだ、よろしく頼むよ」
「ワシはチサじゃ」
「さっき言った双子館の旦那というのは、この人さ。
2人の道案内には最適の人だから、安心して任せられるよ」
「お手数をおかけしますが、よろしくお願いしますわ」
「わたくし達はこの街に来たのが初めてでして、右も左もわかりませんの」
「それじゃぁ旦那、2人の事はよろしく頼んだよ。
赤い果物を2個おまけしておくから、その子たちと一緒に食べな」
「わかった、ありがとう、また寄らせてもらうよ」
「ありがとうございました、おば様」
「落ち着いたら改めてお礼に伺いますわ」
「そんな事は気にしなくて構わないよ。
長旅で疲れてるだろうから、早く家に帰ってゆっくり休みな」
ヘルカとトルカは露店のおばちゃんに頭を下げ、善司たちの近くへ移動した。この国は双子に対する扱いが冷たいと聞いていたので、先ほどの露店での対応や目の前の2人の反応には正直驚いていた。
もちろんそれは、この街に善司たちが居るおかげなのだが、そんな事情を知らないヘルカとトルカは、緊張しながら目的地の住所を告げる。
「なんじゃ、ワシらの家の隣ではないか」
「外国にいる人の別荘って聞いてたけど、2人の事だったのか」
「持ち主は年寄りの男性じゃったから、孫かなにかじゃろう」
「あの、お祖父様のお知り合いなのでしょうか?」
「お祖父様は、もう10年以上この国には来ていなかったと思いますが」
「ワシは20年ほど前に、たまたま見かけただけじゃから、知り合いではないな」
チサの言葉を聞いた、ヘルカとトルカの頭に疑問符が浮かぶ。
「あの、そちらの方はわたくし達より年下に見えるのですが……」
「失礼ですが、おいくつなんでしょうか?」
「ワシは今年で108歳になったのじゃ」
「「……8歳の間違いではありませんの?」」
「お主たちもゼンジと同じ事を言うのかーっ!」
「ちょっと落ち着けってチサ、2人がびっくりしてるじゃないか」
店の前で話し込む訳にもいかないので、人通りの少ない場所に移動していたが、チサの声で通行人がこちらに視線を送ってくる。善司があやすようにチサの肩に手を置いて自分の方に抱き寄せるが、そんな2人の姿をヘルカとトルカは不思議そうに見つめていた。
「ゼンジさんはおいくつなのでしょうか?」
「もしかして、チサさんよりお年を召されてるのですか?」
「いや、俺は25歳だよ」
「ワシの四分の一も生きとらん若造じゃ」
「チサは精霊の血がとても濃く混じっていて、これくらいの容姿の時期が長いんだよ」
「そんな方、初めて見ましたわ」
「こんなに可愛らしいのに、わたくし達より年上なんて、ちょっと反則ですわね」
「そういう2人は一体いくつなんじゃ?」
「わたくし達は18歳ですわ」
「チサさんの六分の一ですわね」
そう言って微笑む2人の姿は、年齢以上に大人の女性に見えていた。喋り方もどことなくお嬢様っぽく、暗算もしっかり出来ていて教養の高さが伺える。善司もそんな2人に興味が出てきて、この先のご近所づきあいが楽しみになってきた。
「この国へは2人だけで来たのか?」
「えぇ、そうですわ」
「わたくし達の身内はもう誰もおりませんの」
「そうだったのか、変なことを聞いて悪かったな。
ご近所同士だし、何か困ったことがあれば力になるから、何でも言ってくれて構わないよ」
「お気になさらないでくださいませ、2人だけになってずいぶん時間が経ちましたので、気にしていませんわ」
「それよりも、こうしてわたくし達と普通に接してくださって驚きました」
「この国で双子は冷遇されていると聞いておりましたので」
「先ほどの露店の方も親切にしてくださって、嬉しかったですわ」
「それはここにおる変態のせいじゃな」
チサは善司の方を見上げながら、ニヤニヤと変な笑顔を浮かべている。子供扱いされた事や、赤の他人に散々注目された事の鬱憤を、ここぞとばかりに解消していた。
「変態ですの!?」
「普通の殿方にしか見えませんが」
「こやつはな、ワシのような容姿の女性に欲情するんじゃ」
「ちょっと待て、チサの事は可愛いと思ってるが、興奮したりしないぞ」
「ワシと一緒に風呂に入った時も、添い寝をした時も嬉しそうにしておったではないか」
「一緒にお風呂!?」
「添い寝も!?」
「「……でも、チサさんとならアリかもしれませんわ」」
「こんな往来で話す話題じゃないだろ、とりあえず移動しよう」
近くを歩いていた人が、立ち止まって注目し始めた事に気づいた4人は、逃げるようにその場から立ち去った。
◇◆◇
必死の弁明で変態の汚名をかぶることは免れたが、チサがある事ない事を吹き込もうとするので説明に時間がかかり、気がつけば家の近くまで来てしまっていた。
