第52話 服選び
幼jy……もとい、チサとデート回です(笑)
翌日、朝食を食べた後に善司とチサの2人は、手を繋ぎながら街の中心へと歩いている。こうして一緒に歩く事は二度ほど経験したが、それまでとは逆向きのルートなので善司にとっても新鮮で、ちょっとウキウキとしていた。
「あの家は防音もしっかりしておるから、仕事もやりやすそうじゃ」
「部屋の壁もかなり厚めに作ってあるから、扉にピッタリ耳をくっつけでもしないと、中の音は聞こえないな」
以前イールとロールにハルと2人きりの話を聞かれた時は、そうやって聞き耳を立てていたと教えてもらった善司はそう答える。
「夫婦仲も良好のようじゃし、いい家を選んだの」
「選んだ理由は風呂場の充実度が決め手だったんだけど、かなり住みやすい設計になってて、元の持ち主がどうして手放したのか不思議なくらいだ」
「ワシが王都に行っておる間に建っておった家じゃから、詳しい事はわからんが家具にもこだわりが感じられるし、趣味の良い人物だったのは間違いないじゃろ」
「まだまだ駆け出しの俺でも手の届く物件だったけど、紹介してくれた上に貸付までやってくれた魔操組合には感謝してるよ」
「あいつらも技術者の囲い込みに必死じゃからな、ワシも転居で何か言われるのだけは面倒じゃ」
「この街の支部長はいい人だから歓迎してくれるのは間違いないけど、王都の本部にも転居の知らせが届いたら驚くだろうな」
「まぁ、ここまで来たら今更じゃがな」
「俺はもうチサを手放すつもりは無いから、何か言われても全力で抵抗してやる」
「期待しておるから、頑張ってみるんじゃな」
そう言って善司から視線を外すチサだったが、今の言葉は少し嬉しかった。自分と競合する技術を持った相手に対してこんな事を言ってしまえる感性は、やはりこの世界の人間とは違って面白と感じていた。
「ところで一つ質問があるんじゃが」
「なんだ?」
「ワシらは今どこに向かっておるんじゃ?」
「まずは服飾雑貨の店に行こうと思ってな」
「魔操組合やスノフ爺の所とは違うと思っておったが、やはりそうじゃったか……」
自分の趣味や我儘を優先した善司の姿勢に脱力しそうになったが、これまでの経験で抵抗しても無駄だと悟り、そのまま付いていく事にした。
◇◆◇
「いらっしゃいませ」
「こんにちは、今日は彼女の服を選びに来ました」
「いつもありがとうございます、どうぞごゆっくりお選び下さい」
双子を二組連れて来店した時は驚いたが、今日はチサ1人だけなのでテンプレ対応で迎えられた。街で噂の双子館の主人が、見た目が幼女のチサだけ連れてきたので、一体どんな関係なのかと疑問に思う気持ちを抑え、表情はいつもの営業スマイルを崩さずに済んでいる。
「ゼンジはこの店に良く来ておるのか?」
「家族の服は全部ここで買ってるんだ」
「ワシはこんな店には行かんからな、とりあえずお前の好みを言ってみろ」
「スカートは必須条件で頼む」
「ワシにそんな格好をさせて何が楽しいのか理解できんが、やはり変態じゃな……」
ぼそっと呟くように悪態をついて、チサは店内に並んでいる服を物色しだすが、その表情が次第に険しくなってくる。
「どうした、気に入ったものが見つからないのか?」
「予想はしておったが、ワシの着られそうなものは無いな」
「大きさは大丈夫なのになんでだ?」
「こんなヒラヒラしたものを、ワシの歳で身につけられるか!」
チサが指さした先にある服は、元気で明るいイールやロールが着ると似合いそうな服ばかり並んでいる。彼女の身長はその2人より低いので、どうしてもそういった子供向けのデザインばかりになってしまう。
善司としては、そんな服を着たチサと一緒に街を歩く事に抵抗はない。というより、むしろ歩いてみたいくらいだが、親の仇を見るような目つきで服を睨みつけるチサに、それを強要するのは躊躇われる。
「そうだなぁ、ちょっと定番すぎるけど、無彩色の服でまとめるのが無難かもしれないな」
「それはどういったものなんじゃ?」
「この大きさの服には落ち着いた色彩のものがないから、黒と白を中心に組み合わせるのがいいと思う」
そう言って黒のスカートと白のシャツを選んで、チサに合わせてみる。それを店内にある姿見で確認したチサも、納得がいったという表情で善司を見上げた。
「ふむ、これくらいならワシでも大丈夫じゃな」
「赤いきれいな髪も映えるし、いいと思うぞ」
「なかなかやるではないかゼンジ、ちょっと見直したぞ」
「気にいってもらえたなら、この組み合わせを中心に選んでみようか」
そうしてスカートやシャツの他、ワンピースやジャンパースカートも選んでいく。靴下も白や黒で揃えて、靴も黒に決まった。
「よし、後は装身具だな」
「なんじゃ、そんなものまで買うのか?」
「一緒に買物をした記念に全員が買ってるから、チサにも何か身につけて欲しいよ」
「わかっておるとは思うが、子供が付けるようなやつはお断りじゃからな」
2人でアクセサリーの並んでいるコーナーに移動して物色していくが、可愛いリボンやヘアピンは子供っぽすぎるから候補から外す。ネックレスやイヤリングみたいなものでも良いが、チサは髪の毛が綺麗なので、どうしても頭につけるものに目が行ってしまう。
チサもあれこれ見ているが今ひとつピンとくるものが無い中、一つのアクセサリーが善司の目に留まった。
