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第4話 母娘の家

 お店を離れてから、3人は食材を買うために街の中を歩いていく。この世界の服装になって、先ほどよりは注目される事はなくなったが、双子がこの街で見かけない男を連れて歩いている姿は、どうしても視線を集めてしまう。


 少し居心地の悪い気分になっている善司と違い、左右に分かれて並んで歩くイールとロールは、彼の方を尊敬するような眼差しで見つめていた。



「銀貨がもらえるなんて、すごいねゼンジ」

「私たちはいつも銅貨だもんね」


「銀貨ってどれ位の価値になるんだ?」


「銅貨100枚で銀貨になるよ」

「銀貨100枚で金貨だよ」


「これでお母さんの薬は買えないのか?」


「お母さんの薬は金貨が必要なんだ」

「もっと頑張って魔物を倒さないとだめなんだ」



 先程のお店で2人が受け取っていたのは銅貨で20枚ほどだった、それを1万枚貯めるのは相当な時間がかかる事は明白だ。しかもその中から捻出する生活費も考慮すれば、金貨1枚貯める事すら絶望的だろう。


 たった12歳の少女が背負うには重すぎる負担なのは間違いがない、出会ったばかりでまだお互いの事を殆ど知らないが、何か力になれることは無いか、善司はそう考え始めていた。



「食べる物のお金は俺が出すよ、お母さんに美味しいものを買って帰ろう」


「「いいの!?」」


「家に泊めてもらうお礼だから、遠慮せずに買ってかまわないぞ」


「「ありがとう、ゼンジ!」」



 綺麗にハモりながらお礼を言われ、2人に手を引かれながら広い通りの端に商品を並べただけの露店を、何軒も回って買い物をする。ここでも2人はぞんざいな扱いを受けたり、善司の方を(いぶか)しがるような目で見てくる店主も居たが、お互いに好きな食べ物の話をしながら、笑顔でお店を巡っていった。



◇◆◇



 買い物を終えた3人がたどり着いたのは、街の壁際にある小さな建物だった。木の板を打ち付けただけの壁と屋根は、日本にある古い納屋を彷彿(ほうふつ)とさせる。


 2人は母親に説明してくるからと善司を外に待たせて、家の中へ入っていった。



「「お母さん、ただいま!」」


「お帰りなさい、イール、ロール」


「お母さん、起きてて平気なの?」

「寝てなくて大丈夫?」


「今日は調子がいいから大丈夫よ、それより2人とも怪我はなかった?」


「うん、大丈夫だよ」

「無理はしないって約束だからね」


「ごめんね、お母さんのせいでこんな苦労をかけて」


「もうそれは言わなくていいって、いつも言ってるのに」

「お母さんの病気を治すためだもん、苦労なんて無いよ」



 母親は2人を抱きしめて、その頭を撫でる。



「あのね、今日はお母さんの好きなものを買ってきたんだよ」

「それとお客さんを連れて来たの」


「お客さんって、あなた達が?」


「とっても優しい人なんだよ」

「それにとっても面白いの」


「2人とも、その人に騙されたり脅されたりしてるんじゃないわよね?」


「違うよー、お母さんは私たちがそんな人には近づかないって知ってるでしょ」

「話しても大丈夫な人とだめな人は、ちゃんとわかってるよ」


「あなた達は昔から、そんな所は敏感に感じてたけど、本当に大丈夫なの?」


「うん、きっとお母さんも好きになってくれるよ」

「お母さんも会ってみればわかるよ」

「外で待ってもらってるから、ここに呼ぶね」

「ゼンジー、入ってきていいよ」



 壁が板1枚だけなので中の会話はある程度聞こえていたが、母親は少し警戒しているようなので、ゆっくりと扉を開けて中に入って行く。


 そこには濃い青色で、先の方が軽くカールしている髪を肩甲骨の辺りまで伸ばした、とてもこの歳の子供が居るとは思えない若い女性が居た。まだ10代でも通用しそうなその顔が驚きと戸惑いの表情に変わり、青紫色の瞳を震わせながら一歩二歩と後ずさって行く。