「ここが2人の家だよ」
「そっちがゼンジたちの暮らしとる家で、その向こうがワシの家じゃ」
「ありがとうございます、助かりましたわ」
「すぐ鍵を開けますので、お待ち下さいな」
この後、生活に必要なものを一緒に買いに行く約束をしている善司たちは、一度2人の家を見てから帰る事にしていた。
ヘルカが鍵を取り出して鍵穴に差し込み回しているが、ドアノブのロックが解除される気配はない。鍵をトルカに手渡し、同じ様にやってみているが結果は変わらなかった。
「おかしいですわ、鍵はこれで間違いありませんのに」
「ちゃんと回していますのに、なぜ開きませんの?」
「トルカ、その鍵を貸してもらってもいいか?」
「構いませんけれど、どうして私がトルカだとおわかりになりますの?」
「わたくし達、何か目印になるものは身につけておりませんが」
「ゼンジの特技みたいなものじゃな。
普通は会ったばかりでわからんはずじゃが、さすが変態よの」
「そろそろその話題から離れてくれよ。
まぁ、特技というのは間違ってないけどな」
2人は疑問の顔を浮かべていたが一旦それは保留にして、トルカから鍵を受け取った善司がチサの方を確認するように見ると、何を言いたいのかわかっているという風に頷いてくれる。
「ここの魔操器にそんな対策はされとらんと思っとったが、やはり無理じゃったな」
「この形式の鍵に、例の対策は適用できないか?」
「この鍵には複製防止用の安全対策が施されておってな、それが結構文字数を食うんじゃよ」
「容量不足で難しいって事か」
「ゼンジの技法でも厳しいじゃろうな……」
「あの、お二人は先程から何のお話をしているのでしょうか?」
「ここの鍵が開かない事と関係があるのですよね」
「この扉に使われてるのは、鍵と魔操作で解錠する仕組みになってるんだ」
「お主たちも双子が魔操作できないのは知っておるな?」
「はい、それは存じております」
「つまり、この扉を私たちは開けられないと言うことですか」
善司が受け取った鍵を鍵穴に差し込みくるりと回すと、鈍い音がしてロックが外れドアノブが動くようになった。ヘルカとトルカはそれを見て、かなり落ち込んだ表情になってしまう。
「30年以上前じゃったが、この形式の鍵が発明されてな、貴族や商人がこぞって取り替えた時期があったんじゃよ」
「お祖父様は新しいもの好きでしたが、家の鍵もそうしたものに取り替えられていたのですね」
「私たちがここに引っ越すなど、考えておられなかったでしょうし、仕方ありませんわ」
がっくりと肩を落とす2人を連れて家の中に入ってみるが、新しいもの好きだけあって、ありとあらゆる物が当時最新だった魔操器へと取り替えられていた。しかも、単純にオンオフを制御するものでなく、効果や効率を調整できるものが多く、双子が生活をしていくには厳しすぎる設備のオンパレードだった。
「今では使われんようになった物もあるが、これだけ揃えたのは凄いの」
「わたくし達、この家では生活できそうもありませんわ」
「雨風はしのげますから、何とでもなりますわよ」
「そうですわね、野宿は得意ですものね」
「庭に小屋を建てるのも良いかもしれませんわ」
そんな会話を続ける2人を見ていると、善司もいたたまれない気持ちになってくる。しかし、これだけ数のある魔操器用の見本を開発するのは大変だし、容量の制限に引っかかってしまうものも多いだろう。設備を全部取り替えるにしても、この国に来たばかりの2人にとっては無理な相談だ。
「2人とも良かったら、しばらく俺たちの家で暮らさないか?」
「ワシの家にもここと良く似た魔操器があるし、暮らすならゼンジの家の方がいいじゃろうな」
「構いませんの?」
「わたくし達、お会いしたばかりですのに」
「まだ部屋はまだ余ってるし、家の魔操器は全て双子で使えるものに取り替えてるから、暮らしやすいと思うよ」
「双子が使える魔操器なんてあるんですの?」
「一体いつの間にそんな物が出来たのでしょうか」
「既存の魔操器に、ゼンジの開発した魔操板を取り付けただけじゃよ」
「そんな話は信じられないのですけれど……」
「もしそんな事ができるのなら、それは神の所業ですわよ」
「実に忌々しい事じゃが、ワシもこの目で確かめとるからな、まったく腹が立って仕方がないわ!」
「だから、脇腹を突くのはやめろって」
言葉とは裏腹に、チサは楽しそうに善司の脇腹をツンツンしている。そんな2人の姿を見たヘルカとトルカは、先ほど聞いた年齢差を感じさせない、兄妹や恋人同士のような善司とチサの姿に、不思議な感覚を持ってしまっていた。
章の初めに少しだけ出てきた人物が再登場です。
この2人は割と完璧超人だったりします(笑)