それは、半円になった内側に櫛状の突起が何本も出ていて、開閉できる平らな部分で髪の毛を挟んでまとめるヘアクリップだった。楕円の部分の表面には、きれいな模様が刻まれたシルバーの金属プレートが取り付けられていて、子供っぽさは感じない。適当に紐で結んだだけの今より、とてもオシャレになるのは間違いないだろう。
「なぁチサ、これなんかどうだ?」
「どれじゃ?」
「この髪留めなんだけど、紐で結ぶより簡単そうだし、表面に刻まれてる柄も素敵だと思うんだ」
「これは良いかもしれんな」
「それなら、これに決めて会計に行こう」
選んだ服やアクセサリーを抱えてカウンターに行くと、また端数切りで会計を済ませてくれる。
「多数のお買い上げ、誠にありがとうございます」
「今日も着替えをしたいんですが、部屋を貸してもらっても良いですか?」
「はい、どうぞお使い下さい」
「あっちに小さな部屋があって、そこで着替えができるから行こうか」
「お客様、髪留めをご使用になるのでしたら、こちらをお持ち下さい」
店員はそう言ってカウンターの引き出しから、ヘアブラシを取り出して善司に渡す。
「ありがとうございます、お借りします」
「その髪留めは女性に人気がありまして、お嬢様のきれいな髪にとても映えると思います」
「それは楽しみじゃな。
なら、さっさと着替えて今日の用事を済ませるとしよう」
善司がお礼を言ってブラシを受け取ると、お嬢様と言われて機嫌の良くなったチサと一緒に、小部屋の方へ移動する。
「着替えを手伝おうか?」
「それくらい自分一人で出来るわっ!」
チサはそう言いながら善司の手から服を奪い取り、扉を乱暴に閉めて部屋の中に入っていった。1人残された善司はニコニコとしながら、扉の横でチサが着替え終わるのを待っている。
王都や隣の家から持ってきた着替えにはスカートが少なく、今もズボン姿のチサがどう変わるのか楽しみだった。それに、何だかんだ言いつつ善司の好みに合わせて、ここで選んだ服は全部スカートだったのが嬉しい。
そんな事を考えていたら扉が少しだけ開き、チサが顔だけ外に出して善司の方に視線を向ける。
「着替えは終わったのか?」
「少し問題が発生してしまってな、中へ来てくれんか」
「一体どうしたんだ?」
「後ろの留め具がうまくつけられんのじゃ」
善司が部屋の中に入ると、ワンピースを着たチサが困った顔で背中を指さしている。後ろに回り込んでみると、頭を通す部分が開いていて、ホックの部分をうまく合わせられないでいた。
「こんな感じの構造になってるのか、俺も知らなかったよ」
「引っ掛けるだけじゃから、簡単にできると思っておったが、うかつじゃった」
「多分慣れれば簡単だと思うよ。
ほら、留まったぞ」
「うむ、すまぬな」
「ついでに髪留めもつけてやるけど、いいか?」
「まぁよかろう、よろしく頼むぞ」
服を着る時に解いていた髪をブラシで丁寧に整えていき、中心できれいに纏まるように注意しながら、ヘアクリップで留める。善司の思った通り、赤い髪にシルバーのワンポイントが映えて、とても良く似合ってる。それに服が黒なので、より一層魅力を引き出しているように感じた。
自分の見立てが間違っていなかった事に善司は大きく満足して、チサに一つのお願いをしてみる。
「その場でくるっと一回転してもらえないか?」
「お前はワシに何をやらせる気なんじゃ」
「想像以上に似合っててきれいだから、ちょっと全方向から見てみたくなったんだよ」
「きれいと言われて悪い気はせんが、善司の変態思考がどんどん悪化しとるように思えてきたわ」
そう言いながらその場で一回転してくれたが、スカートの裾がふわっと広がって、とても素晴らしい光景だった。特にチサの場合は、ポニーテールが少し遅れながら動きに追随するので、それを見た善司の心を一層ときめかせる。
「とても良いものを見せてもらったよ、ありがとうチサ」
「何がそんなに嬉しいのかワシには理解できんが、用が終わったならさっさと魔操組合に行くぞ」
呆れ顔のチサに追い立てられて、今まで身につけていた服や靴と、新しく購入したものを店のサービスしてくれた袋に入れると、2人で小部屋から出てブラシを返しにカウンターへと行く。
「ありがとうございました、これお返しします」
「やはりよくお似合いです、ご来店いただいた時とは見違えるようです」
「ワシはこの男の着せ替え人形にされた気分じゃがな」
「まぁそう言うなよ、似合ってるのは確かだし、着ているものが違うだけで雰囲気が大きく変わったからな」
仲良く手を繋いで店から出ていく2人を見送った店員は、その方向をしばらく見つめていた。
先程の言葉はお世辞やおべんちゃらでなく、本心からそう思っていた。変わった喋り方をする子供だったが、見た目の年齢では説明できない程の、人を引きつける力を感じたからだ。こうした店を経営しているので、容姿の整った来客も数多く見てきたが、そのどれとも違う魅力がチサにはあった。
今まで外見や衣服にこだわっておらず、ズボラな格好をしていたので気づかれにくかったが、髪を綺麗に整えたり着るものに気を使った結果、精霊の血を持つ人間独特の艶やかさが出てきていた。それを感じ取った店員が、思わず見とれてしまうのも仕方のない事だった。