「突然お邪魔して申し訳ありません、俺の名前は善司といいます」


「……そ…そんな………男の人……なんて」


「お母さん、怖がらなくても大丈夫だから」

「ゼンジはそんな人じゃないよ」


「あなた達もお母さんがなんて言われてるか知ってるでしょ、私の近くに居るとあの人も不幸にしてしまうのよ」


「お母さんはすぐそんな事を言うんだから」

「お母さんが悪い訳じゃないのに」


「でも、だからって男の人を連れてくるなんて……」


「イール、ロール、やっぱり迷惑みたいだから、俺は別の所に行くよ」


「えー、行っちゃやだよー」

「ねー、うちに居てよー」



 母親のあまりの狼狽ぶりに居心地が悪くなった善司は、別の場所に行こうとするが、双子に左右から抱きつかれて身動きが取れなくなってしまう。母親はそんな2人の姿を見て、驚いた顔をして立ちすくんでいた。



「他の人には絶対近づかないあなた達が、何故その人は平気なの?」


「だってゼンジは私たちの事をバカにしないんだよ」

「それに可愛いって言ってくれた」

「なでなでもしてくれたんだ」

「今日のご飯もゼンジが買ってくれたんだよ」


「あの、本当なんですか?」


「実は森の中で迷っている所を2人に助けてもらって、行く所が無いと言ったらこの家に誘ってくれたんです。それでそのお礼にと思って、食事の代金は出させてもらいました」


「そこまでしていただいたのに申し訳ないですが、私と居るとあなたに迷惑をかけてしまうので……」


「先程から不幸になるとか迷惑をかけると言っているのはどういう事なんでしょうか、迷惑という点では突然押しかけた俺の方がかけてると思いますけど」


「あのねゼンジ、双子を産んだ女の人は呪われてるって言われるんだ」

「だから一緒に暮らすと、男の人も不幸になるんだって」

「お父さんにもそう言われたって街の人に聞いたよ」

「ゼンジはそんな事を信じないよね?」



 親戚の双子に懐かれるようになって、多胎児に関して色々と調べてみた事がある。昔の日本でも多胎児や、その子供達を出産した女性を忌み嫌ったりする時期があったが、この世界にもそんな風習が残っているのだろう。それに出生率の低さは、単に医療技術が未発達な事が原因と考えるのが自然だ。


 双子が魔操作という能力を使えない理由はまだわからないが、いくら常識や世界の仕組みが違うとはいえ、呪いとか不幸になるなんて事は信じられない。



「もちろんそんな事は信じてないし、これだけ双子の少ない世界で無事に生まれてきて、こうして元気に育ってくれているのは嬉しいよ」


「やっぱりゼンジはいい人だね」

「今日は家に来てもらってよかったよ」

「ゼンジ大好きー」

「私も大好きー」



 左右から抱きついてきた2人の頭を撫でていると、嬉しそうな顔で善司の事を見上げてくる。それを見ていた母親の目が次第に潤み、ポロポロと涙がこぼれ落ちてきた。



「お母さんどうしたの?」

「どっか痛い?」


「体の調子が悪いのなら、横になって休んでください」


「いえ……違うんです………生まれてきて、元気に育ってくれて嬉しいなんて……初めて…言われたから」



 途切れることなくあふれ続ける涙を、善司は売らずに取っておいたハンカチを取り出して、優しく(ぬぐ)ってあげる。


 しばらく泣き続けていたが落ち着いてきたので、とりあえず座って話を始める事にした。周りより少し高くなった板張りの部分に靴を脱いで全員が上がり、座布団やクッションもない板の上に直接座る。



「そんな上等な手ぬぐいを汚してしまって申し訳ありません」


「洗えばいいだけですから、そんな事は気にしないでください」


「お母さん、急に泣くからびっくりしたよ」

「でも嬉し泣きだったから良かったね」


「なぁ、この人は本当に2人のお母さんなのか? お姉さんの間違いじゃないよな?」


「お母さんには精霊の血が混じってるんだよ」

「だから若くて綺麗なんだ」


「精霊の血って何だ?」


「精霊の血というのは、生まれてくる子供に時々混ざってしまうんです。その血を受けた人間は、これくらいの姿の時期が長いんですが、それを知らないゼンジさんは、この国の人では無いんですか?」


「ゼンジは違う世界から来たんだって」

「“ニホン”とか“チキュウ”って言ってたね」


「違う世界ってどういう事なの?」


「俺は地球という世界の日本という国に住んでいたんですが、建物から外に出ようと扉を開けたら、この街の近くにある森の中に出てしまったんです。そこを彷徨(さまよ)っているうちに魔物に出会って、困っている所を2人に助けてもらいました」


「ゼンジの世界には魔物は居ないんだって」

「襲われそうになってたから助けてあげたんだ」


「2人は命の恩人なんですよ」



 そう言いながら善司が隣りに座っている2人の頭を撫でていると、そんな3人の姿を母親は嬉しそうに見つめていた。


 地球の事を簡単に教えてもらった母親は、理解が追いつかないながら、一応の納得をする。双子やその母親を見ても動じない善司の姿に、ある意味あり得る答えだと思ったからだ。



「双子を見ても何も言わないのは、それが理由なんですね」


「元いた世界でも双子は珍しかったですが、親戚にも一組居ましたし、俺にとっては懐いてくれる可愛い存在でしたね」


「ゼンジは私たちの事どっちがどっちか、ちゃんと判るんだよ」

「後ろ向きとか横向きも全部当てられちゃった」


「それは凄いわね」



 3人に尊敬の眼差しで見つめられて、少し照れくさくなる善司だったが、大事なことを知らなかったと気がついた。



「あの、あなたのお名前をお聞きしてもいいですか?」


「失礼しました、まだ名乗っていなかったですね、私の名前はハルと言います」


「ハルさんですか、俺たちの居た世界にもあった言葉ですが、素敵な名前ですね」



 善司にそう言われ、ハルは少し頬を染めてうつむいてしまう。



「ねぇねぇ、ゼンジの世界ではどういう意味なの?」

「お母さんみたいに綺麗な意味だと嬉しいな」


「俺たちの世界の春は、暖かくなってくる季節で花がいっぱい咲くし、日本だと桜という木があって、それが満開になると凄く綺麗なんだ」



 凄く綺麗という言葉に反応したハルは、更に頬を染めて完全に下を向いてしまっていた。



「ゼンジの世界の花も見てみたいね」

「私も“サクラ”っていう木を見てみたい」


「元の世界と自由に行き来できるなら、みんなで見に行きたいな」



 季節の話題が出たので、この世界の暦について教えてもらった。


 この国では4つの“期”に分かれていて、それぞれ90日あり1年が360日になる。

 “期”は30日ごとに“(はじめ)”“(なか)”“(おわり)”と呼ばれる。


 風がよく吹き涼しい日の続く “風期(ふうき)

 気温が上がりだし雨のよく降る“水期(すいき)

 気温が安定して過ごしやすい “火期(かき)

 気温が下がりだし収穫が始まる“土期(どき)


 となっていて、今日は火期の始5日だ。



 しばらく色々な話をしていたが、自己紹介も終わったので全員で食事を食べることになった。いつもより少し豪華な夕食に、イールとロールがとても嬉しそうな顔をしていた。


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◇◆◇◇◆◇◇◆◇◇◆◇◇◆◇

新しく連載も始めています

いきなりドラゴニュートの少女の父親になってしまった主人公が
強化チートを使いながら気ままに旅する物語
色彩魔法

【完結作】
異世界転移に巻き込まれた主人公が
魔法回路という技術の改造チートで冒険活動をする物語
回路魔法
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